野良猫(1)

 小春子は自分の目を疑うような、ショックを受けた表情をしていた。

 その看板は、明らかにあの猫たちに向けての苦情を訴えるものだと判ったからだと思う。

 

『ネコの放し飼い断固反対!!』

『住民生活の獣害を許すな!!』

『地域に野良猫はいらない!!』

 

 呉羽家の座敷の畳で一枚ほどの大きさがある白色のアクリル板のようなもの一杯に書かれたその訴えは、黒色と赤色の文字が組み合わされて3枚書かれていた。

 

「何けよ、あれ……」

「あれは……、この辺に住む人で猫が嫌いな人がおるってことながやろか……」

 

 ドーーン!!ドーーン!!ドーーン!!

 

 盛大に打ち上げられる花火は、そんな二人の不安とは裏腹に、夏の夜空を見事に彩り続けていた。

 不安そうな小春子の左手が、青柳のシャツの裾を小さく掴んでいた。

 

 

 

 

 ――その翌日

 椅子に腰かけた膝の上で、固く握られた小春子の拳が、きっと口には出せない心情を握り殺しているんだと思った。青柳と小春子は、あの看板が掲げられていた公民館に、町内会長さんという人を訪ねていた。公民館は冷房が故障しているらしく、すべての窓と出入り口が開放されている。だけど、真夏日になった日曜のこの日に風はわずかもなく、充満してこもった暑気は我慢するしかなかった。

「スマンねー、暑かろうー」

「いえ大丈夫です」青柳が言った。

「あの看板ねー、この周辺のいくつかの町内会をまとめる自治会長さんって人がおってね、えらい猫で迷惑しとるんやー言うて、あっちこっちの公民館に出させとんがよー」

「ここ以外にもですか?」

「そうやちゃ。でもね、猫くらい可愛いもんやーっていう人もおれば、猫が自宅の敷地に入って来て迷惑千万めいわくせんばんもう我慢ならんっていう人も同じくらいおる。動物が嫌いな人からしたら、猫くらいってもんやないがやろうなぁ……」

「でも最近は、猫たちのお陰で観光客も増えて、少なからず地域の経済効果にも寄与している存在なのだと思うのですが……」小春子は恐る恐る発言した。

「確かにそれは、ここらに住むもんなら知っとっちゃ。だけど、それとこれとは別よ。地域活性化と引き換えに、自らの暮らしを何かに侵されることを許せる人なんて、そんな多くないわな」

「それは……」

「まあ猫に罪はなかろう。でも観光客のマナーも良くないらしい。餌を与えてゴミは片付けんだり、ウロウロ人んちの庭に入って写真撮ったり、勝手にインターネットやらに無断で載せたり色々やじゃ」

「それは……すみません、知りませんでした」

 二人はそれ以上何も言わなくなった。

「気になるがやったら一回か自治会長さんのとこ行ってみられ」

 町内会長さんは、小春子にその方の連絡先を用意してくださった。

 しかし猫が人一倍嫌いだという自治会長の中年女性は、事情を説明させてもくれず、二人を門前から一歩も中へ入れる気はなかった。

「ひゃー!!そんな話ならもう勘弁してくたはれまよ!!そゆがならそれ以上ちょっとも近寄らんといてよ!!猫の話も聞きたないし、想像するだけで気色悪ろうて虫唾むしずが走るわ!!アンタら何なん?学生風情が何言っとんがんけ?エラそうなこと言うがやったら、野良猫一匹残らず去勢して餌の世話も掃除も何もかも全部やれんの?ガキの遊びのレベル超えとらんけよ?!」

「そんな……お話だけでも……」

「ウチの親戚の市議会議員の先生に、市から保健所に駆除してって頼んでもらってるから、アンタらも大人しぃしとかれや!!」

 二人の申し入れは、けんもほろろに断絶されてしまった。当然そこに温情ある裁定は少しも感じられなかった。

 

「保健所……そんな……」

「駆除するって言っとった……」

 

 そんな二人の心配は、決して取り越し苦労などではなかった。その危機は、猫たちに刻々と迫っていたんだ。

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