Lec.3-2 カフェで語らう

 まだ、シトリシトリと降り続ける生憎の天気の中、僕達は傘を手に歩いている。こんな雨だと言うのに、彼女の足取りは軽い。何だか凄く楽しそうだ。

城下町ランベル・ロット。最も王宮に近いこの住宅街は、王宮とその周辺の外景を邪魔しない様に色合いが整えられている。その為、ここに住み始めた頃は、目印となる建物の見分けがつかなくなり、よく道に迷った覚えがある。そんな中、景観を損ねないような路地裏の階段を下った先に、隠れ家的なカフェが一軒ある。

カフェと言えば、オープンテラスがあって開放的で、オシャレな雰囲気漂うところだと思うだろう。しかし、ここはそんなオシャレというよりもシックで大人っぽいと言ったところだろう。ユウナ先生の行動・性格からしたら、もう少し可愛らしいカフェに行くのかと思っていたので少々意外だった。

喫茶『路地裏』。それが名前だ。


 ゆっくりと扉を押すと、扉の上に着いたベルがカラン、カランと鳴る。カウンター奥にいるマスターに軽い挨拶をした後、慣れたように奥のテーブル席へと向かって歩いていく。テーブル席に座ると「もう、私は決まっているから。」と言い、メニューを差し出した。パラパラとランチメニューを眺めながら、今日の気分と相談する。漂う濃厚なデミグラスソースの香り、よし、決めた。

「ご注文はお決まりですか?」

「はいはい、パンケーキとカフェラテのセット。生クリームたっぷりで。」

目をきらめかせるユウナ先生の姿に、注文を聞きに来たウェイトレスが苦笑いする。

「僕はハヤシライスで。」

ささっと伝票を描き終えたウェイトレスは、一礼し立ち去った。


「ここのパンケーキ、フワフワで美味しいの。」

溢れる笑顔で語る彼女の姿は、幼い少女の姿そのものだ。嬉しそうに語る彼女を見るだけでも僕の口角が緩んでしまう。

「お待たせしました。」

ウェイトレスが運んできたのは、白くフワフワなスフレパンケーキ。周りにはベリー系のフルーツをあしらい、注文通り大盛の生クリームが添えられている。いや、添えるという量ではないくらい乗っている。仕上げにメープルシロップを僕達の前で掛けて完成。その光景を眺めていた彼女は、口を半開きにし瞳を煌めかせ眺めていた。

「お先にどうぞ。」

「え、いいの? それじゃ、お言葉に甘えて。」

皿の左右に置かれたフォークとナイフを取り、満面の笑みでパンケーキにナイフを入れた。一口大に切ったパンケーキに周りの生クリームにくぐらせてから口に運んだ。

「ん~~~~♪」

頬張ったまま歓喜の声を上げている。本当に、甘いもの大好きなんだなって分かる。

「ん、どうしたの?」

また一切れ、口に運びながら彼女は聞いてくる。確かに、じっと彼女を眺めていたのだ、気にはなるだろう。ハッと気付いたかの様な素振りを見せ、パンケーキを一口大に切り、生クリームを潜らせこちらに差し出してきた。

「もしかして、欲しかった? 一口だけだよ。」

いや、まぁ、確かに美味しそうに食べるなと思っていた。考えていたことは全く違うのだが。

まぁ、気持ちを無碍にする訳にもいかないし。

「じゃあ、頂きます。」

差し出されたフォークを受け取ろうとしたが、スッと避けられた。

「違う、違う。あーん。」

口を開くよう彼女は促してくる。何だか、急にデートっぽくなってきた。と言うか、物凄く恥ずかしくなってきた。顔が熱くなっている気がする。その間も、彼女からの期待の眼差しは消えることは無い。テーブルから体を乗り出して、こちらにフォークを向けている。ええい、なるようになれ。

