コンノアヤミ その7

 サークルの連中と一緒に、また何度かあの場所に通い、撮影に参加した。

 犯す少女は毎度違ったが、みんな一様に現実離れしたコスプレ衣装を身にまとい、大木に括り付けられていた。決まってトップバッターはハマグチで、最後が私だった。別々の少女を犯している間も、私の脳裏には最初に犯した少女のことがあった。正確には、あの少女の瞳のこと。なぜあの瞳に見覚えがあったのか、考えてみればみるほどに、それはぼやけ、判然としなくなった。あの瞳の色すら、確証のない曖昧なものになっていた。そう呆けている間にも少女を犯す私は酷く興奮していて、行為が終われば嫌悪感に苛まれた。それの繰り返しだった。抵抗しようとは思わなかった。行為中の快感は本物だったから。

 私が少女を犯す回数と比例するように、ノドカに暴力をふるう数が減った。しかし、ノドカは相変わらず怯えた目でびくびくとしつつも、何も反抗しようとしなかった。反抗したはしたで殴るけれど、ますますノドカが私のそばにいる理由がわからなかった。まあノドカのことなんてどうでもよかった。いや、どうでもよくないなどと言えること自体がなかった。なんだかもうすべてを忘れてしまったように思う日が増えた。原因はあの撮影の参加だろう。あそこで少女を犯しているとき、私は間違いなく、ろくでなしで、蛇で、雌猿で、クズだった。それは演じている姿ではなかった。私の内側から漏れ出た、正真正銘の屑だった。ノドカを殴っているときと同じ、いやそれ以上の。私はようやくあのサークルの一員になれた。あの瞬間だけ、私は確かにあのサークルの面子の一人だったのだ。それは光栄なものではなく、世間一般的には唾棄すべきものだったけれど、私にとっては願ったり叶ったりのものだった。しかし、なぜだか嫌に虚しかった。演じる必要性がない場所が増えたというのに、自分を解放できる場所を見つけたというのに。私の心中は晴れなかった。今の状況は私が求めていたもののはずなのに。頭も腰も日に日に重たくなっていくようだった。

 段々と、大学そのものに行かなくなった。よってサークルにも行くことはなくて、自然に撮影の方も欠席になった。ノドカを殴る気も犯す気も起きなくて、日がな一日中押入れの中に引きこもって、眠りこけていた。いよいよ時間の感覚がおかしくなってきた頃になって、電話が鳴った。じつに数か月ぶりの電話だった。

 ノドカはちょうど買い物に出かけていて不在だったから、渋々私が出た。

「もしもし、コンノさんですか?」としわがれた中年男の声が聞こえた。聞き覚えのない声だった。「誰ですか?」と訊ねると、電話向こうの男は「警察です」と答えた。

 ――要約すると、その電話はタニオカとハマグチの死亡、マツドとヤシロの逮捕を報せるものだった。電話向こうの男が言うには、イケハラを除いたサークルの四人は覚せい剤を嗜みながら乱交をするという宴を行っていたらしい。その末に、薬物の過剰投与でタニオカが死亡、転倒して頭を強打したことでハマグチが死亡、その後に慌てたマツドがヤシロの制止も聞かずに自白的に救急車を呼び、それに随伴した警察に、マツドとヤシロは逮捕されたということだった。

 私は淡々と語る電話向こうの男の声を、ただ夢の中の出来事のようなぼんやりとした、現実が耳からだらだらと垂れ流されていくような感覚で聞いていた。

「――つきましては、コンノさんには署の方に来ていただきたいんですけど」

「はあ」

 私ははいともいいえとも言えない気の抜けた返事をした。電話向こうの男は無視して署の住所を述べ、「それじゃ来てください」と手短に言って電話を切った。

 私はぼんやり数十秒くらい受話器を握ったまま立ち尽くしたあと、寝間着代わりの赤いジャージ姿のまま近所にある警察署へと出かけた。シカトするという選択肢もあるにはあったけれど、特段その選択肢を選ぶ意義が感じられなかった。

 警察署では軽い聞取りのあとに軽い検査みたいなのをさせられたけれど、ものの三十分くらいですべて終わり、「もう帰っていい」とお払い箱にでもされたような調子で言われた。あまりにも呆気ないので、「家宅捜索とかしなくていいんですか?」とおずおずと申してみたけれど、「する必要ありますか?」と呆れた口調で訊き返されただけだった。

 戻ってくると、買い物からノドカが帰ってきていた。「何かあったのか」といつも通り怯えられながら訊かれたけれど、私は無視してまた押入れに引きこもった。全身がだるかったけれど、普段通りのだるさなのか、それとも今日に限ってのだるさなのかは今一つわからなかった。落ち着かずに瞼を閉じてみても、散々寝だめしたせいか、一向に夢へは行けなかった。腹が減っても飯を食う気にもなれず、便意や尿意もとんとどうでもいいような感覚である気がしてしまって、電池が切れたおもちゃみたいに私の身体は動かなかった。ノドカは一度私に呼びかけたきり、黙っていた。今ノドカを思い切り殴り倒せるほどの元気があれば、むしろすっきりできただろうに思いながら、私は押入れの中に身を横たえ続けた。

