Meeting
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
と頭を下げて、僕はちらりと時計を見た。
14時、55分。
あと、5分。
こういう時の5分は妙に長く感じる。
せめてオーダーやお会計でもあれば、と思わずにはいられない。
そういえば、瑞希はどうしているだろう。
そう思ってちらりと見た。
目が合った。
ふりふりと、手を振っている。
もうすこし。先に、外に出てるね?
そう聴こえた気がした。
結果として間違っていなかったようで、彼女は伝票を持って立ち上がり、とことこと歩いてきた。
「お会計、おねがい、します」
「かしこまりました。ケーキセットで、800円になります」
お会計はつつがなく進んでいく。
「200円のお返しとなります。…またのご来店をお待ちしております」
そう言って、一礼。したあとも瑞希はまだ目の前にいた。
くい、くい。と手招き。
されるがままに、身体を寄せると、瑞希が背伸びをして耳元に寄せてきた。
「そとで、まってる」
びくりとした。
耳から脳へと彼女の囁き声が伝わる。いつもよりも優しく感じる声。多幸感が走る。頭がくらくらする。
僕は頷く事でどうにか了承の意を伝えた。
コートの下からのぞくスカートをふわりとひるがえして、瑞希は退店していった。
時間は15時2分。ニヤニヤしている母親にお疲れ様、ごゆっくりと言われ、僕は無言の抗議の目を送って自室に戻った。
…黒いパーカーとカーキ色のカーゴパンツという無難な選択に5分ほど要してしまった。これ以上待たせるのは流石にまずい。スマートフォンと財布を持って、僕は小走りで家を出た。
店の前に向かうと、瑞希に話しかける男2人組の姿。
「クリスマス1人は寂しいでしょ?俺たちと遊んでかない?」
思わず頭を抱えた。こんな展開、今どき小説でもなかなか見かけないだろう…。
ふるふると首を振る瑞希が、僕に気付いた。
逃げるようにぱたぱた走る瑞希に若干ほっこりしたのは内緒だ。
諦めろ葵。覚悟を決めろ葵。
そう気合いを入れて、僕は瑞希の腰に手を回す。終わったら謝るから、許しておくれ。
「僕の彼女に、なにか?」
お約束のセリフを、ナンパにかけた。
なんだよいるのかよ。次だ次。という声が聴こえたのち、ナンパは僕に話しかけた。
「寒い中彼女待たせちゃダメだよ色男。ワンチャンあると思ったじゃん」
「ごゆっくり〜」
なんて残してナンパは去っていった。ふう、と息を漏らす。そんなことより瑞希は大丈夫だろうか。
見ても帽子をかぶっていて表情は見えない。でも、手がかたかたと震えていた。
「遅くなって、ごめん。怖がらせて、ごめん。もう、大丈夫」
そう声をかけて頭に手を乗せた。その手は掴まれて、そのまま抱きつくような形となった。
「葵が助けてくれたから、だいじょうぶ。かっこよかった。…いこ?」
まったく、敵わないな。
僕はうん、と言って、一緒に歩き出した。
ーーー
届いた紅茶とミルフィーユのセットを写真に収めて、私はふと葵を見た。
どうやら他のオーダーに対応中のようで、彼はコーヒーを入れていた。
手馴れた手つきで、でも視線は真剣そのもの。
こういう所に私を含め色々な女性陣から静かな人気を誇るのだろう。
かっこいいと、掛け値なしにそう思う。
ぱしゃり。
気がついた時にはスマートフォンのカメラには彼の姿が写っていて、それがデータに保存されていた。
あまりにも自然に、無意識に行ったそれに気づいて、私は慌ててきょろきょろと周りを見渡した。完全に挙動不審だ。
お客さんでこっちに視線を向けている人はいなさそう。そう、お客さんでは。
カウンターの奥にいた女の人と、ばっちり目が合った。おそらく、葵のお母さんだろう。
私はまるで悪戯がバレた子供のように、しゅんと縮こまってしまう。
しかし葵のお母さん?はパチリと華麗にウインクを決めてにっこりと笑って、さっと厨房へと戻っていった。
頑張ってね。
そう、言われたような気がした。
ケーキも食べ終わって、私はスマートフォンをいじる。
こっそり撮った葵の写真を待ち受けにした。我ながらベタ惚れである。
ついでに時間を見ると、14時55分。
そろそろ約束の時間だ。
再び周りを見渡すと、すこし手が空いたのだろう葵と目が合った。
とくん、と胸が鳴る。ほとんど反射的に小さく手を振った。
少し外で待っていよう。ちょっと浮かれて、私だけでもデートきぶんを味わってもいいかな、なんて思いながら。
「お会計、おねがい、します」
「かしこまりました。ケーキセットで、800円になります」
落ち着いていて静かな、でもよく通る声。
だいぶやっつけられちゃってるな、なんて他人事のように感じながらお会計を済ませる。
「200円のお返しとなります。…またのご来店をお待ちしております」
そう言ってお辞儀をする葵。様になってるな、なんて見とれていた。
その姿をじっと見つめていると、頭を上げた葵が不思議そうに私を見ていた。
ちょんちょんと手招き。葵は素直に近づいてくれる。
「そとで、まってる」
精一杯甘えたような声。
私の精一杯のアプローチ。
こんなのアプローチにも入らないかもしれないけれど、これが今できる精一杯。
赤い顔を見られないように、私は慌てて後ろを向いて、そのまま退店した。
一緒に遊ぶのが、待ち遠しい。
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