狎鷗亭(2)
呉羽家はとにかく広くて、走り回るのも飛び回るのも最高に楽しくて遊ばずにはいられなかった。
そしてボクには、遊び疲れたら必ず収まる場所がある。
「ものまる、またアソコに入っとるじゃ」
「また段ボール箱け?」
「好きながやのう」
「見てよアノ顔……」
ここ狭くてスゴイ落ち着く!
この何とも言えないシールド感!
ボク段ボール箱が大好き!
「でも……可愛いよね」
「お姉ちゃんそうなん?」
「だって、朝や明け方に顔を触って起こしにくるがやもん。カワイすぎ」
「ワシが餌やる素振りするとウキウキで見上げてくる目は
「お父さんもけ?」
「ものまるがね、寝るとき私の布団の中に入ってくるがいね。ずっとなでなでしてると布団からいなくなるがやけどね」
「お母さん……」
「僕が風呂に入ってると様子見にくるんや。そして出るまで待っとる時はヤバいくらい可愛いんやぞ」
「お兄ちゃんの風呂で?!」
「あと、何故かジーパンを履いとる時に限って人の脚で爪研ぎしてくる所とかな」
「あ~あるある」
「たまに柔らかい毛布とかクッションを手でモミモミしてて可愛いんよね」
「おお!見た見た!」
「でもさあ……たまに、何も無い所をジーっと見てる時あって、コワいコワいって思う……」
「あっはー、それあるねー」
「ホントこいつ、可愛いんよね」
そう言って小春子がボクを抱き上げ、両手で全身をわしゃわしゃしてくる。何度も言うが(言ってない)ソレをされるとボクはもう抵抗できない。やっぱり小春子の魔法の手には
人間と一緒に暮らす事がこんなに快適で幸せだなんて、小春子に捕まるまでは思いもしなかった。
西日本や関東に比べてやや遅めの北陸の桜の開花も、四月の上旬には満開を迎える。
小春子たちの高校にも、初々しい新入生たちが顔を揃えた。
さすがに2年になる小春子や青柳たちにはもう
「呉羽……僕が何を言いたいか、分からんがか?」
「分からんちゃよ」
図書館が隣接する駅前中央公園の桜並木は、まるで絵に描いたような満開の桜が、打ち上がって幾重にも開いた花火のように咲き溢れていた。
さながら映画のワンシーンのような、高校生の男女が
「何で分からんがよ」
「なーん分からんわ」
「分かられよ」
「何でけよ」
「付き合ってくれんがか」
「…………」
小春子が静かになった。ボクはそのいつもと違う小春子の雰囲気に少しドキドキした。
「青柳!付き合って!」
「まっ!まじかっ!」
「ちょっと一緒に来て!」
「お、おうっ!いかんまいけ!」
青柳を連れて、軽く走る小春子の前をボクは走る。たまにスキップで跳ねるように走る小春子の表情はことのほかニコやかだった。
一方それ以上にデレついた顔のアノ男は、軽く走る小春子の後を付いてくるだけで精一杯だと言わんばかりにハァハァと息を切らしながらも顔は地滑りしているままだった。
「ここやちゃ」
「かっ何け?
「何てこと言うがよ!洋館風喫茶店やねか!」
自分はこないだホーンテッド何とかって言ってたよ。
「ここ来たかったんけ?」
「そーなんよ、ほら行くよ」
「お、おう……いやでも……」
先を歩く青柳が少し戸惑ってるのも納得。それはボクから見ても……休業中もしくは閉店しているように見えた。
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