1.Regular examination

After

「再来週には中間考査があるからな。忘れてないよなー?赤点取らない程度には頑張れよ。じゃ、起立、礼。おつかれさん」


金曜日の帰り間際のSHR。

浮ついた空気をぶち壊すかのように、クラスの担任は爆弾を落として帰っていった。

当然のように、放課後の話題はテストの話題でもちきりだ。


「葵」

とことことやってきた瑞希。表情には出てないが、どこかどんよりとした雰囲気を感じる。

「お疲れ様。テスト勉強しないとね」

…こくり。若干頷くまでの時間が空いている。

「ゆううつ」

「間違いない。…せっかくだから、一緒に勉強でもする?僕も、そんなに成績が良いわけじゃないけれど」

こくこくこくと、先程よりもだいぶ元気よく了承する瑞希。


どこで勉強しようか、と言いかけたところで肩に衝撃が走った。

「話は聞かせてもらったぜ葵。俺も混ぜてもらおうか」

そう言いながら肩を組んでくるのは雅也。痛いぞ、と抗議をしつつ、僕は肩に回された手をそっとはずす。


「僕は構わないけど…本当に勉強するの?」

というのも、僕はこいつと一緒に勉強会なるものを開いて、まともに勉強会になった試しがないからだ。数分で勉強に飽きた雅也がゲームとかをやり出して巻き込まれ、危うく赤点で補習、というのも1度や2度ではない。

「任せてくれよな。今回は本気だ。こちらは沙羅を出そう」

学年1桁を維持し続ける勉強家、かつ雅也の恋人である相川の名前が出てきて、僕達はアイコンタクトを交わした。


どうする?

沙羅、頭良い。だから、先生になってもらお?

おっけー。頼もうか。


「頼もう」

「よしきた。場所はどうする?」

「僕の家でいいよ」

「了解だ。4時半位でいいか?」

「大丈夫」

じゃあ、また後ほど、と残して雅也は帰っていく。

「僕たちも帰ろうか。今日は一旦帰る?」

と瑞希に聞くと、

「直接、いく」との返答。

返事がわりにかばんを持って立ち上がり、瑞希は僕の制服の端をちょこんとつまむ。

やがて下駄箱で靴を履き替え、校門を出た辺りでゆっくりと指を絡める。


半年くらいの交際の中で出来上がった、暗黙の了解。別に隠しているわけではないけれど、こういうなんとも言えないお約束が、妙に心地良い。

時折、にぎにぎと瑞希の手が力をくわえてくるのもポイントが高い。


ちらりと瑞希を見ると、ちょっぴり口角が上がっていることに気付く。

まるで僕だけがこの笑顔を知っているかのような優越感と誰にも見せたくないという醜い独占欲を飲み込み、僕は前を向いて歩いた。




数分ほど歩いて、自宅までやってきた。

靴を脱いでいると、ポケットに入れていたスマートフォンが震えた。雅也からだ。


まさ:今沙羅と合流した。これから行く。


A.Y:了解。鍵は開けとくから、着いたら入っちゃって。


まさ:あいよ


雅也はメッセージでのやり取りとなると、かなりドライな印象のやり取りになる。

最初の頃はこのドライさが怒っているように感じたりとかして、おっかなびっくりやり取りをしていたのを思い出した。


目の前に意識を戻すと、瑞希がきょとん、と首をかしげて僕をのぞきこんでいる。


「ああごめん、なんでもないよ。雅也たちがこれから向かうみたいだから、それまで少しのんびりしよう」

と瑞希を引き連れて、僕の部屋に向かった。




部屋に入るなり瑞希は抱きついてきた。

テーブルの周りにあるクッションに腰掛けると、膝の上に座り、胸に頬を擦り付けてきた。ねこみたいだ。


ねこじゃらしとかあったら反応してくれるのだろうか。

あいにくとねこじゃらしはないので、代わりに指を瑞希の近くに持っていって左右に揺らしてみる。


目で追っている。


右に指を動かすと、体ごと右に動く。

左に指を動かすと、体ごと左に動く。

奥に指を動かすと、瑞希は振り向いて、指に手を伸ばした。

手前に持っていって、捕まらないようにすると、僕の体をよじ登って捕まえようとしてきた。


いくら華奢な体型の女の子とはいえ僕の後ろに重心を持っていって、そこに更に体重をかけられたら当然後ろに倒れる。

結果として、僕は瑞希に押し倒されるかたちになった。


「つかまえた」

「つかまった」


つかまえた手に頬ずりして、すこし蕩けた視線で見つめられる。


やがてどちらからともなく目は閉じられて、


「あんたたち、なにやってんの」


そのまま固まった。

声の方向を向くと、ニヤニヤと笑う雅也と呆れたように頭を抱えている相川。

時計は4時35分を指していた。


「あー、家に入ってきたねこを手懐けてた」

「ん。ねこ、てなづけられてた。にゃー」


「あんたたちねぇ…」


もはや笑うことを隠そうともしない雅也の隣で相川がなにか言おうとしていたが、それは僕の唇に触れた暖かい感触によって防がれてしまった。


ひゅう、と雅也が口笛を吹く。

ぴきぴき、と相川のこめかみに青筋が浮かんでいくのが見える。


何故火に油を注いだのか。


「勉強会、このあと、くっつけない。だから、じゅうでん」


それで許してしまえるあたり、僕もそうとうやられていることをなんとなく理解した。




その後、僕たちの先生が鬼教官と化したこと。勉強会は僕の部屋ではなく、客としてふらっとにて行われるようになったのは言うまでもない。

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