 それから何日経ったか――たぶんあまり経っていないが――私は大学へ行った。きっかけはなんてことはなく、ただ押入れの中で寝転がるにすら飽きただけだった。といっても講義なんてものはろくに頭には入ってこず、感覚なんかは押入れの中にいるときと何一つ変わらなかった。

 昼休み、中庭にある剥げたベンチに座り、コンビニで買った適当なおにぎりの包装も破らずに、私は漠然と構内を横切っていく学生たちを眺めていた。右へ左へと揺蕩う若い人間の群れを前に、私の頭の中はただ濃い霧のようなイメージばかりは覆い被さっていた。

「おう、久しぶりだな」

 初め、それが私にかけられた声だと気づかなかった。声の主がもう一度同じセリフを述べ、それで私は顔を上げた。いつの間に近づいたのか、私のすぐ隣に、イケハラが片手を軽く上げて立っていた。

 私が何も答えずにいると、イケハラは構わずにセリフの先を続けた。

「お前、あいつらの葬式には行った?」

 あいつら――が死んだサークル連中を指すことくらいは、私にでもすぐにわかった。

「行ってない」

「俺も」

 私が答えると、イケハラは食い気味に同調し、含むように笑った。

「というかあいつらの実家の場所も知らねえしな」

 そこでイケハラは黙ったが、私は次に何を言うべきなのか皆目見当もつかなかったので、ただじっとそのいけ好かない顔を眺めていた。

「――お前さ、最後に俺と一発ヤッとかね?」

「嫌」

 唐突にイケハラの口から飛び出した突拍子もない提案を、私は即答で断った。

「うん、そう言うと思ってた。タニオカとハマグチとは簡単にヤれたんだがね。やっぱコンノはガード硬いね。まあ俺は別に女を無理やり犯す趣味はないから良いんだけどさ。あ、魔法少女は別ね」

 イケハラはひとりけらけらと笑った。

「――あー、なんだ、でも良かったな、サークル潰れて」

「は?」

 イケハラのその言葉は、私にとってはナンパよりも予想外だった。

「いや、コンノって正直うちのサークル嫌いだったろ? いつもつまんなさそうな顔をしてさ、合わせたような愛想笑いばっか。空気読むのに必死っていうか――いわゆるキョロ充? そんな感じだったじゃん。何でうちに入ってたんだろって不思議だったけど、大方ヤシロと何かあったんじゃないの? まあそんなところまで知ろうとは思わんけどさ。でもヤシロもくたばったし、これで変に居心地の悪いサークルにいなくても良くなったじゃん。俺みたいなやつにセクハラされることもないしな」

 そしてまたけらけら。

「いや、私は――」

 私は釈明というか――言い訳をしようとしたけれど、唇が震えるばかりで上手く言葉が出てこなかった。なんと説明すればいいのかさっぱりわからなかった。

「大丈夫、俺はもうお前には話しかけねえよ。元々連絡先も知らねえ仲だしな。あいつらともそうだったけど。ただ最後にお前と一発ヤれるか確認したかっただけ。結果はお察しだけど。ほんじゃ別の女の子との約束あるから、俺もう行くわ。じゃあな」

 そう言うと、イケハラは出かかっている私の声に耳を傾けず、そそくさと歩き去っていった。ベンチの上に取り残された私は、ただイケハラが去っていった方向を見つめながら、唇を震わせ続けているだけだった。

 その日の帰路、急に腹の底からぐつぐつと煮込んだような怒りが湧き上がってくるのを感じた。意味のわからない怒りだった。脈絡もへったくれもない、突然来た嵐みたいな怒りだった。誰かを理不尽に踏み潰してしまいたいような、八つ当たりを体現した怒りだった。

 私は帰宅してすぐ、流し台の前で皿洗いしていたノドカに飛び掛かった。ノドカが倒れ込むと、ノドカが待っていた皿は数度宙で回転し、床に叩きつけられてぱりぱりと割れた。泡を含んだ水がそこら中に飛び散った。蛇口から垂れ流される水音がうるさかった。

 ノドカは私に組み伏せられながら、暗い目で私を見た。それは悲しんでいる目だった、怯えている目だった、呆れている目だった、非難している目だった、蔑む目だった――。

 私は殴った。ノドカを殴った。何度も殴った。拳でも平手でも殴った。殴り飽きたら今度は犯した。激しく何度も犯した。ノドカは大した抵抗をしなかった。顔が赤黒く腫れても、壊れそうなくらいに乳首を捩じられても、ノドカはずっと暗い目で私を見つめ続けた。私はそれが余計に苛立たしくて――余計に惨めで、ノドカを犯して、穢して、嬲って、弄んで、痛めつけて――途中から手の感覚が失せていた。それどころか全身の感覚が消失したかのようだった。ただ霞んだ視界の中で、ノドカを嬲り者にする手だけがぼんやりと見えた。それはまるで自分の手ではないようで――どうしようもなく自分の手だった。

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