青柳(6)

「よっ!!京一郎!!オマエらの模擬店見に来たがやぞ」

「もう売り切れたわい!!それより……」

「麗奈、途中でいなくなったやろー」

「だってぇ、浴衣に着替えたかったがやもーん、てへぺろっ。ていうか、京ちゃんって……もしかして」

「あーもー、もーいいから、いいから二人はもう行ってくれー」

「あいよー」

「ならねー呉羽さーん」

「えっ……あっ、はい」

 沓掛さんは浴衣姿だった。制服姿で模擬店で働いていた時とは別人のように綺麗だった。そしてボクは前に会った事があるから知っている。一緒にいたのは青柳のお兄さんだ。

「良一郎さんって……もしかして」

「そうだ、麗奈は兄ちゃんの彼女やじゃ」

「あー、どうしよう……私」

「分かった、分かったぞ、謎の『点』が今、僕の中ですべてつながって一本の『線』になった。ここまでまったく理解不能だった呉羽の行動の謎がすべて解けた。このモヤモヤが晴れた今、こんなにも清々しい気持ちになれて最高の気分や」

 感情が高揚した彼は、周囲の灯りにも照らされて赤味掛かった頬を、興奮で紅潮させて饒舌になっていた。それはまるでミステリーの謎を解き明かす探偵のように誇らしげに。

「呉羽、僕に真相を言わせてくれっけ?」

「はい、どうぞ」

「まず呉羽が、僕に馴れ馴れしい麗奈との事を嫉妬した所は分かった。でもそれだけで、ここまでには発展しないハズ。では何故か、それはや。きっと呉羽は僕のさるぼぼとアイツのものがお揃いなんやと勘違いした、そやろ?」

「うん、そう……」

「でもそれは、ウチの兄ちゃんと麗奈が付き合ってる事を知る者からすれば何ら不思議ではない。僕が自分にさるぼぼを買った時、兄ちゃんが彼女に同じモノを土産にした。それだけなんやから」

「そう、みたいです。あの……青柳」

「ん?」

「本当にごめんなさい」

「あー、もういいからいいから」

「えっ?!なんで?!」

「それはね……」

「うん」

「呉羽にもお土産に、さるぼぼ買ってくれば良かった。ごめんね」

「うっ、うっ、ごべんね、ごべんね」

「泣かれんな、泣かれんな」


 夏祭りの人ごみは、そんな二人の赤面しそうなやりとりも、賑やかなざわめきの中にかき消してくれていた。青柳は小春子が人の流れにぶつからないように盾になっている。そうやって彼女が落ち着くまで黙って見守っていた。夜店の鉄板焼きから流れて来る匂いが辺りを漂って、そのまま人の流れに運ばれていった。


「あのね、青柳」

「なにけ?」

「もいっかい聞いていいけ?」

「ん?」

「私なんかの、どこがいいん?」

「えーっ?!やーわ、また時間切れやって言うもん」

「言わんから」

「んー?信用ならんちゃよー」

「ねぇ、青柳」

「なに?」

「今度は、時間無制限。デスマッチやちゃ」

「何でもプロレスっぽく言うなや」


 ひゅるり、ひゅるりと戸口で隙間風すきまかぜが綺麗な笛のを奏でた時のように、真っ暗い夏の星空に向かって光の尾を付けた三尺玉が立ち上っていく。


 ドーーン!!ドーーン!!ドーーン!!


 ついに打ち上げられた花火が、次々と夜空に大輪を咲かせた。弾けた光の色玉が二人の顔に反射してまた咲かせた。

「お願い、言って」

「え、えっと……」

「言ってくれないと、また、私……」

「僕は……呉羽の笑った顔が好きながや」

「えっ」


 ドーーン!!ドーーン!!ドーーン!!


「だから呉羽には、いつも笑っててほしい。笑ってる時が好きながやじゃ」

「それは……笑ってるのは。好きだから」

「えっ?!好き?!」

「ニャンコ!!がね!!」

「なんやーそれー!!」


 その時、小春子が青柳の方へ近付いた。いつもとは違う距離感、いつもより近い距離感。

「えっ?!呉羽?!」

「ちょっと、青柳!!」

「なにけ?!」

「あれ、あの看板……」

「どれ?」


 小春子が指し示した看板。それは割と大きな、だけど手作りされた様子の看板。そこには――

『ネコの放し飼い断固反対!!』

『住民生活の獣害を許すな!!』

『地域に野良猫はいらない!!』

 そう書かれていた。

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