Works

「あおいー!そろそろ起きなさいな」

そんな声で、僕の意識は呼び起こされた。

寝ぼけた頭で、今日の予定を思い出す。


今日は家の手伝いで、お昼すぎくらいに、瑞希がーーー

それと同時にに思い起こされる、昨日の出来事。

思わず枕に顔を押し付けて、足をばたつかせた。羞恥心が込み上げてきて、思わず唸ってしまった。


あれはまるで、恋人の距離。


恥ずかしさに悶えつつも、すこし冷えた頭で何故かを考えた。


愛玩?


庇護?


そこまで考えて、意図的に意識から弾いていた選択肢に気がつく。

…恋愛感情?


かちりと、はまった。はまってしまった。いやしかし、会ってまだ一日だ。

でも、何度間違い探しをしても、確認をしても、はまってしまった感情は直せない。

何度目か分からないほど感情への推敲を重ねて、僕は白旗を挙げた。…認めよう。


僕は、一ノ瀬瑞希という女の子に、恋をしている。


「葵!そろそろ本当に…あらあら」

しびれを切らして入ってきた母親が、何かを察していた。



シャワーを浴びて戻ってきて早々に、声をかけられた。

「それで、どうしたの、葵」

そう聞いてくる母の顔は微笑んでいた。

「ちょっと、ね。今日、友達が来るよ」

「あらあら。雅也くん?」

「いや、違うよ」

そう答えると、にやりと「女の子ね」と笑った。

「いや、そうだけど。そうなんだけど。なんで分かるのさ」

「だって、何かを決意した顔しているもの。あの人そっくり。いいわ、15時まで手伝ってくれたら、後は好きにしていいわよ」

さりげなくのろける母親の顔は優しい。

「了解。…ありがとう」

すこし目を逸らしながら、お言葉に甘えることにした。

気合い入れなさいよ、という母親の言葉が、部屋の外から聞こえてきた。



お昼すぎの喫茶店は激戦区だ。

「お待たせいたしました。こちらオムハヤシと紅茶のセットでございます」

僕の仕事はウェイター。厨房に立てるほど、僕の料理の腕はない。

「葵、これ7番テーブル!頼む」

「了解」と残して、ハンバーグプレートを持っていく。


ポケットの中のスマートフォンが震えた。

ちらりと時間を見ると、13時半。瑞希の家からここまではおよそ10分少々で着くことだろう。

1時間ほど、待ってもらうことになりそうだ。

お茶くらいはサービスさせてもらうことにしよう。そして、その後は。


覚悟は決めても跳ねる心拍数を抑えるかのように、僕は手伝いに打ち込むのだった。


やがて10分少々経った頃だろうか。客足も一段落つき、ふう、とひと息はいた時、ドアベルが鳴った。

「いらっしゃいませ。お客様は…おっと」


応対する僕に小さく手を振る瑞希。待ち焦がれていたような、来て欲しくないような、何とも言えない気持ちが僕を覆ってゆく。

「いま、だいじょうぶ?」

軽く辺りを見渡し、席が空いていることを確認し、「カウンターとテーブル、どっちがいい?」と聞いた。

カウンターと答えた瑞希を案内して、メニューを渡す。

「お水、持ってくるね。メニューお決まりになりましたら、お呼びください。…あと」

こくりと頷く瑞希に少しだけ顔をよせて、

「15時頃に、体が空くから。その後、すこし出かけよう」

と伝えて離れた。どきどきと高鳴る心音は隠せただろうか。

彼女は昨日とあまり変わらない様子で、それでも縦に首を振った。


ーーー


いつもと同じように振る舞えていただろうか。

お店に向かう時、お店に入る時。

そして、彼と会話を交わした時。

どんどんと、心拍数が上がっていくのを実感していた。

葵が離れて少しだけ落ち着いた心を、少しの寂しいが心を覆った。


ちかくに、いてほしい。

なんて言葉はあまりにも自分勝手だろう。

それでも、そう思わずにはいられなかった。



昨日家に帰ってから、私はお母さんとお話をした。

沙羅のこと。

その彼氏、内村の話。

Wデートがしたいという内村の発案により、結城葵と私も一緒に遊ぶことになった話。

意気投合して、明日遊びに行くことになった話。


いろんな、話をした。

お母さんが途中、「優良物件ね」とこぼしていて、思わずくすりと笑ってしまった。


「瑞希は、葵くんが好きになっちゃった?」

「わから、ない」

そう。ここがわからない。

いくら馬が合っても、いくらいい雰囲気になっても、いくらカッコよくても。

初めて会ってその日に好きになるのかな、と考えてしまうのだ。


「もっと簡単に考えてごらん?日にちとか、そういうものをぜーんぶ無視して、自分がどうしたいか考えてみるの。手を繋いだり、一緒に遊んだり笑ったり、キスしたり」


キスという単語にすこしびくりとしてしまったけど、気を取り直してもう一度考えてみた。

もっと、仲良くなりたい。

一緒に美味しいものとか食べたい。

笑いかけてほしい。

手を繋いで、一緒に歩いて、ぎゅっとしてもらって、キスを…


「どう?わかった?」

そう言って微笑むお母さんの姿はとても穏やかだ。

対して私は真っ赤な顔をしていることだろう。

それでも私は、ゆっくりと首を縦に振れた。


「私は、葵が、すき」

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