野良猫(3)
ギラつく熱光線でこんがり照り焼かれそうな真夏の炎天下でも、彼らは何かを競うように猫たちの里親を探し歩いていた。
夏休みに入ったタイミングで、その地道な努力は少しずつ成果を見せつつある。
「やっぱチラシは手当たり次第に配るんやなくて、お店なんかに貼らせてもらうといいね」
「それな!どこどこで見たよって言われるわ」
「地元のコミュニティサイトへの投稿からも申し入れが来とる!」
「それもいい」
「人に見せるときは一覧写真から選んでもらおっかなぁ」
「呉羽が作った、性別分けとか種類別や年齢別の一覧も便利や」
「意外にも猫が好きな人は結構おるよね」
「その中でも子猫はやっぱ人気やちゃ」
「この調子なら、何とかなるがんじゃないけ?なぁ!呉羽!」
「みんな、ありがとう」
小春子はその商実部の皆の働きには、心から感謝していると言っていた。
だけどボクの前でだけ、こんなことも言う。
「ものまる、私ね、みんなには絶対言えないけど、赤ちゃんが連れていかれるお母さん猫の寂しそうな目を見とれんがよ。一生懸命育ててきたのに離ればなれにするなんて、胸が苦しくて張り裂けそうなん」
きっとそうだと思ったよ。
「でもこうするしか、あの子たちが助かる方法はないがやもんね、殺されるよりいいよね。もう、どうすればいいのか分かんないよ……」
小春子が皆の前では無理しているように見えたのは、そのためだったんだ。ニコやかだけど、どこか寂しそうだった。
「あの子たちが生きていてくれたら、それでいい」
小春子は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
8月に入ったばかりのこの日は、特に蒸し暑くて鬱陶しかった。しかも今日はボクが嫌いな雨模様だ。猫毛にまとわりつく湿気も、雨が地面を突く音も、この地面から湧き上がる雨のニオイも大嫌いなんだ。
だが、そんなことは一瞬で吹き飛ぶ事態がボクたちを待ち受けた。
いつものように皆が待つ部室へ向かう小春子を、やっと来たと血相を変えて玄関でこちらに呼び掛けた青柳は、見たことのない鬼気迫る様子だった。
「青柳、どしたん?」
「僕たちが前に訪ねた町内会長さんが、わざわざ学校まで知らせに来てくれたんだ!」
「何を?」
「今日、動物管理センターが一斉にあの周辺の猫の駆除を実施するって聞いたって!!」
「えっ!!」
「先に戸破さんと百橋さんが漁港に向かったんや、呉羽が来たら一緒にすぐに来いって!!」
小春子は玄関を飛び出した。
空に放り投げられた開いたままの傘は、風にあおられて舞い上がった。その傘が地面に落ちる頃には、もう小春子から傘は見えない。
彼女が後ろへ蹴り上げる
ボクたちを一生懸命に追っている青柳の姿は、もう遥か遠くに離され、小さくなってやがて見えなくなった。
先輩たちが待つ漁港に着いた小春子は、治まらない息切れを噛み殺して二人に声を掛ける。
「戸破さん、百橋さん」
「呉羽、来たか」
戸破部長は差している傘に小春子を入れた。
「猫たちは?!」
「まだ駆除作業は始まっとらん。センターの職員らしき人たちと何やら話している男の人が市議会議員の方みたいや」
百橋さんが指し示した場所では、確かにそんな風貌の中年男性が目立っていた。一緒にあの自治会長もいる。
「私、いってきます」
「待て、呉羽。仮に今だけ作業を妨害したとしても、無意味やと私は思う。いきなり殺されたりは絶対ないから、収容された猫たちは引き続き里親を探そう」
「俺もその方が賢明やと思う」
先輩たちは冷静だった。だけど小春子は、もう居ても立っても居られないと言わんばかりに、あちらの様子を心配そうに窺い続ける。
センターの職員たちは、ネットなどですぐに捕獲できる猫と、そうでないものには捕獲罠を仕掛けたりしていた。あれやこれやと口を出している議員が大きな声を出す。
「何しとんがけ、あらかた簡単に捕まるやろがい」
そう言って踏み出した瞬間、付近にいた猫たちは一斉に方々へ散った。だけど……
「ほーいっ!捕まえたわコラ!」
それは、よしみが産んだ子猫だった。
その時、我が子を取り返そうと建物の陰から飛び出して来たよしみが、自治会長の足元に近付いた瞬間――
「ひゃあーっ!!こっち来んといて!!」そう叫んだ女は足でよしみを払い除けた。
「いやー!!もうやめて!!」
小春子だった。
雨の中へ飛び出した彼女は、よしみの元へ駆け寄り、それにやや驚いた議員が手を離した隙に子猫も逃れた。
「もうやめてください!!この猫たちはすべて私の家で飼いますから!!だから……もうやめて、ください」
「呉羽……」
やっとたどり着いた青柳が、その小春子の姿を前に立ち尽くす。
「この高校生が会長の言ってた?」
「そやちゃよ」
憎たらしい顔をした人間の大人が小春子を蔑んだ目で見る。
「何匹おると思っとんがよ、飼えるわけなかろうが!何をいつまでも無責任な事を!高校生にもなって現実的に物事を考えられんがか!」
議員が大声を張り上げ、辺りが緊迫する。
それと同時に、誰もまったく予想しなかった事が起こる。
その光景は長い一瞬が沈黙したまま、まるで時を止めたみたいだった。
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