青柳(3)
落ち着いた店内、壁にはいくつも絵や写真が飾られていて、とてもアットホームな雰囲気の場所。ポップな青と白のチェック柄のテーブルクロスの席が5~6卓ある。
「ご注文は?」
「えっと、恋ミルクティーとモンブランのセットお願いします」
大丈夫か!小春子!らしくない彼女にボクはかなり心配になった。ただ注文したメニューは、濃いミルクティーの間違い、などではなかった。
お店の名前は『
小春子はメニューファイルに綴じられた何かの注意書きを読む。
『カップルでお越しの方は占いの前にお知らせ下さい。二人一緒でカードを行います。いつも通りカードは読みますが、カードを切っていただく時相手を意識しすぎて思いが込もらずカードに表れにくい時も有りますので、そのつもりで聞いてください』
そう、ここは富山県内のみならず他県からも希望者が訪れる、すっごくよく当たると有名な、恋占いをして下さる喫茶店だった。
「うわー、ケーキもミルクティーもおいしー」とは言いつつも、どことなく緊張している様子の小春子だった。
「お嬢さん、占い希望だったよね?」
「はい、お願いします」
「では、このカードの束を手に持って」
「はい」
「では目を閉じて、相手の事を想い浮かべて」
「はい」
「はい、どうも。ではこれからいくつか質問します」
「どうぞ」
「相手の男性の年齢と家族構成は?」
「私と同い年です。ご両親とお兄さんがいます」
「わかりました。ではカードを見ます」
ゆっくりと、だけど慣れた手つき。ただ、ご主人の表情は徐々に不可思議そうな様相へと変わっていった。
「いくつか聞いても?」
「大丈夫です」
「あなたのお相手は、あなたが好きだよね?」
「えーっ!分かるんですか!」
「うむ……。あなたはお相手の好意を……まさか拒否してる?」
「拒否……、ではないんですが……」
「受け入れてないよね?」
「は、はい」
「何故ですか?」
小春子は少し俯いて、テーブルを見た。ミルクティーの上のホイップクリームが溶け出して複雑な模様に広がっている。いかにも複雑な、今の彼女の心境のように。
「私とその人とは、中学から高校と一緒です。ずっと友達で気の合う異性って感じでした。だから当然、嫌いではないんです。むしろ彼の事は何でも知ってるくらいで……。彼も私の内面まで知っていて、私が困った時なんかは親身になって助けてくれて、感謝も信頼もしてます」
ボクが知ってるこれまでの青柳の行動がぼんやり浮かんだ。小春子が好きというだけあってあの根性には、猫の頭も下がる。
「そうなんだね」
「でもまだ本当に、お付き合いするには時間が欲しいというか、待ってて欲しいというか……」
「あのね、いいかな?」
「はい」
「今年中にお相手の彼はピッタリの女性と恋仲になるよ。それは誰かは分からないけど、そう出ている」
「つまり、あなたの気持ちがどうであれ、彼への恋のタイムリミットは年内だね」
「そうですか、わかりました。ありがとうございました」
占いを終え、会計を済ませて外へ出た小春子は……やっぱり走り出した。
富山地方鉄道の線路と並行して続く歩道を、彼女は思いっきり走る。黄色と緑にペイントされたカボチャカラーの車両が、モーター音と車輪が線路を打つ轟音を立てながら、小春子を追い越して行った。
小春子はもうこれ以上走ったら、体がバラバラになるんじゃないかと思える無茶苦茶な走り方で、聞いたこともないポンプ音のような息の切らせ方をしている。どこまでも止まらず走り続けて着いた場所は、学校だった。
「あ、呉羽、今日は部活休みだよ?」
「三女子君、うん、そうだけど……」
「どした?汗だくやん、帰り気ぃ付けてな、なら」
「ならね」
校門の前でそう言い残して去る三女子君を背に、小春子は校舎内に入る。
まさかとは思ったが、小春子が訪れた先は普通科棟のある実習室。そこには『調理実習部』とプレートが掛かっていた。そのまさかだった……。でも何をするつもりなのかは、まさかとは思いたくない。
その時だった――
「あー、商実部の、呉羽さんや」
「ホントだ、呉羽さんや」
「沓掛先輩、呉羽さんですよ」
おそらく小春子は、調理実習部を訪ねる心の準備もないまま部員たちに廊下で遭遇してしまった。しかもきっと一番会いたかっただろうけど、一番会いたくなかったであろうツインテールのあの
「呉羽さん、どしたがですか?」
「いやあ、模擬店でもご一緒するし、どんな部活動なのかなって思ってちょっと……」
小春子の顔の表情はあからさまに……ぎこちなかった。
「そーやったんやー、ごめんね、今日はもう部活終わって今からみんな帰るトコなん」
「あーそーなんや、ありがとう。なら、また今度にするわー」
その時、小春子の視線がアレに気付いたことをボクは感じ取った。視界が低いボクからはすぐに見えたから、何とか小春子には気付かれませんようにと祈ったが、無駄だった。
「なら、呉羽さん。またヨロシクね」
「うん、ならね」
小春子はしばらくそこに佇んでいた。黙って下を向いて、自分の胸の前でカバンを抱き締めた。強く掴んだカバンに指が食い込んでいた。
ボクも小春子も目を奪われた沓掛さんのカバンには、見覚えのあるものと同じ――
『さるぼぼ』が可愛く付けられていた。
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