Outfit

ショッピングモールは駅から歩いて十数分のところにある。

当然と言うべきか、自然と前を歩く雅也たちの後ろに僕と一ノ瀬さんはてくてくと着いていく形になった。

道すがらぽつぽつと雑談を交わした。

本がすきなこと。

食べることがすきなこと。

ゲームはあんまり触ったことがないこと。

服にはあまり頓着がなくて、お母さんや相川に選んでもらってること。


特に美味しいものの話をしている一ノ瀬さんは声色こそ変わらなかったものの、なんだか彼女の後ろから花が咲いているような気がして、僕は思わずにこにこしてしまった。

彼女の撮ったご飯の写真は、意外にもケーキだとかパスタとかではなく、ラーメンだとかカツ丼だとか、どちらかと言うと男性が好んで食べそうなレパートリーの方が多かった。

僕たちがご飯トークで盛り上がっていると、前の2人がこっちを見ていることに気がついた。

「瑞希のご飯への情熱は凄いのよ」

「でも意外かもなー。女の子って、沙羅みたいにどうしてもケーキとかの甘い物とかを好んで食べるイメージが強い」

「私は甘い物、というよりコーヒーのついでに食べてる方が正しいけどね」

そう雅也が口にしたことを、相川が訂正する。それを受けて一ノ瀬さんは、

「やっぱり、変、なのかな」とつぶやいた。

心無しか、しょんぼりしている気がする。

「変なわけあるもんか。雅也は大の甘党だし、僕は逆に定食とかの塩気のあるものの方が好きだよ」

「葵は豚汁めちゃ好きだよな。それでいて実家は喫茶店なんだぜ?」

そうなの?と驚く女性陣に頷いて、僕は続けた。

「実家が喫茶店だからなのかはちょっと分からないけどね。親のご飯のレパートリーは洋食が多くて。もちろん美味しいし不満もないんだけど、時たまスープじゃなくて味噌汁とかが食べたくなるんだ。僕も結構オススメの定食屋さんとかあるし、良かったら行こうよ」

こくこくこくこくこく。

びっくりするくらい首を縦にふる一ノ瀬さんに僕はむしろそっちの方に驚いてしまった。

その勢いを収めぬまま、彼女は手に持っているスマートフォンをさささ、と操作して、やがて僕に見せた。

「連絡先、交換しよ」


固まる僕。雅也がひゅう、と口笛を吹く音が聞こえた。

その隣では相川が目を丸くしている。

硬直がとけるまで、僕はたっぷりと5秒の時を要した。


というのも、一ノ瀬さんがとても悲しそうにスマートフォンを自分のポーチに仕舞おうとしていたところを慌てて引き止めたという、なんとも情けない理由なのだが。

「待って待って待って一ノ瀬さん。僕からもお願いだ。連絡先教えて!」

途端に一ノ瀬さんからは嬉しそうな雰囲気がただよってきた。

緊張しながら連絡先を交換すると、さっそく僕のスマートフォンがメッセージを受信した。


Mizuki:スタンプを送信しました。


スタンプには、デフォルメされた、カツ煮みたいな猫が丼の上に乗っかっていた。

どんぶりねこ。

思わずくすりと笑う僕。せっかくなので、僕もメッセージを返すことにした。


A.Y:いいね、これ

Mizuki:おすすめ

と一緒に、今度は唐揚げみたいな色をした子猫たちが皿の上に積み上がっていた。


A.Y:どんぶりだけじゃないんかい


ふと前を見ると、得意げな雰囲気で一ノ瀬さんがこっちをみてる、後ろで雅也がにやりとこちらを見て笑った。


「ご馳走様」

まだ食べとらんわ。




ショッピングモールに着いて、まず雅也の服を見に行こうということになった。

雅也がよく買うという、おしゃれでリーズナブルな服屋について行く。せっかくだから、僕も値段次第ではアウターの1着くらい買ってもいいかもしれない。

「葵はテーラードとか似合うと思うぜ」と言って、ベージュのスーツの上みたいなジャケットを手渡してきた。

自分の服を見に来たのではないのか、という疑問は飲み込みつつ、受け取ったジャケットに袖を通してみる。

今はベージュのチノパンを履いているせいで、全身ベージュ人間の出来上がりだ。

「雅也、全身ベージュはさすがに合わないよ」

「ばかたれ。下は違う色にするんだ。とりあえずこれ履いてみ」

今度はネイビーのジーパンを手渡してきた。どうやら履け、ということらしい。

仕方なく試着室に行って着替え、外に出ると、いつの間にやら女性陣までこっちに来ていた。

「似合うじゃない結城くん。瑞希もそう思わない?」

こくこく、ぐっ。

うなづいてサムズアップする一ノ瀬さん。どうやら好評らしい。

ジャケットは買おう。でもジーパンまで買うとなると、さすがに予算オーバーだ。

「ジーパンは俺が買ってやるよ。クリスマスプレゼントだ」

「いやでも悪いよ」

「いいからいいから。大した値段じゃねえんだ。かわりに一ノ瀬にクリスマスプレゼントでも渡してやりな」

と言うやいなや、雅也はいなくなってしまった。

「まったく、カッコつけたがりなんだから…」と相川は呆れ笑いをこぼした。

「でも、かっこいい」

「本人には言わないでね。あいつ、調子乗っちゃうから」

これが、言わない優しさというやつなんだろう。




ちゃっかり自分の買い物を済ませていた雅也は店員さんを連れてきて、そのまま僕の会計に移った。完全に着替えるタイミングを逃してしまったが、せっかくだから今日はこれで過ごすことにしよう。

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