Lec.3-3 昼下がりの公園で

 ランベル・ロットの公園。

ずっと降っていた雨のせいで地面はしっとりし、芝には小さな雨の雫が付いている。カフェから歩いて到着する頃には雨は更に小降りになっていた。もう傘を差さなくても気にならない程度だろうか。


 というか、僕の理性、よく保ってくれた。ありがとう……ありがとう……。

歩いてきた道のり、そんなに距離は無かったものの、信じられないくらいに長く感じた。言うまでもなく、隣で僕の腕を組んでいるユウナ先生が原因だ。

ついさっきまで、柔らかい感触を僕の腕にグイグイと押し付けていた。僕も男だ。嬉しいと言えば嬉しいのだが、外で、と言うはちょっと困る。うん、困る。凄く困った。彼女からしてみれば気になるような事をしている訳ではないのだろうが、普通に勘違いする人も出るだろう。

でもまぁ、よく耐えたな、僕。安堵感で僕は胸を撫で下ろした。


 軽く散歩を始めた僕たちは、人気のない公園をゆったり巡っている。

中心の川から聞こえてくる水音が心落ち着かせる。深く呼吸をすると、まだ空気の重さを感じるものの、開放的だからか心地よく感じる。

隣で歩く彼女が声を掛けてきた。

「学園の中庭も自然豊かで好きだけど、この公園も素敵でしょ。」

「えぇ、本当ですね。晴れていたら最高でしたね。」

エヘヘと彼女は笑って見せる。また今度ここに来る時もあるだろう。その時は何か作ってこようか。


§


 今日はずっとユウナ先生とセーネの事を、特にセーネの事を中心に聞いてきた。あの子が一体、何者なのかとか。でも、一番の謎が残ったままだ。そう、。いつも、自分は神様だと言うものの、その背景が全く見えてこない。

その上、今日の話では当たり前の様にして神様の力? を使ったとか言うし。それに今日の話っぷりを踏まえると、元々は僕らと何にも変わらないヒトだったのだろう。それが、突如神様になった、と。

僕の前を歩く彼女の後姿を見ると、未だに彼女が神様なのか信じることが出来ない。

折角の機会だ、聞いてみようか。

「先生、ずっとセーネの事を聞きましたけど、先生の事も教えてほしいです。何で神様になったのか、とか。」

振り返った彼女は、目を真ん丸にしていた。そして、少しだけ考える素振りをしてから口を開いた。

「何で……か。何でだろうね?」

「へ?」

間の抜けた答えに、僕は驚かざる終えなかった。自分であんなにも神様だと言うことをアピールしているのにも関わらず、だ。

「正直なところ、私はね神様になるなんて思ってもいなかったの。本当に偶然、偶然が重なった結果が今って感じかな。」

彼女は更に言葉を続けた。

「それじゃ、私の事を可能限り話してみようか。」


§


 私がただのヒトだった頃。そして、神様の力を得ることになった話。


 それはもう、三十年以上も前の事になるのかな。私、昔はすごい病弱でね、先天性の命力過剰放出症と言う病気だと言われたことがあったの。名前の通り、普通の人よりも命力を多く放出してしまう体質だった為、長時間の運動や、命術の使用も制限されていたの。

そんなこともあって、幼少期は書庫に籠って本を読み漁るような日々を過ごしていたな。まさに本の虫だったわ。

お母さんからは、おとぎ話もお話ししてもらってね、「私も神様みたいに誰かを救う仕事がしたいな」って言っていたんだよ。

勿論、病気の事もあったから、病院にもお世話になっていたし、お医者さんの姿を見ていたから「将来、お医者さんになるんだ」って意気込んでいたな。


 転機が訪れたのは十七、八歳の頃だったかな。年齢と共に命力の調整も上手くいくようになって、ようやくお父さんから遠出の許可を貰った時だった。お兄ちゃんと一緒に、とある依頼の為にルーネンの村、ヴェニッジ学部長達の出身の村に行くことになったんだ。その時だったの。

私の生まれ育った医療街ウィリスを出て、一日経つかどうかの時。その時の事全く覚えていないけど、私、拉致されちゃってね。エヘヘ。

後々に理由は聞いたのだけど、私を拉致したのは”エルブ族”と言う流浪の部族で、彼等はこの荒れた世界を救う神の御使いを探していたと言っていたわ。そして、彼等の言う神の御使いを捜す為の口伝って言うのものはこんな感じ。