「あ、あーん……」

「はい、あーん。」

目を瞑った状態で、パンケーキが口に運ばれた。そのせいか、感覚が味覚に集まり、芳醇な甘味が口全体に広がった。パン生地はふんわりと柔らかで、なめらかな生クリームとメープルシロップが程よい甘さを演出する。

「おいしい。」

その言葉に先生が自慢げに喜んでいる。

「お楽しみ中の所ごめんなさいね。はい、ハヤシライスです。」

ごゆっくり、と言い彼女は踵を返し仕事に戻った後、何とも言えない羞恥心が僕を襲った。


§


 提供されたハヤシライスを飲み込んだものの、羞恥心かあーんの影響か味覚が機能していなかった。しかしながら、スプーンを止めることなく食べきったのできっと美味しかったのだろう。味はしなかったけど。まだ今度、一人で食べに来ようか。

食後、先生はカフェラテを、僕は追加でブレンドコーヒーを頼み堪能している。心が落ち着く香りと程よい苦み。一口すすり、口の中でも香りを楽しむ。良いコーヒーだな。


 さっきからのユウナ先生の姿を観察していると、何処かしらセーネと被るところがあった。パンケーキを目の前にして喜ぶ姿や、食べる姿とか。僕はずっと、ユウナ先生の子供だと思っていたが、例え娘だったとしてもここ迄シンクロすることなんて無いのだろう。さっき説明を聞いた通り、やはりセーネはユウナ先生を元にして生まれたのだなと理解することが出来る。

ただ、そこには一点の疑問が残る。セーネの元になった存在は決して人間ではなかった。しかし、今の彼女と触れた僕なら分かるが、普通の人と何一つ変わらない。

は、どこから生まれたのだろうか?」

ぶつぶつと言っていた僕の言葉に、先生も耳を傾けていた。そして、一言、こう呟いた。

「セーネの身体は、さっきも言った通り私が創ったの。神様の力でね。」


 彼女は語りだす。

神様の力とは一体何か? シンプルに言うならば”創造”と”破壊”の二つのものを示すのだとのこと。何故この七つの命力の属性ではなくこの二つなのかと言うと、神話の時代の話にまで遡るとのことらしい。


 神話と言う単語で連想するのは二つ。一つは聖女リフェルの話。一方ではおとぎ話と揶揄されるものであるが、学術的には神話の一部とされる。ただ、この話の中心になるのはやはり聖紋リフェルズ・サインにまつわる事だろう。よって、もう一つ。創世神話の事を指すのだろう。まぁ、一方ではこの話もおとぎ話としても伝わってはいるのだが。

創世神話には地域ごとに様々な解釈や表現があるものの、大まかな流れは共通している。ここでは、アランド周辺の地域で伝わる形で教えてくれた。


 はるか昔、元は滅びゆく星であったエメリア。いや、その頃にはまだ、この星には名前など無かった。未熟な樹が絡み合って出来上がったこの星は、自身の未熟さを呪った。そこから産み落とされたのは”負の思念”。この”負の思念”は形を得て、後に悪しき者と呼ばれる存在になった。

この悪しき者は、この世界に存在している生命体……生命と言うには貧弱すぎる者達から命を吸い取り、その命を利用し星の糧にした。それは一種の生命のサイクルであり、日に日に星は歪ながらも肥えることになったが生命体は痩せ細っていった。

そんな中、一筋の流星がこの星に流れ落ちた。流れ落ちる星はその星にとって久方ぶりの光であり、その光を見たものはこう呟いた。我々に救いが来たぞ、と。

そして、世界に淡い光が満ち溢れたこと。光を纏った巨人が現れたという。月明りの神エーメール、太陽の神リーオール。後に彼らはそう呼び、現代まで伝わっている。

一つ、手始めに二柱の神々はこの星の生命体に明確な形を与えた。これこそが今の生命体の祖であり、人の祖の誕生でもある。

二つ、汚泥を固め地面を生み出した。これにより生命体は悪しき者が生み出した生命の楔から脱し、新たな理を得た。

三つ、暗雲に遮られたこの星に光を灯し、昼と夜を生み出した。これにより時間が誕生し、始まりと終わりを与えた。

最後に、この星に巣食う病巣たる悪しき者を討伐に向かった。この戦いは非常に激しく、三十回の日の出・日の入りを終えた後にようやく終わったのだと言う。太陽の神は悪しき者に立ち向かい共に絶命し、戦いで消耗した月明りの神は、残った力を結晶にしこの世界に残した。

