Sweet

左腕にしがみつく瑞希を連れて、僕達は公園にやってきた。

近場ではそこそこ広い公園ではあるが、遊具はすべり台とブランコ、あとは隅の方にある砂場だけと少ない。

安全面がどうのと言われているのもあって、どんどん少なくなっているのは知ってはいたけれど、やっぱり僕が小学生だった頃はジャングルジムとかかごブランコとか、もうちょっと遊具があったな、なんて物思いにふけると少々寂しくなる。時期が時期であるがゆえの人気の無さも拍車をかけているのだろう。


ともあれ僕達は公園にたどり着き、砂場の近くにある屋根つきのベンチに腰掛けた。

屋根がついているとはいえ、四方に風よけなんてものはないから寒い。

暖をとれるものが欲しいところだ。


「ちょっと待ってて」


言うが早いか、僕は小走りで近くにあった自販機に向かう。

暖かいミルクティーを2つ買って瑞希の元に向かうと、彼女はむくれているような、悲しいような、若干ご機嫌斜めな様子であった。

飲み物を渡そうと手を出すと、その腕をつかまれて、そのまま胸元に抱えられてしまった。

柔らかい、なんてどこか他人事に感じながら、やがて現状を正しく認識した。


「さみしい。どっかいっちゃ、だめ」


その認識を狂わせるかのように、瑞希は言葉少なに紡ぐ。

緊張だとか、そんなものはどこか消え去ってしまって、心の底に残ったのは、愛おしさ。


自由な方の手で、僕は瑞希の頭を撫でた。


さらり、さらり。

片目を閉じてくすぐったそうにする彼女に、拒絶の雰囲気はなくて、僕は安心した。

必然的に抱きしめているような形になっていることに気づかないまま、僕は髪を撫でる。

同じ人間の髪の毛なのに、どうしてこうも柔らかいのかな、なんてしょうもないことをちょっと思った。


ああ、好きだなあ。


その言葉は、驚くほど自然に零れた。

弾かれたように僕を見つめる瑞希。


ーーーわたしも、すき。


思考が固まった。

今度は僕が瑞希を見つめる番だった。


目が離せない。でも、伝えたい。

口を開くことは叶わなかった。



目を閉じた、彼女の唇が、僕を塞いでいた。


いつの間にか、腕は僕の背中に回っていた。


僕の頬に熱いなにかが伝っていく。


彼女は泣いていた。



泣かないでと、僕も瑞希の背中に手を回すと、涙の勢いは増してしまって、僕は困ってしまった。


唇が離れた。瑞希の目は赤く腫れていた。

ぎゅっと、抱きしめる。




瑞希は僕にしがみついて、静かに泣き続けた。


ーーー


「ちょっと、まってて」


そう言い残して、葵は走り去ってしまった。

少し伸ばした手は葵には届かず、空を切る。


いかないで。


言葉にはならなくて、私はがっくりとうなだれた。

いくら察しがいいとは言っても限度があるのはわかっているけれど、やっぱり気持ちが伝わらないのはさみしい。

そこまで考えて、私はいかにワガママになっているかを実感してしまった。


複雑な気持ちを抱えて待つこと2,3分、葵は小走りで戻ってきた。

両手には、オレンジ色のキャップのミルクティーがふたつ。

私は自分が恥ずかしくなった。


葵は私に気を使って暖かい飲み物を買ってきてくれたのに、私は自分のことばっかり。

なんだかなあ、と自己嫌悪。


ふと、昨日のお母さんのやり取りを思い出した。

あなたは少し甘えたり、ワガママになってもいいのよ、とお母さんは言っていた。


いいのかな。


飲み物を渡してくれる葵の腕ごと掴んだ時には、もう言葉は落ちていた。


「さみしい。どっかいっちゃ、だめ」


我ながらあまりにも子供っぽいワガママだな、なんてどこか他人事のように思いながら、葵の目をちらりとのぞき込んだ。


すごく、優しい目をしていた。


そっともう片方の手が、私の頭の上に伸びる。遠慮がちに、私の頭を撫でた。

その手に不快感はなく、むしろ私のさみしい気持ちを溶かしてくれるような感覚だった。


気が付くと抱きしめられている格好になっていた。

とくん、とくんと、彼の心音が聞こえる。


とても、穏やかなリズムに、私の心も落ち着いていく。


ああ、好きだなあ。



さも当然のように零れた言葉が私の耳を打つ。思わず葵を見つめる。彼の顔は変わらず穏やかだ。


わたしも、すき。


その言葉は自然に出て、まるで打ち合わせしたかのようだ。


すき。すき。すき。もっと、すきが、つたわってほしい。


精一杯の背伸びをして。葵の背中に腕を回して。もうちょっと背伸びをして。


彼の唇ををふさいだ。

なぜか分からないけれど、目の奥がとても熱くて、気付くと頬を雫が伝っていた。


泣かないで。


互いの唇は確かに塞がっているのに、そんな言葉が聞こえた。

彼の声で。優しく。

何故だか分からないそれが、余計に涙を溢れさせてしまう。


やがて唇が離れて、葵の顔を見た。

顔を赤らめて、少し困ったような顔をして、それでも静かに微笑んでいた。


私はまた目の奥が熱くなって、でもかなしいわけではないと、必死に伝わることを祈りつつ、私は涙を流し続け、葵にしがみついていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る