――天空の如く青き髪と、深海の如く深き青の瞳を持つ乙女。――

――身に宿す癒しの力を持って天地を救いし者となる。――


その言葉には思い当たる節しかなかった。青い髪、確かに。青い目、遺伝だからね。癒しの力……成程、聖紋リフェルズ・サインの事を言っているのね。

フムフム……あれ、もしかして、私の事を言っているのかな? なんて都合のいいことを言っているのこの人達って思ったよ。

私は受けることを出来ないと拒否した。そりゃそうだよ、よく分からないんだもの。でも、私の事は何にも聞いてくれなかった。「私達、ひいてはこの世に生きる者達全ての為に使命を果たしてください、神の御使いよ」って。無理矢理、青い指輪を渡された挙句、試練の洞窟とかいう所に送られて、本当に大変な目にあったよ。勿論、お兄ちゃんが助けに来てくれたけどね。

そして、この青い指輪を受け取ってから、私は運命に乗せられるようになった。


 大地の洞窟、深海の神殿、雷の遺跡、焔の神社、風の塔、闇の海に、光の泉。この世で最も濃い命力がある場所を巡り、神の試練を受けた。それを乗り越える度、私の命力の器が成長し、徐々に人の範疇を超えていった。各命力のを司る精霊とも開遁し、最終的には、死後の者が住む世界、天の奥、先の先。そこで私は神様になった。いや、権利を得たと言うべきね。でも、ここからが本番だった。


 神様の力を得てからも色々と大変なことが起きたな。結局私は、エルブ族の人達に言われた通り、この世に生きる者達の為に動くことになってしまったな、とも。


 まずは、セーネが生まれた原因でもあり、モンスター大量発生の原因でもある”黒い破片”を調査することになった。これを解決できるだけでも、平和は近付くだろうってね。

そして、調べた先に繋がったのは監視者の世界。本来、悪しき者が新しく生まれないように世界の深くを見つめている世界であると。でもそこから現れたと。だから、私はそこに向かった。そして、そこで”黒い破片”をすべて壊した。また、私の様な不幸者が新しく生まれないために。

そして、私はこのエメリアの根本的な問題も知ることになった。そして、それを解決するために……


§


「私が神様になった話はこれでおしまい……かな。」

 僕は一体何の話を聞いていたのだろうか。彼女は淡々と自分語りをしていたのだが、その内容は正に現代の神話であり、常人には理解できる範疇を余裕で超えていた。そんなことは彼女も理解していたのだろう。途中、彼女はぼんやりとした表現を使い、早々にピリオドを打った。

「やっぱり、無茶苦茶だね私。」

正直なところ、彼女の言う通り無茶苦茶だ。医者を目指していただけの少女が運命に弄ばれてしまったとしか僕には考えられない。きっと僕は深刻な顔をしていたのだろう、心配した先生は声を掛けてきた。

「そこまで深く考えなくていいよ。きっと、私はそうなるべくしてなっただけだよ。」

「先生は、後悔していないのですか?」

彼女は小さく笑う。

「そんなことないよ。」

両手を胸の前で合わせ、僕の前にゆっくりと近付く。

「この力のお陰で、普通の人と違う経験も出来たし。何よりも、色々な人に出会えて、こうやってカレル君にも会えた。私にとってはとっても嬉しいことだよ。だから、後悔なんてしていない。」

満面の笑みをこちらに向ける。僕の心配だなんて、彼女からしたら既に通った道に過ぎないのだろし、本当は心配される必要なんて無いのだろう。だが、彼女はその好意だけを受け止め、優しい笑顔で応えた。

何故だろう、彼女のその笑顔だけで、深刻に感じていたことが馬鹿らしくなる。

「私のこと聞くのはこれでおしまいかな?」

期待した目でこちらを見てくる。調子よくなってきたようだ。

「え、あぁ、はい。もう少し聞いてみたいです。」

そう答えると満面の笑みを浮かべてから語りだした。


§


 そうね、次話せることがあるとしたら、何でこの学園で教師をしているのかってことかな。

さっきも言った通り、私は三十年前に神様の力を得た。本来は、そのまま天に昇り神様としての責務を果たすはずだった。でも、大きな問題が発生してしまって、私は先代の神様達に責務を託したままこの世界にとどまることになったの。

その問題って言うのが……ゴメン、詳細は、話せない。私の覚悟が足りなくて。ただ、簡単に言うとある人を重症を負わせてしまって、その人を治すまで神様の責務を果たすことが出来ないの。その人が居なければ前に進むことすら出来ないの。聖紋リフェルズ・サインを使えば大丈夫でしょって? えぇ、それでもダメなんだ。そう、何度も、何度も、何度も何度も試したけど……