結晶が天に昇る頃、この世界に新たなものが生まれた。それこそが命力。この時、初めて生命体が命を宿したのだ。そして、この命が生まれるとともに結晶は世界を作り直した。

一つは生きる者の為の世界。

二つは死後の者が住まう世界。

三つは悪しき者が新たに生まれぬよう監視する者の世界。

世界は三層に分かれ新たな理の元、輪廻することとなった。


 彼女は冷めたカフェラテを口に運ぶ。

「これが、アランド周辺に伝わる創世神話ね。」

ふぅ、と一息をつく。かなり長い間喋っていたので、疲れたのだろう。

だが、だがしかし。

「”創造”と”破壊”の力について、何も語られていないですよね。」

「えぇー、そうかなー?」

彼女は緩い笑顔を見せる。

「サラっと言ったけど、二柱の神々はちゃんと”創造”と”破壊”をしているよ。」

そして、続けて語りだす。

「この二柱が行った事が二つの力に当たるの。既存のルールの”破壊”を行って、新たなルールを”創造”したって感じでね。この”創造”と”破壊”は概念みたいなものでね、物質・非物質問わず何にでも出来ちゃうみたい。」

「なる……ほど……?」

正直よく分からない。つまり、そんなとんでもない力でセーネが生まれたのか。と言うか、そんなことやっていたの?

「神話と言うものは地域や文化によって解釈が違うから、理解できないことは多々あると思うよ。私の言ったことを完全に理解できなくてもいいんだよ。」

フフッと小さく笑い、彼女はカフェラテを口に運ぶ。

「そうね、場所によって神様の捉え方が違うかな。月明りの神は天空の神・焔の神だとか、太陽の神は大地の神・薪の神とかね。」

「焔の神……何だか聞いたことあります。」

「あれ? カレル君が住んで居たのってカルバリオのレンブラントだったよね。それなら、今話した内容とそんなに変わらないはずなのに。もしかして、寒い所に住んで居たことある?」

あれ、何で分かったんだろう。ポカンと口を開けていた僕を見て小さく笑っている。

小さな頃は、寒い所だけでなく、暑い所も行った事がある。そして、島国にも行った事もある。でも、こんな話を聞いたのは一度しかなかったな。でも、そこそこ離れている場所なのに、内容が似通っていることは非常に面白い。

「話が逸れちゃったけど、どう? 神話って中々面白いでしょ。地域や文化、挙句に天候すらも神話に組み込まれるからね。」

彼女は空になったコーヒーカップを受け皿に置いた。そして、嬉しそうに言った。

他人に向けての笑顔を見せたりすることはよくあるが、ここに来てから自分の感情を全面的に出してきたのは非常に珍しかった。そんな彼女の姿を見れたことがチョットだけだが嬉しかった。

僕は、カップのコーヒーを飲み干し受け皿に置く。

「さて、行きましょうか。」

席を立ち、テーブルに置かれた伝票を取ろうと手を伸ばしたが、そこを先生が掠め取る様にスッと手にした。

「いいの。学生は大人に甘えるの。」

笑顔で答えるものの

「私は、彼の方が大人に見えるのだがね。」

両指を使って僕と先生の身長を測るマスター。その一言に彼女は癪に障ったようで

「私、もう子供じゃないですって!!」

と子供っぽく怒ったのだった。


§


 『路地裏』を出た僕達は、買い物をする前にユウナ先生の希望でをすることになった。彼女曰く、「まだ、デートは終わっていないよ」とのことだ。


 先に外に出ると、朝方程ではないが雨がまだ降っていた。扉前の雨どいは狭く雨宿りが出来ないので、傘を差して数歩だけ歩を進めた。パラパラと雨粒が傘に当たる音を聞きながら待つ。曇天の空は未だ晴れるような気配がしない。

