狎鷗亭(5)
「
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部室内には
「ようこそ、我が商業実技部へ。心から歓迎します」戸破加代子部長が新入部員の男女を優しく迎え入れた。
「私は部長の戸破です」
「どうぞ宜しくお願いします!私は呉羽さんみたいな人の役に立てる人物になりたいです!」翠尾という女子が、小春子に近寄り笑顔で挨拶する。
「僕も、新聞に載った呉羽さんを見てここの部員になりたいと思って入部しました!」神子沢という男子も続いた。
この間の『ひったくり犯撃退』の記事は思った以上に同世代の若者に影響を与えているようだった。新入部員の二人がいずれも小春子の影響だとは、他のみんなも嬉しそうだった。
「ご存じの通り2年の呉羽です……宜しくお願いします……」
「3年の百橋です。俺らと一緒にこの滑川を盛り上げんまいけ」
「下山です。ヨロシクね」
「三女子です。男子です。よろしく」
「よろしく、僕は青柳です」
「ただ……」戸破部長が付け加える。
「センセーショナルな事件解決をすることが人助けの本質ではなく、地道な地域との関わり合いが最も大切なので、その点は理解してください」
「はい!」
この和やかな親睦のやり取りの中で、小春子だけはひとり浮かない顔をしていた。それは新入部員がまだ職員室で顧問の先生と入部の手続きをしている時――
「駄目でした……、業態を変えて集客を試みるお考えはないみたいでした……」
「そうながか……、俺も何とか地元の老舗喫茶店には
「わかってます」
小春子は穏やかな表情で落ち着いていた。
「呉羽……」
「戸破さん?」
「もっと滑川が観光業に特化しとったら、何か方法はあるがかも知れんけど……田舎の港町の喫茶店という……」
「わかってます。先輩たち、ありがとうございます」
一度部室を出て小春子は美術室に来た。どうして小春子が美術室にひとりで来るのかは、ボクだけが知っている。
「ものまる、ここから見える海が一番綺麗だよね」
うん、何度も聞いたよ。
「呉羽さんみたいな人の役に立てる人物やって……。どこがなんけ。全然ダメやねか」
そこへ美術室の扉が開いた。
「ここにおったんか」青柳だった。
「何けよ」
「何で言わんかったん?マスターが言ってたこと……」
――業態変革の提案をした日のまた翌日、二人はあらためてお話をしに狎鷗亭に伺っていた。
「今月いっぱいで狎鷗亭は閉めようって思っとんがよ」
「えっ!!そ、そんな……」
「僕たち何度でもボランティアでお手伝いしますよ?!」
「ありがとうね。でもやっぱり、もうそろそろ潮時やちゃのう」
「そうなんですか……」
――美術室で、質問を投げ掛けた青柳の方を一旦は見返った小春子だったが、彼を
「あの、呉羽?」
「青柳、また付き合ってね」
「はい?」
「狎鷗亭の閉店のお手伝いの時は、また一緒に来てくれっけ?」
「おー!当たり前やねか!」
「ありがと」
「うん。どした?」
「あのね……、ところで私なんかのどこがいいん?」
「えっ?!ええっ!!えーっとぉ……。何て言うがんかなぁー……」
「うん」
「あ、あのな……」
「はーーーーい!時間切れー!」
「なんや!はっがやしぃー!」
「あっはははー」
小春子は笑った。笑っている小春子がボクは好きだ。だから小春子が好きになった喫茶店がなくなって、彼女が寂しそうな顔になるのはボクも寂しかった。
下校して自宅に着いた小春子は母に――
「お母さんただいまー。あ、アレ……忘れてきたわ。お母さん行ってきまーす」と挨拶した。
つまり学校に何か忘れてきたみたいだった。
娘が帰ってきたと思って出迎えたお母さんは、また登校して行った娘を遠くから恨めしそうな表情で見送っていた。
学校はまだ開いていた。熱心な部活動は帰りも遅い。小春子は階段を二段飛ばしで部室へ向かう。
「あれっ?戸破さん、まだ残っておられたがです?」
「ああ、呉羽か。いや、私ももう帰る所や……。あのな呉羽……ごめんな」
「なんで戸破さんが謝るんっすかー、わ、私が……
小春子の目から涙が光って頬を伝った。戸破部長が小春子の背中を優しく撫でていた。
「何故か分からないっすけど、どうしてかあの喫茶店が好きになっちゃって、閉めないでほしいって思っちゃって……」
「分かっとるよ。分かっとっちゃ……」
気を持ち直すように、小春子は両手で顔をゴシゴシと拭った。
「私、忘れ物しちゃって」
「そっけ、なら一緒に出よう」
「あったあった」
それは窓際の積読本の上に小春子が何気なしに置いた写真集だった。
「ふむ。本だったのか……」
「戸破さんこれね、プロの写真家の女性に偶然話し掛けられて、色々喋ったら最後にその方の写真集をくださって。すごくないっすか?」
小春子は『わーるどにゃんこみゅーじあむ』というタイトルの写真集を戸破部長に見せた。
「しかもほら、サイン入りなんですって」
戸破部長の表情が固まる。その表情のまま、手に受け取った本と小春子の顔を交互に見ている。
「呉羽……」
「はい?」
校舎内のどこからなのかは分からない遠い場所から微かに聞こえる生徒の笑い声が、どこかで反響して聞こえた。それ以外はシンとした。
「
「はい。たぶん。有名な人ですか?」
「東坂下 円は、私が1年の時の我が部の部長だった人だ」
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