 この話はここまでにしよう。これ以上は深堀り出来ないし。

何で私が、この学園で教師をしているか、だったよね。それまでの私は、その人を治療する為だけに居る存在。人との関わりも少なくなり、外に出る機会はほぼなくなった。しかも、その間に成果なんて一つも出なかったし、何をしても空回りしていた。人としても、神としても死んでいるに等しい状態だった。間違いなく、あの時が一番苦しかったな。


 そんな折、私を心配したセレスがね、少しでも人らしく生きてほしいってことで私を呼んだの。え、セレスとどうやって今の関係になったかって? そうだね。それも話しておこうか。


 彼女との最初の出会いは、ルーネンへの依頼の時。ただの偶然だったのだけど、モンスターと盗賊に襲われている馬車を助けたの。その中にいたのが、当時お姫様だったセレスだったの。彼女は世間知らずの箱入り娘って感じでね、今では考えられないくらいに清楚で可憐な人だったんだよ。小柄で華奢、まるで子猫のようだったわ。

そこからかな、王宮の御呼ばれされたり、事あるごとに私達は出会って、お茶会したり、勉強したり、知識を披露しあったりと。王族としてでなく、一個人として仲良くなっていった印象ね。そして、王宮内に乱雑にあった古書を読ませてもらったお陰で、”エルブ族”の話が過去の話に非常に近いことが分かったの。この時からかな、神様と言う存在を強く意識し始めたのは。


 そんなセレスがね、私の様子がおかしいって何処からか嗅ぎ付けて、ほぼ拉致も同然の形で私を王宮へ連れて来たのよ。そして、開口一番こう言って来たの。

「一人で塞ぎこむように悩んだところで何も解決しない。こういう時だからこそ、アタシ達を頼ってほしい。一人よりも大勢で考えた方が先に進むよ、きっと。」

ってね。その時の私は、八方塞がりで先が見えなくなっていた。そんな中で、彼女の存在は私にとっての光だった。本当に救われたわ。

重傷を負った人のことは、私の代わりに王都から派遣された学者さんやお医者さん、ウィリスの研究者達に対応してもらうことになった。ある程度落ち着いたら診に行ってあげなさいって言われてね。


 兎にも角にも、私の生活は命あるものとして話にならない状態だった。人との会話はもちろん、経口摂取、睡眠すらも放棄していた。しかし、神様の肉体が死を許す筈も無く、ただそこに存在していた。まずは、人並みの生活を送ることから始めさせられたわ。何時でもセレスの目に留まる様に王宮内でね。

そして、私が回復してきた頃、彼女が興したアランド史編纂プロジェクトに参加することになったの。実は、これが学園の始まり。今から二十五年も前になるんだね。


 アランド史が出来たのは実は最近の話で、この国の成り立ちと、国を先導していたビースト性格上、武勇や功績を手記、建造物、遺物として残したとしても、前後の繋がりである歴史を纏めたことが無かったのが事実。それをセレスが編纂しようと言ったのが始まり。何でこれが学園と関係があるかって言うと、とある日のセレスの鶴の一声で全て決まってしまったの。

「纏めるだけだったら意味無いと思わないかしら。纏めたはいいけど、ちゃんと教え伝える事こそ歴史の義務だとわたくしは思うのです。つまり、学校を創り、後世にも教え伝えるべきだと思うのです。」

この一言で、学園設立プロジェクトが始動したんだ。これが王立セレスティア学園の興り。

ここからはあれよあれよと話が進んでしまって、様々な学科が思案される中、何の躊躇いもなく命術科が出来てしまったり、昔お世話になったルーネンのヴェニッジ先生に話が行ったり、私が学園の副理事に推薦されていたりと。あ、副理事職は流石に辞退したけど。


 こんな感じで学園は設立され、なんやかんやしている内に、私も教師に推薦されたんだ。


§


 彼女が一通り話し終えた頃、小雨はもう止んでいた。未だに空は灰色の雲が覆っているが、朝方よりは明るくなっている。僕たちは木陰から出た。

「ちょっと長話過ぎたかな?」

「いや、そんなことないです。」

ふっと笑みがこぼれていた気がする。先生も僕達と変わらず悩みながら前に進もうと藻掻いていたんだな。それが分かっただけでも親近感がわく。

「さ、買い物して帰りましょ。」

彼女はまた僕の腕に組み付いた。そして、満面の笑みを見せる。

「そうですね、あまり遅くならないようにしましょうか。」

こうなると、どうも視線を合わせにくくなる。恥ずかしさのあまり、前を向き答えたが、彼女はそんな気も知らず強くギュッと抱き着いてくる。

歩きづらいものの、僕達は公園を後にした。

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