カランカランと扉のベルが鳴った。ぼんやりと空を眺めている僕の背後からタンタンと軽い足音が近付いてきた。そして、僕の右腕辺りに人陰が現れ、右腕を組んできた。

「さ、カレル君行きましょ。」

傘を手に持って現れたユウナ先生は、僕を見上げるように顔を見せた。先程からの事もあってか、恥ずかしさで直視できない。

「何故、傘を差さないのですか?」

「フフ、いいじゃない。」

彼女は屈託のない笑顔を見せた。


§


 僕達の目指す先はランベル・ロット内にある公園。行先は歩きながら聞いた。

この土地、アランドの周辺を流れるセイロン川から水を引っ張り作られたという。元は川が流れるだけの場所だったが、植樹が行われ、整備が進められ、公園が出来上がったとのことだ。

と、口頭で説明を受けている間も、彼女が離れる気配は無かった。そして、しばらく歩くと僕の右腕に密着するように抱き着いてきた。そう、とても密着しているのである。

距離感が一気に近くなったせいか、サラサラな髪の毛からシャンプーの淡い香りと、女性の持つ甘い香りがした。そして、ギュッと抱き着いた腕には柔らかいものがフニッとくっ付いている。追い打ちを掛けるように、歩く度に適度に揺れる為、ムニムニとその柔らかさが牙を剥く。


 これは狙ってやっているか? こんなことを普通にやる人なのか?

いや、先生の今までの行動からして、いつも誰かの為に尽力を尽くすような人だ。その上、自分が自分がと主張するような人では無い。そして、さっきまでの話を聞くと、セーネの性格が先生の本質とも考えられる。セーネの行動からすると、本質は人懐っこくて甘えたがりな人間じゃないかと思える。

そんな感じの人だぞ。意図的に小悪魔的な行動を取れる訳が無いだろう。

心の中で悶々とする感情と格闘しながら、彼女の事が気になりチラリと視線を向けた。すると、彼女は何やら嬉しそうな表情を浮かべていた。

「先生?」

「どうしたの?」

こちらを向いた彼女は、ちょっとだけ口元が緩んでいた。

「何だか嬉しそうですね。」

そう言うと、彼女はフフッと小さく笑った。

「何だろうね。きっと、カレル君の背丈が私のお兄ちゃんに近いからだと思うけど、懐かしくなっちゃってね。嬉しくて、勝手に甘えさせてもらっているの。」

エヘヘと、完全に砕けた笑顔を見せている。正直なところ、彼女がこんな顔を見せることが意外だった。そして、こんな顔を見れた僕は特別なのかもと思った。

「でも、デートだからいいよね。」

いつも以上に緩い笑顔を見せる彼女は、更にギュッと腕を抱きしめた。

「それはいいのですが。えと、その、何と言いますか……」

口ごもる。何と言うかすごく言い辛い。そして、顔が熱くなっていく。

その、何と言うか。

「あの……腕に、当たっています。」

きっとこの時の僕は、顔から湯気が出るくらい顔が赤くなっていただろう。全身の血液と言う血液が駆け巡り体温が上昇し続けている。

しかし彼女は首をかしげた。何を? と言わんばかりの表情だ。

まさかの無意識、天然ですか。

「あ、いや。何でもない……です。」

彼女は反対方向に首を傾げる。うん、何言っても意味無いねこれ。

僕の理性は何時まで持つのだろうか。それだけが不安だ。

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