小春子(3)

 慚愧ざんきえない痛恨つうこんきわみとでも言いたげな、地面に溶け落ちるほどの頭のうな垂れ方でずっと背後を付いてくる青柳が、ボクは気味が悪くて仕方がなかった。

 ――でもフラれた直後なら仕方がないものなのか……。もう9回も経験したなら慣れるもんじゃないのか?まあ、ボクならスグに他のメスを探すけどな。

 

「青柳!シャキッとしられんかよー!もう学校やぜ!」

 小春子は自分が今しがたフッた男に『元気を出せ』とポヂティブの押し売りを強行している。学校のすぐ目の前のお宅の奥さんが、小春子の賑々にぎにぎしい声に庭先から顔を出した。奥さんの視線の先でうな垂れる青柳の目が、死んだ魚のように濁って気持ち悪い。

 

 しくも2人は同じ部活動に所属する、この春から高校2年生になる部員なんだそうだ。

『商業実技部』

 この地味ではなはだ青春らしさが感じられない部活動こそが、この2人が所属する文化部だ。

「おなしゃーっす!呉羽入りまーす!」

 小春子が快活な声と弾む勢いで部室に入る。

「何やその芸能人アイドルのスタジオ入りのような挨拶は……」

 そのバイタリティある挨拶に対して明快な揶揄やゆを飛ばしたのは、商業実技部新部長、戸破ひばり 加代子かよこさん新3年生だった。

 戸破さんは富山県が毎月発行している『県広報とやま』を読みながら小春子に視線を移す。戸破さんが座る席の後ろの窓から日が差して、サラサラな黒髪のショートカットが美しい彼女をより神々こうごうしくさせた。

「呉羽は2年になるのにフレッシュやわ」

「戸破さんだけっすか?」

「なーん、しばらく前に百橋どのはし君が、三女子さんよし下山にざやまを連れて地区振興会に行ったん」

「地区振興会?」

「そうそう、いつもの百橋のやちゃ」

「あ~なるほど……」

「…………」

「お疲れ様です、青柳です」

「青柳……いつからおったん?」

 戸破さんの表情が、ゾンビ青柳の様相を前に引きつっている。

 ここは商業実技部の部室といっても、普段の授業では商業実技実習室とされるため、普通の教室ほどの広さにパソコンや教本が所狭しと配置されている。

 小春子は手に持ったハンディモップを、まるで古本屋の主人が使うハタキのような格好でパソコンや本棚のそとづらをテキトーに滑らせる。

「あ、帰って来られたっぽいっすよ」

 2階の窓から見下ろした小春子が、百橋先輩と同学年の2人を見つけて言った。間もなくその3人の声が廊下に響いて、こちらに近付く気配があからさまに感じられた。

 

「あ~窓の人、呉羽やったんけ~」

「わ~い、小春子や~」

三女子さんよし君、下山にざちゃんおかえり~」

「いや~、色々もろうて来たわ~」

「百橋さん、お疲れ様っす~」

「えいよ~、呉羽来とったんか~」

 百橋さんは、野球部でもないのに今時いまどき珍しいその坊主頭を撫でながら『お疲れ様』な自分を爽やかに自慢してみせた。

「俺らに頼みたいアイデアやら、なんやら色々もろうて来たわ。振興会も商工会も俺たちに期待しとったがやぜぇ」

「何をです?」

「我が滑川高校商業実技部が、この滑川の地域振興に実力を発揮することや!」

 ――戸破部長が言ってた百橋さんのっていうのがまさしくこの事なんだって小春子は言う。

「それこそ百橋さんの信念ですもんね」

「そうや、地元高校の商業科はもとより、その極みに立つ我が商業実技部の存在意義は地域振興にあり!我々の若い発想をもってその手腕を地元愛に振るわずして何を部活動と言えようか!」

「そうですね!」

「お疲れ様です、青柳です」

「青柳!おったんかい!」

 青柳の存在感は置いといて、戸破さんはきっと唯一の同学年である百橋さんのこの演説はこの中で一番聞き飽きているようだった。先ほどまでは室内を向いていた席は窓の外の方向にターンしていた。

「その行動指針は『人助け』なんですよね!」

 小春子がどうじる。

「さすが呉羽や、地域振興の根底には地元愛がある。すなわちその基本理念は愛するこの町の人々を助けられるってことなんや!三女子と下山もこれから迎える新入生に我々の存在意義を弁ぜられるようにな!」

 そう言って百橋先輩は振興会から頂いた資料などを持って職員室に行くのだと、部室をあとにした。

 

「さすがアツい男、百橋どのはし たけるさんや」

 三女子君が独言する。

「百橋さんの人助け伝説は、凡百ぼんひゃくのノンフィクション活劇とは一味違うもんね」

 下山ちゃんが呟く。

「一番すげーのは、アレだよな。新聞載ったやつ!」

「ナニナニ?」

 小春子の問いかけに、三女子君が口をのように丸く開けて百橋先輩の伝説のひとつを語ってくれた。

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