野良猫(5)

 アイツらのお引越し大移動は、商業実技部員総出そうでで行われた。

 青柳が捕まえられない猫たちも、小春子が呼べばデレついた声でホイホイ付いて来るアイツらの猫らしさには、懐かしささえ感じた。

 部員たちは制服を毛だらけにして、何往復も猫たちを運んだ。

 狎鷗亭は今、生まれ変わろうとしている。

 小春子の監修のもと、すべての室内環境が猫の飼育に適した空間にリノベーションされた。特に2階の小さな3部屋は、猫専用の生活部屋になった。その分だけ1階と2階の客席数は増設された。

 ただ、狎鷗亭らしいアンティークでノスタルジックな店内はそのままに、厨房には仕切りと簡易扉が増設され、棚の上の物や飾られている雑貨類は、すべて固定された。

 

 そう、狎鷗亭は『猫カフェ』へと変貌を遂げたんだ。

 

「すごい……猫たちが自由に建物の中を行き来することが、ほどよく猫カフェっぽくなってる……」

「アンティーク家具と猫がこんなにも似合うとは……」

「なんだか漁港より居心地良さそうだな」

「俺、猫が好きになりそうっすわ」

「これは完璧なリノベーション!理想的な業態変革や!」

「2階と1階の移動が飛んだり跳ねたり、猫ちゃんたち楽しそうですぅ」

「これデートスポットになりますよね……」

 

「絶対イケる!!」全員がそう確信した。

 

 そして皆のその確信はまさに今、現実のものになった。

 そもそも猫ファンが集まっていた漁港から、この狎鷗亭へ行き先が変わっただけではなく、またもや幸運にもあらゆる情報発信の波に乗ってまたたく間に『猫カフェ狎鷗亭』の話題は全国に広まった。たちまち店は猫民の海のごとくお客の山で溢れ、順番待ちの行列が前庭から道路までつながった。

「はーっはっはっは、なんちゅう愉快な喫茶店になったもんや」

 宿坊マスターは生まれ変わった狎鷗亭に、とても満足気だった。

 きっとこの人は学生が好きなんだな、とも感じた。その理由は――

「もうここ3日で手一杯なんやじゃ、バイト代はずむから男子はホールで女子はキッチン頼めんかのう……」

 こうなっては、もう乗りかかった船だと、全員が快諾した。

「これマジ超かっこいいんすけど……」

 マスターは調子付いて全員に制服まで仕立ててくれたらしい。それは男女お揃いのデザインのブレザーだった。

「深緑色のベルベット素材ですごく大人っぽいよ」

「胸の店名刺繍入りワッペンもお揃いでお洒落すぎる~」

「三ツ星レストランのスタッフみたいやん」

「ていうかぁ、ウチの男子部員ってこうなると全員イケメン店員ですよねぇ」

「え?文乃ちゃん?」

「私はまったく、そんな風に思ったことはないのだが……」

「私もです」

「私も……かな」

「えぇ~先輩たち見る目ないですよぉ~」

「は?なんと?」

「ムキムキで硬派な男らしい百橋さん。パッと見は不良っぽいスカした三女子さん。草食系メガネ美男子の青柳さん。ジャニーズ系かわゆす弟的な神子沢くん」

「うーむ……そう言われてみると……」

 

「これ、もしかしてヤバくないですか?」

 

 誰一人として女性陣の賛同は得られなかった文乃ちゃんの予想だが、世間のお眼鏡には見事にかなった結果となったらしい。

 SNSでの『猫カフェ狎鷗亭』の評判は、『イケメン店員と愛らしい猫たちがおもてなしするノスタルジックな空間に癒される海の見えるカフェ』とまあ出来過ぎたキャッチコピーが大いに一人歩きしたみたいだった。

『猫』+『イケメン』の化学反応は、まるでフッ素と水素が爆発したみたいやわ!と、よくわからない説明をした小春子だったが、爆発的な客足はとどまることなく、夏休み中はほぼ無休で全員が猫カフェ店員になりきった。

「高校生で時給千円以上あたるなんてありえん……」

「本当にいいんですか?マスターさん……」小春子はかなり遠慮気味みたいだ。

「いやっは~、月の売り上げがなんて経験したことないんやちゃ~」

「ウ、ウ、ウンビャクマーン!?」百橋さんが一番に反応した。

「これからも、ヨロシクたのむちゃ~」

「でも本当にいいんでしょうか、マスターの趣味でコレクションされた高級なアンティーク家具も、猫たちの爪なんかで少なからず傷付いてしまうと思いますし……」青柳は真面目に心配している。

「はっはっは。あのね、私は君たちに気付かされたんだ、物の価値って何なのか」

「価値?ですか?」

「この店を閉めようと思っとった時までは、まだこのコレクションは見て楽しむ物やと勘違いしとった。でも、なーーんやったわ、家具は使われて初めて価値が生まれるんやちゃのう。それが人でも猫でも、使われる事、それ自体に価値があるって教えられたわい」

「マスターさん……」

 

「本当に、ありがとうね。感謝しとる」

 

 ボクにはその言葉が、どこかアイツらに向けて言われたような気がした。同時に揃ってこっちを見て静止しているアイツらも、そんな気がしたのかも知れない。


「あの子たちが安全で幸せに暮らせる所が与えられて、私、もう心配しなくていいんだね。ねぇ、ものまる……」

 小春子はそう呟いた。

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