Lec.3-4 とある雨上がりの日

 僕はいつも、買い物の為だけに商業街へ向かう。場所は城下町ランベル・ロットや、王宮、王立セレスティア学園があるエリアからチョットだけ北側にある。つまり、いつも大きく寄り道した上で帰宅しているのだ。理由は簡単。ランベル・ロットの市場は商品価格が高いからだ。ユウナ先生から食費として幾らか貰ってはいるものの、それにも限度と言うものがある。それに商業街ならば、安価で手に入る上に、店員さんから調理方法まで教えてもらえる。前々から料理をしていたとは言え、あくまで最低限の事しか出来ない僕にとっては非常にありがたいことだ。


 商業街に近付いても尚、僕の腕から離れようとしないユウナ先生。流石に、ここでこの姿を見られることは今後の学園生活に支障が出そうだと思う。あの時、僕がユウナ先生の家にいる事を独白した時のことが脳裏を過る。バレたなら、次は”死”かな。それだけは回避しないと。僕は重い口を開く。

「先生、すいません。流石に恥ずかしくなったので離れてもらってもいいですか。」

流石に、申し訳ない。僕個人の事でこんなこと言うのは。

しかし、

「いいよ。私もしっかり甘えさせてもらったし。」

と、軽い調子でスッと離れた。しかしながら、左腕から適度な重さが消える事がちょっとだけ悲しかった。

「また、こんな機会を作ってね。」

フフッと満面の笑顔を見せるが、僕は直視できなかった。


§


「よっ、カレル……。」

 肉屋の前で、今晩は何を食べようかと二人で話していた時の事だった。遠くから気の知れた声が聞こえてきた。この声はレイモンか。

「あっ、ユウナ先生。どうも、こんにちわ!!」

僕の姿に気付くと同時、一緒にいるユウナ先生の姿にも気付いたのだろう。彼は駆け足で近付き、先生に挨拶をした。本当に調子のいいヤツだ。先生も笑顔で応える。

「こんな所で二人は何しているんですか?」

「今晩、何言食べようかなって相談してるの。」

先生の手料理か、いいな。と彼はボソリと彼は呟く。その言葉を聞いたのか、先生は何とも言えない苦笑いをしている。それは幻想であることは彼は知らない。僕が先生に手料理をふるまっているということを。

すると彼は、何かを思いついたかのように口火を切った。

「先生、本日お邪魔してもいいですか?」

「へ?」

思いがけない言葉に、僕だけでなく先生も目が点になった。

「いやぁ、学園内ではコイツと絡む機会はあるんですけど、中々遊ぶ機会が無くてですね。折角の大学、キャンパスライフですよ。それなのに遊ぶことも知らずに卒業だなんて詰まらないでしょう。だから、お邪魔して、遊ぶんですよ。」

いけしゃあしゃあと彼は語る。だが、レイモンの目的は別だろう。ユウナ先生の家に行きたい。ただそれだけだろう。ちょっと呆れながらも僕は彼の言葉を聞いていた。こんな軽い理由で招待するなんて無いだろう。そう思い、彼女に視線を向ける。

「えぇ、いいですよ。」

満面の笑みで彼女は答えた。そして、彼は腰付近で拳を握りガッツポーズをする。

「いいんですか? コイツ、下心丸見えですけど。」

耳元で小声で伝えるも

「そう? でも、カレル君の友達でしょ。いいんじゃないかな。」

と、警戒心の無い答えに改めて脱帽することになった。まぁ、家主である先生が言うなら別にいいのだろう。僕は、考えるのを止めた。

「明日も休みだし、問題ないなら泊まってもいいよ。」

「マジですか!? なら、直ぐ荷物取って来ます。」

歓喜した彼はヒューマとは思えないほどの速度で駆け抜けていった。その行く先で何度か人に当たりそうだったが、華麗なステップで全て避け切った。アイツ、いつの間にビースト並みの身体能力を得たんだ。

