野良猫(2)

 何も出来ないまま門前払いを受け、しょんぼりと俯いたまま歩く小春子がたどり着いた先は、いつもの場所だった。

 いつもはゆっくりできる赤いベンチも、今日はひときわ夏の日差しが暑そうに真っ赤に焼けて見えた。

「猫たちが……おらん……」

「え?」

 いつも小春子が来ると必ず姿を見せるアイツらが、今日は見えなかった……。小春子の顔が強張る。

「まさか……」

「いや、いくらなんでも……」

 青柳がキョロキョロとあたりを見渡すと、黒猫のジョージがひょっこり現れた。警戒心の強いアイツらは、何か良くない気配を察知したのだろうか、いつものようには出歩いていないみたいだった。

「ジョージ、いたんだね。よかった」小春子がジョージの背中を撫でる。

 すると見計らったように、他の猫たちもそこかしこから姿を現した。

「あぁ、みんな無事でよかった」

 猫たちはまるで、小春子が自分たちの住処に舞い降りた女神様でもあるかのように、彼女のもとへ集い寄り添った。でも助けを求めるアイツらの声や言葉は小春子には通じないし、届くことはない。

「私に覚悟なんて、本当はなかったのかも知れない……」

「覚悟?」

「東坂下さんに聞かれたん。覚悟はあるかって……。こういう事だったのかもって、今になって気付いても、遅いよね……」

 青柳は、小春子のその言葉に何も言わず彼女を見守っていた。

 集まった猫たちに囲まれた小春子は……少し涙ぐんでいた。

 

 

 

 

「動物愛護保護法っていう法律があるから、みだりに一般人が猫に危害を加えることはできん」

 小春子と青柳の二人の相談に、戸破部長はそう語る。百橋さんや他の部員たちは真剣な面持ちでその話を聞いていた。

「自治会長さんは保健所に頼んで駆除するって言っとられました」

 小春子の声色は動揺していた。

「富山県には、一般にいわゆる保健所の動物に関する役割を担う、富山県動物管理センターという施設が獣害の対応をしとられるそうや」

「獣害って……」

「駆除と言っても、保護した猫は収容されて、一般家庭向けに譲渡される仕組みがある。ただ……」

「何です?」青柳も真剣そうだった。

「実際のところは、やむなく年間数百匹の猫は殺処分されている実状みたいや」

 

「殺されるなんて!!信じられない!!」

 

 小春子は声を荒げた。

「お、おい、呉羽……」

 驚いた青柳が声を掛ける。

「あ、すみません……。顔洗ってきます」

 そう言って小春子は一旦部室を出て行った。

 その場はしばらく沈黙した。そんな雰囲気が少し息苦しそうに百橋さんが話し出す。

「まさかこんな事になるとは思わなんだ……。振興会さんも商工会さんも、最近は観光客が増えて活気が出てるねって言っとった。でももう、これ以上どうにもならんがかも知れん」

 春まで丸坊主だった百橋さんは、ここ数か月で伸ばした髪を掴んで唸った。

「都会の方では、住民が協力し合って『地域猫』という形での猫の飼育がされている事例もあるみたいです」

 下山ちゃんが参考になる事例を告げる。

「住民がって、自治会長さんが大反対なんじゃなぁ……」

 少しネガティブな三女子君は消極的だった。でも同様に、一年生の二人も難しそうな表情のままでいた。

 その時――

 

「やりましょうよ!あの猫たちの里親さがしですよ!それしかありませんよ!僕たちに出来ること、やってやりましょうよ!」

 

 青柳だった。普段はほとんど気配がないくらいに影が薄いこの男が、こんな風にアツく発言するところをボクは初めて見た。とはいえ、むしろ商実部の皆はボク以上に驚いていた。一斉に全員が目を丸くして青柳に注目し、誰も予想していなかった彼の発言に、眠ったエモーションを呼び起こされたヤツがいた。

 

「青柳さん、それ超エモいっすよ!!俺もやります!!猫たちの引き取り手を探します!!」

 

 それは一年の神子沢だった。思い掛けない英雄の出現に、男のハートを煽られたのか自発的に賛同した。

「それなら私たちにも何とか出来るかも知れませんよねー!」文乃ちゃんも気概に満ちた様子。

「よし、やるか」

「うんうん、やろう」

「よっしゃ、我が商実部の底力見せつてやるけー」

「そう、だな」戸破さんはこの、皆が賛同する流れを予想していたみたいに、目を閉じたまま口元を緩ませて言った。

 

 ――そこへ

「呉羽、戻りました」

 小春子がとぼとぼ部室に入る。

「呉羽、待っとったぞ」

 青柳が小春子の背中をポンっと突いた。

 顔を上げた小春子は、明らかについさっきまでとは違う皆の表情に、一人だけキョトン顔でその場に突っ立っていた。

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