狎鷗亭(4)
「私はあの喫茶店を続けてもらいたいだけながです!」
今のボクは、
「俺もそのことには大いに賛成しとる」百橋さんは自分の頭を撫でながら、小春子の訴えに真面目に答える。三女子君と下山ちゃんがそれに続く。
「でも呉羽、
「寂れたって言うな!」
「私も小春子の気持ちはすごく分かるよ……。でも、その……時代遅れの喫茶店にお客さんが来ないのは仕方ないがんじゃ……」
「時代遅れって言うな!」
「まあ、呉羽よ。俺は賛成は賛成や、
「新たな客層……」
「商売の基本やちゃ」
「分かりました。ご提案してみます」
何となく
「呉羽……、新たな客層って……」
「分かっとっちゃ。でも話してみる」
「狎鷗亭の魅力はあのままであることやろ?」
「分かっとる」
「業態なんか」
「分かっとるって言っとんねか!」
校舎に響く小春子の
「僕は一緒に店ん中そこらじゅう磨いたから知ってる。呉羽があの喫茶店に、あのままの姿で続けてほしい理由も知ってる。だから一緒に行く」
――二人は狎鷗亭に来た。おじ様は『君たちが来そうな気がしたんだ』と呟いた。
だけど、小春子の提案に対するおじ様の返答は思わしくないものだった。やはり二人が思った通り、そこまでして喫茶店を続けたいという訳ではなさそうだった。
「ならね青柳」
「気を付けてな、呉羽」
店を出て一人になった小春子は、いつものアノ場所に向かっていた。でもそのステップはいつもの軽快な足取りではない。
「ものまる……。私、間違っとるんかな?」
どうかな……。
「何でこんな風に感じるんやろ……。店じまいなんて事、きっと幾らでもあるのに……」
猫にもあるよ……どうしてか分からない、でもやるせない時って。
昼下がりから夕暮れへ太陽がやや赤みを増して照る中を、辺りの猫たちが行き来する。その猫たちの影が長く伸びて、譜面に踊る音符みたいに重なる様子を小春子はぼんやりと眺めながら言った。
「ルミ子もイクゾーも、あや子もよしみも、ジョージたちも、大きくなったねぇ」
小春子はずっと見てるもんね。
「一生懸命生きてるなぁ……。強くてたくましいよなぁ」
そう言いながら、おもむろにヨガのポーズをキメる小春子に、思いがけず
「ほほう~それは、ねじり三角のポーズだろう、うん」
小春子のポーズの名称を得意気に言い寄ってきた女性は、見た目20代前半、軽装だがアウトドア女子風のスタイル、背中にデカいリュックサックに三脚を携え、胸元には大型の一眼レフカメラを構えていた。
「ねじりはノーマル三角ポーズよりも
突然の親交トークにまったく付いて行けない小春子は、まるっきりキョトン顔で、猫が水鉄砲を食らったみたいにポカンと口を開けていた。
「は、はぁ……ヨガです」
「ふ~ん、ところで君は猫が好きなんだなぁ、うん」
そう言って、目を細めたその女性はボクのコトをジィーっと凝視した。その眼差しは……たぶんこの人も相当な猫好きなんだと感じさせるものだった。
「はい、この辺りの猫たちは、どの子ものんびり漁港の暮らしを楽しんでいるみたいです」
「ふむ。いつも見てるみたいな口ぶりだ、うん」
「あは、バレちゃいましたね。ずっと前からいっつもココに来て観察してます。あの……」
「うん」
「写真家さん……なんですか?」
「い、いやぁ~はっは。自分は写真家だと胸を張って言えるほど実績はないのだが、撮っているモノは世界の猫たちの写真なんだ、うん」
「外国の猫たち?!めっちゃ楽しそう!!観察してみたい!!」
「そう言いそうな
「あの、富山へは?」
「ああ~、夜に身投げするホタルイカをね、タイミングが合えば撮りたいと思って来てるんだが……
「そうですね、夜に青く光るホタルイカが湾内に押し寄せて浜に打ち上げられる身投げは、時間と潮の満ち引きや大きさのタイミングと気温などが折り合わないと、その瞬間には立ち会えないものです」
「そうだったな。もう少しだけしか富山には滞在できないけど、その瞬間を撮りたいな。うん」
「撮れるといいですね」
「そうだ、君にこれを差し上げよう。私の初の写真集『わーるどにゃんこみゅーじあむ』サイン入り初版だ、うん」
「えっ?!もらっていいがですか?!めっちゃ可愛い表紙!!えっと……
「よく読めたな、さすが滑川高校だ、うん。じゃあまたどこかで……」
「ありがとうございました……」
もう真っ赤になった夕陽を背にして去る写真家の影は、猫たちよりも長く長く伸びて、ハラり
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