「悪いけど、今日は四人分作ってもらってもいいかな?」

申し訳なさそうに手を合わせてこちらを見つめる。まぁ、先生の決めた事だしな。仕方ない。

「いいですよ。」

僕はそう答えた。

となると、一気に作れるものがいいな。

「すいません、合い挽き肉を四百グラム。」

ハンバーグにしよう。四つくらいなら一気に作れるだろう。


§


 僕達二人は、レイモンが来るまで商業街でゆっくり待とうと思っていたのだが、猛ダッシュで現れた彼の到着に、まったりと待つ暇すらなかった。

「お待たせしました!!」

軽く息切れをしながら彼は言う。背中には一泊分の衣服を詰め込んで来たリュックサックが一つ、他は全て記憶域ストレージにでも入れて来たのだろう。

「いや、まったく待たなかったけどな。」

隣にいる先生も同意するように首を縦に振る。そして、先導する様に彼は駆け出す。

「さぁさ、行きましょうや。」

「おーい、場所は知っているのかー」

「お、確かに。」

急いで戻り、僕の腕を掴み引っ張って行った。先生の家と反対方向に。

「ちょっと、待てって。先生も笑ってないで。」

僕達二人の絡みを見て、ただただ笑顔で眺めているだけだった。


 彼の暴走を一先ず抑えた後、レイモンを引き摺る様な形でようやく家に着いた。

「こーんな一等地に住んで居るんですね。」

「私はただ紹介されて住んで居るだけだよ。」

彼女は小さくフフッと笑う。玄関のドアノブ二度ほどカチャカチャと動かし、鍵が閉まっているか確認する。開いている、セーネは帰ってきているようだ。もう、それなりの時間だもんな。

「ただいまー。」

「あ、おかえりなさーい。」

先生の声に反応するかのように、リビングから少女の高い声が響く。そして、リビングからパタパタと駆けて来た。

「あら、初めてのお兄さんですか?」

首を傾げてレイモンをじっと見る。

「初めまして、俺はレイモンって言うんだ。よろしくね。」

「よろしくね、お兄ちゃん。」

満面の笑みで応えたセーネはそのままリビングへ戻って行った。

「娘さん、ユウナ先生と瓜二つだ。まるでユウナ先生だな。」

レイモンがとある言葉を発した時、先生の肩がピクリと動いたのが見えた。何だこの動き、今まで見たこと無いぞこんなの。まさか、何か言ってはいけない単語をレイモンが言ったんだろうか。

「セーネはまだ十三歳だからね、きっとこれからが成長期よ。うん、そう。」

彼女は無理した笑顔でレイモンを見ている。

あぁ、なるほど。そう言う事か。彼女は身長が伸び悩んでいることコンプレックスに思っているんだ。そして、セーネ=ユウナ先生と言っても過言ではない。自分に言われたと感じたのだろう。一人納得した僕はこっそりと彼に耳打ちした。

「レイモン、って単語言わない方がいいぞ。」

レイモンは理解できていないようで、何を言っているんだと言う顔をしていた。そしてその間、ユウナ先生は「大丈夫、私だって成長したんだから」と小さく念じるように囁いていた。

しかし一方で僕は、セーネが十三歳だったと言う事の方が驚きだった。初等科じゃなかったんだな。


「おっ邪魔しまーす。」

人一倍元気な声で部屋に上がったレイモン。最早、初等科の児童と同じだ。

一方の僕は、普段とは違う帰宅に少々戸惑いを覚える。まぁ、しかし、賑やかなことはいいことだ。リビングへと真っ直ぐ向かったユウナ先生は、そのままソファに沈み込む。

「好きに寛いでいいよ。」

「それじゃ、お言葉に甘えて。カレル、持ってきたボードゲームやろうぜ。」

と言うと、記憶域ストレージからいくつかのボードゲームを取り出し、テーブルに広げた。

いや、レイモン凄いな。始めてくる家でここまで自由に振舞えるなんて正直うらやましい限りだ。だが、そんな彼の誘いにも乗れないのだ。

「スマン、今から晩御飯の準備しなければならない。代わりに、二人にインストしてくれないか?」

「いつもカレルが晩飯作っているのか?」

「あぁ、先生の手料理じゃなくて悪かったな。」

項垂れて落ち込むレイモンを余所に、僕はキッチンに向かった。


§


 今日はシンプルにハンバーグだ。何をかけて食べるのがいいだろう。デミグラスソース、大根おろしもいいし、餡掛けを作ってもいいだろう。だけど、今日はトマト缶を使った煮込みハンバーグにしてみよう。よく母さんが作ってくれた味だ。作り方も簡単ではあるものの聞いたことがある。記憶を頼りに作ってみよう。

深めのフライパンにトマト缶、水、コンソメを入れて火をかける。煮立ち始めたら、既に焼きあがっているハンバーグとキノコを入れて再度煮立つまで待機。煮立ったら弱火にして、灰汁を取りながら焦げ付かないようにしていく。

二十分ほど経過した頃にはトマトの良い香りが際立ってくる。それに釣られてやって来たセーネがのぞき込んで来た。全体をかき混ぜ、ソース、塩、コショウなどで味を調え、小皿にトマトソースをちょっとだけ掬い、セーネに渡して味見を頼んだ。

