青柳(4)

「じゃあこれが役割分担表になります。各部員、各自それぞれ同じ役割の者同士が協力して準備するように。分からない事は先輩に聞くこと」

「はーーい!!」

 いよいよ模擬店出店への準備も本格的になってきたんだと、ボクにも分かる。

 ただ……その役割分担とやらは、神の悪戯いたずらとしか思えない回り合わせだった。

「京ちゃん一緒やね」

「なにけよぉ、麗奈と一緒かよぉ」

「嫌なんけよー」

「ううむ……」

「考え込むなー!」

「あっはっははー」

 何故に猫のボクがこんな気忠実きまめに振る舞わなきゃならないのかと思うほど、今この状況がハラハラドキドキした。その度に小春子の顔色を窺う自分にも、もう猫毛が逆立つ違和感しかなかった。

「私、呉羽さんの班やー」

「わーたしもー」

「私だって呉羽さんの班だよウレシー」

「わーいわーい」

 一方、小春子は調実部の一年生たちの人気の的だった。その方が余計なことが気にならずいいのではないかと思ったが……。

 ついに小春子は可視化できそうなほどのレーザービームを目から発射していた。それには触れた物を焼き切ってしまいそうな熱量と鋭利ささえ感じた。そのビームで青柳か沓掛さんを傷付けてしまわなきゃいいのだけれど……。


 それからも無意識を装って、小春子はそのビームであの二人を窺ってばかりだった。そこまで気になるなら……解決法は単純なのだろうに……。

「はーーい、おつかれさーん!また次の集まりまでに、問題点は分かるようにしとってねー」

 とりあえず今日の作業は終了したみたいだった。この流れでいつもなら帰りは……。

「なあ、呉羽、途中まで一緒に帰らんけ?」

「青柳ごめん、今日走って帰らんなんから」

「あ、そーなん?」

「ならね」

「ああ、気ぃ付けて、呉羽……」

 これって完全に意識して避けてるのでは?これでは『毛づくろいの会話せず』だとボクは思う。せっかく喋っているのに、重要な事を言ってないのでは何の意味もない。


 校舎の外はまだちっとも暗くなってなかった。夏の日暮れは、長いときを薄暮の色で辺りを覆い尽くしたまま、今が何時いつ何時なんどきなのかまでも有耶無耶うやむやにしている。

 走って帰らなくちゃならないなんて嘘まで言って走る小春子が、なんだかんだ言ってボクはやけにいとおしくて、頭をこの肉球でポンポンしてあげたくなった。

 なのに……神様は意地悪だ。そんな風に思うのは、小春子がボクの主人だからという猫贔屓ねこひいきの心なのだろうか。きっと神様はこう言うのだろう……自分が相手をそでにしておいて、他の誰かとの恋仲を許さないなど、手前勝手てまえがっても甚だしい、と……。


 そう思い知らされるまでに、時間はさほども掛からなかった。

「あーっ!!青柳先輩!そのカバンに付けてるのって?!」それは小春子の班の調実部のたちだった。

「ああ、さるぼぼ知ってる?」

「知ってるもなにも……」

「ねえ沓掛先輩、いいんですか?」

「同じもの付けたっていいねか、ねえ京ちゃん」

「ああ、偶然みたいなもんやし」

「いやいや、まったく偶然ではないし」

 お揃いのペアマスコットだという事実を誤魔化ごまかした青柳と、それを肯定した沓掛さん、これはさすがに……。


 そしてあたかも何一つ見聞きしていないみたいに、ひっそりと学校を出る小春子の足取りは、この日も逃げるようだった。目を背けたい事実から少しでも早く遠くへという気持ちは、何故かボクも同じだった。

 夕闇の中の横断歩道で、いくつもの車の灯りが舞台のスポットライトみたいに小春子を照らす。そんなことさえ今は意地悪だと感じる。その横断歩道で彼女は、いつもとはまた違った歌を、小さな声でゆっくり口ずさみながら渡る。

 

「よかった、ね」

「あなたに、ぴったりの、かわいいこ」

「あれは、きっと、もうひゃくぱーせんと」

「あなたの、しあわせも、ひゃくぱーせんと」

「わたしは、もらう、ばっかりで」

「あなたに、なにも、あげられなかったから」

「あのこから、もらってね」

「あのとき、ちゃんと、きけばよかった」

「わたしなんかの、どこがいいのか」

「あのどき、じゃんと、ぎげば、よがっだあ」

「わだじ、だんがの、ぼごが、よがっだ、どかあああ」


 泣かないで、小春子。

 道に座り込む主人の膝をボクは肉球でポンポンした。

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