Give

「一ノ瀬さん、これ、あげるよ。クリスマス、プレゼント」


そう一ノ瀬さんに伝えると、彼女は固まってしまった。

やがて、数秒の時を経て、彼女は口を開いた。

「…いいの?」

その問いかけに、僕はうんと小さく頷く。

顔を赤くして、それでも嬉しそうにプレゼントを受け取ってくれた一ノ瀬さんを見て、僕は安堵した。

「あけても、いい?」

おずおずと聞いてくる一ノ瀬さんに、僕は微笑んで、「もちろん」と答えた。

いそいそと封を開ける一ノ瀬さん。

どこか小動物チックな彼女に、僕は見とれていた。


「ぼうし。…どう?」

さっそくかぶってくるりと1回転。ファッションにはあまり明るくないけど、よく似合っている気がする。すごく、いい。

「すごく、いい。とても、かわいい」

「はずかしい。でも、うれしい」


キザったらしい発言だったかもしれない。

そう思ったけれど、本当に恥ずかしそうに、でもほんの少しだけ上がっている口角を見ると、いまさらその発言を取り消す気にはなれなかった。




僕の家のすぐ近くのマンションの前で、ふと一ノ瀬さんは足を止めた。

「ここ、私の家」

そう言う一ノ瀬さんはちょっと寂しそうだななんて感じたのは、さすがに僕の思い上がりだろうか。

それと同時に、驚いた事を彼女に伝える。

「驚いた。僕の家も、すぐ近くなんだ」

目を丸くする一ノ瀬さん。やがて、ひとつの答えにたどり着いたのか、

「もしかして、結城くんの家って、ふらっと?」

と聞いてきた。

「そう、正解」

「今度、お茶しに行ってもいい?」

「もちろん。きみなら大歓迎。クリスマスケーキとかもあるから、よろしければご家族でどうぞ」

わざとらしくお辞儀をする僕に、彼女はコートをちょこんとつまんで小さくお辞儀を返してくれた。やっぱり、ノリがいい。

「夜は、家族で過ごす」

「そっか、ざんねー「だから、おひる、いく、ね?」

残念、と言う言葉を遮るようにして、たどたどしくもはっきりと、一ノ瀬さんは宣言した。

今度は、僕が慌てる番だった。

「それは、嬉しいけど、でも僕は、店の手伝いで、一ノ瀬さん退屈かも」

ふるふる、と否定の意を示す一ノ瀬さん。

「たぶん、だいじょうぶ。楽しみに、してるね?」

そう言われてしまうと、僕は頷くことしかできなかった。


「行く前に、連絡する」

「おっけー。でも、返信は難しいかもしれない」

流石に家の手伝いとはいえ、喫茶店なのだ。

スマートフォンのチラ見くらいなら出来るとは思うが、スマホ片手に接客する従業員を見て、お客さんは良い気にはならないだろう。


こくり。


どうやら了承してもらえたようだ。

「じゃあ一ノ瀬さん、また明日、ふらっとで」

「また、あした…あっ」

とことこと寄ってくる一ノ瀬さん。


「瑞希、って、よんで?

仲のいい人は、名前で、よぶ。

だから、葵、って、よんでも、いい?」


それは、突然のことで。

沈んだ、と感じた。

囁くような、甘い声が、全身に響いた。


感情のコントロールが、上手くいかない。

ふらふらと、彼女に近づいて、耳元に顔を近づけた。

「待ってるよ、瑞希」


伝えてから、はっとした。とんでもないことをしでかした気がする。顔が熱い。

上手く回らない頭を総動員して顔を話すと、同じく顔を赤くしながらも、穏やかに微笑む瑞希の姿があった。

「また、明日」

と残して、小さく手を振って、やがてマンションの中へと消えていった。


明日は、普通でいられる自信がない。

瑞希の姿が見えなくなっても、僕はしばらくその場から動けなかったのだった。


ーーー


家に帰ってきて、私は玄関でずるずると座り込んでしまった。

そして思い出すのは、今日一日で仲良くなった男の人のこと。

まだ知り合って間もないのに、わざわざプレゼントをくれた人のこと。


目を閉じても、首を振っても、その人が頭から離れない。


まるでのぼせているような気分になった。

沙羅からの紹介では、静かに女性陣からの人気があるとは聞いていたけれど、見通しが甘かったことを自覚する。

半ば勢い任せで約束した明日の予定を思い出して、私は思わず頭を抱えてしまった。


「瑞希ー?どうしたのー?」

という声を聞いて顔を上げると、お母さんが心配そうに見ていた。

「風邪?」

ふるふる、と首を横に振った。

「何かあったのね。…ココアをいれるから、すこし、お話しよっか」

私は少しだけ考えて、ゆっくりと首を縦に振った。

ちょっと、感情の整理をしよう。

私は立ち上がって、リビングに歩いた。

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