「うん、いい感じだよ。」

良かった、彼女の口にもあったようだ。


さて、出来上がったぞ。ハンバーグを取り分けて、出来上がったソースを均等にかけていく。よし、完成だ。後は、サラダとパン、コンソメスープを準備すれば完成だ。

「セーネ、熱いから気を付けてね。」

「うん、分かった。」

二人分の食事を乗せたトレイをセーネに渡して、僕はもう二人分を準備する。

出来上がり熱々のハンバーグからは湯気と、トマトの良い香りが広がる。今日もいい感じだ。

テーブルにはゲームに負けたレイモンが項垂れていた。

「なぁ、ユウナ先生強過ぎなんだけど。俺教えたの一回だけだぜ。なのに、プレイしながらあっという間に理解して一回目の途中でほぼ負けかけたし。それ以降なんて隙が無くて手も足も出ないんだぜ。」

「マジかよ。」

レイモンはブツブツと言いながら広げたゲームを箱の中にしまう。

「ただの偶然だよ。ほら、ビギナーズラックとか言うじゃない?」

「いやいや、そんな易しいものじゃないっすよ。」

僕は愛想笑いを浮かべるしかなかった。命術だけでも他の先生達からも一目置かれ、ゲームの様なその場その場で高速な判断を下すような直感も優れているとか……本当、どういう頭しているんだろう。

「さぁ、ご飯食べましょうか。」

そして、何食わぬ顔で彼女はそう言ったのだった。


§


「僕は土地”平原”を一枚セットしてターンエンド。先生のターンどうぞ。」

 旨い旨いと、あっという間に食べ終わった晩御飯。僕としては嬉しかったが、少々早すぎないかと心配になった。今は、先生と僕でTCGをしている。とある数学者が考案したゲームで、芸術性の高いカードイラストとコレクション性に優れたカードゲームだ。カルバリオではプロリーグがあるほどの人気作で、最近アランドにも輸入されており、そのお陰で先生も基本的なルールは知っていたのですぐにゲームを始めることが出来た。

初心者だし、レイモンから借りたカードで作った即興のデッキだ。まぁ、とんでもない事にはならないだろう。開始一ターン目終了時まで、僕はそう思っていました。

「では、私のターン。」

彼女は山札よりカードを一枚引いた。

「”ダイアモンドの首飾り”のカードを一枚手札から一枚捨てて出すね。そして、”白百合の花びら”を一枚出すよ。」

慣れないカードを一枚ずつ場に出していく。

「”ダイアモンドの首飾り”の効果でマナを出し、”命力の匣”を出すよ。」

宝石のカードを横に向け、更に匣のカードを横に向ける。

「”命力の匣”の効果で三点分のマナを出し、”電動術式キー”を出します。」

彼女の手から徐々にだがカードが消えていく。

「次に土地”海上のアカデミー”を出すね。そして、効果発動。」

出したばかりのカードを横に向ける。

「自分の場の”装飾品”の数だけ青のマナを出すね。合計四点だよ。そして、カード発動”偶然の授かり物”。お互いの手札を全て捨てて、多いプレイヤーのカード分だけ引くよ。六枚だね。」

僕は手札を全て捨て、山札から六枚引く。先生も引く。

「まだまだ行くよ。”電動術式キー”の効果発動。”命力の匣”を再度使います。そして、”白百合の花びら”を出して効果発動。このカードを捨てて好きな色のマナを一点分出すね。勿論青色。」

徐々にカードの扱いが上手くなっている。手際がいい。

「ここで、”精神力”発動。このカードは手札一枚捨てる度に、好きなカードをもう一度使えるよ。勿論、対象は”海上のアカデミー”」

まだ、先生の動きは止まらない。そして、この動きを何度か繰り返していく。

「ここで”タイムスパイラル”発動。お互いのデッキ、手札、墓地のカードをシャフルして、七枚ドローしてね。」

まだまだ動きは止まらない。そして、この工程を何度か繰り返していく内に、先生の場には多くの”装飾品”が埋め尽くされ、多くのマナも生み出し、ゲームを完全に支配していた。

「来たよ、”閃きの天才”。私が支払ったマナコスト分だけ、一人のプレイヤーに対してドローしてもらうんだよね。私は、合計八十点分支払って、カレル君に引いてもらいます。」

彼女が笑顔で見せたそのカードは僕にとっての死の宣告。

カードを引けなくなった時点で僕の負けだった。もぅ、まぁ、何という綺麗な一人ゲーム。

「えー、先生、何ですかそれ。」

「カード見ていたら思いついちゃってね。出来るかなって思ったら出来ちゃった。」

悪気の無い笑顔で彼女は応える。が、その横でレイモンは真っ青な顔でテーブルの上で繰り広げられていた激闘……もとい、独壇場を眺めていた。そして、「冬が来る……」とボソリと呟いた。

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