Gift

買い物も済ませて、そろそろ夕飯を食べようという話になった。

どこか良さそうなお店は無いかと周りを見渡していた最中に、ふと気になるブティックを見つけた。

そこに置いてある帽子を見てなんとなく一ノ瀬さんに似合いそうだな、なんて思った。

確か、キャスケットって言ったかな。


一ノ瀬にクリスマスプレゼントでも渡してやりな。

そう言った雅也の言葉を思い出す。

しかし、いきなり渡されても迷惑かもしれない。はたして、どうしたものか。


「どうした葵、ぼーっとして」

僕が葛藤している間に、どうやら話はまとまっていたらしい。

「あ、ごめん。ちょっと考え事してた。お店は決まった?」と聞くと、若干呆れたように雅也は決まったよ、と答えた。


ここで迷っていても埒が明かない。腹をくくろう。


「ごめん雅也、ちょっと御手洗い。席先取ってて」

そう残して、僕は小走りでブティックへと向かった。




「…あれ?結城くんは?」

「ちょっと御手洗い、つってトイレとは逆方向に走ってったよ。青春だねえ」

「同い年が何言ってるんだか…」


ーーー


瑞希、と沙羅に呼ばれて私は振り向いた。

「結城くんと話合いそうで良かったじゃない」と沙羅はまるで自分の事のように喜んでいる。

「ん。結城くん、良い人」


実際、モテるのだろう。

整った顔、細身で高身長。かといって、もやしっ子というわけでもなさそうだ。

とても落ち着いていて、かといって暗いわけでもなく、ノリもいいし、茶目っ気もある。

いわゆる優良物件と言うやつなのではないか。

それはそれとして、私のこのほぼ動かない表情筋を読み取ってコミュニケーションを取ってくれるのは正直助かるし、話が合うのも嬉しい。


仲良くなりたい。

思わず連絡先を交換してしまうくらいには、私はそう思っていた。


「だけど、葵があそこまで女子と話してるのは珍しいんだぜ。普段はもっと表情固いし、ましてやアドレス交換なんて絶対しない」と内村は言う。

「結城くんも、瑞希のこと気に入ったのかもね」

沙羅が続く。


その言葉を聞いて、なんだか私は恥ずかしくなってしまった。


「あらら」

「これは、アイツにも春が来たのかねえ…っと、一ノ瀬、葵に連絡してくれ。席と、店の名前」


内村が送ればいいのに、とは少し思ったけれど、私は頷いて、さっそく手に入れた結城くんの連絡先を活用することにした。


ーーー


お目当ての買い物を済ませたのち、僕は雅也の話をろくに聞いていなかったことを後悔した。

どこでご飯を食べるかを聞いていなかったのだ。

とりあえずモール内の食事処の辺りで途方に暮れていると、スマートフォンが震えた。一ノ瀬さんからだ。


Mizuki:大丈夫?


A.Y:大丈夫。ぼーっとしててお店の名前聞きそびれちゃったから、教えてくれるかな


Mizuki:ゆみはりってとこ。12番テーブルで、みんなで待ってる。


A.Y:ごめん、待たせちゃってるね。すぐ行くよ


Mizuki:スタンプを送信しました。


今度はお椀の中から白い猫がはみ出ているスタンプだった。お雑煮だろうか。

ともあれ、あまり待たせるのもまずいので、僕はスマートフォンをしまって、お店に急ぐのだった。




「ずいぶんかかったな」

「ごめん、店の名前忘れちゃって」

相川の隣に座っている雅也に謝りつつ、僕は空いている一ノ瀬さんの隣に座った。

「お雑煮?」

さっきのやり取りをふと思い出して、僕は一ノ瀬さんに聞いてみた。

こくん、と肯定。

「豚汁、なかった。汁物、お雑煮だけ」

思わずくすりと笑ってしまった。

「今後に期待だね」

「ん。新弾に、期待」

「おーいお二人さん。イチャつくのも良いけど、飯は決まったのかい」


僕たちは顔を赤くして、食事選びに専念するのだった。


ちなみに、ここの食事は美味しかった。




お会計を済ませて店を出たところで、満足そうに雅也がお腹を擦りながら言った。

「ふいー食った食った。さて、この後どうする?もうちょっと遊んでもいいが」

腕時計を見ると、時間は20時半。なんだかんだそこそこ経っていたらしい。

「んー、ぼちぼちいい時間だから、僕はちょっと難しいかな」

「わたしも、そろそろ」

僕が離脱発言をすると、一ノ瀬さんもそれに乗っかるように同調した。

「じゃーそろそろ解散か。葵」

「おっけー。一ノ瀬さん、送ってこう。家はどっち方面?」

「えっと」

そう言って固まった一ノ瀬さんに苦笑いしつつ、相川が助け舟を出した。

「瑞希、結城くんに甘えちゃいなさい。…あっち方面よ、結城くん」

そう言って指さした方向は、奇しくも僕の家と同じ方向だった。

「同じ方向だ。一ノ瀬さん」

僕は一ノ瀬さんの耳に小声でこう付け足した。

「2人っきりにしてあげない?」

こそばゆかったのか、一ノ瀬さんはびくりと身じろぎしたのち、こくりと頷いた。

「何吹き込んだんだか知らんけど頼むぜ葵。送り狼にはなるなよ?」

「そっちこそ。じゃ、またね、雅也、相川」


ばいばい、と手を振る一ノ瀬さんを背に、2人は歩き出した。

「そろそろ行こうか。道とか教えてね?」

こくりと頷く一ノ瀬さんの隣を歩く。お互い会話はない。でも、気まずい訳でもない。穏やかな時間。

女の子と過ごす時間は多くなかったが、どうにもあのキャピキャピした雰囲気が苦手な僕としては、こういう感じのものは結構嬉しいように思う。

ふと、かばんの中に入れたクリスマスプレゼントを思い出した。


もう少し、仲良くなりたいな。


そう思った時には、言葉に出ていた。


「一ノ瀬さん、これ、あげるよ。クリスマス、プレゼント」

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