Lec.3-5 とある雨上がりの夜
あの後、僕達が何をやっても先生に歯が立つことは無かった。とにかく吸収が早く、一度ルールを覚えてしまったら、最早ゲームは彼女の手の平で転がり続けるだけだった。更にはセーネも同様に凄まじかった。やはりもう一人のユウナ先生と言ったところか、盤上の動きを見ただけで、最適解を出してくるから質が悪い。
延べ、十五種類。勝利できたのは、それぞれの開始時の一回だけ。やはり天才か。彼女達のことをここ迄恐ろしいと感じたのは初めてだった。
あっという間に時間は過ぎ、ささっとシャワーを浴びた後は直ぐに就寝することになった。
「レイモン君、ゲストルーム開いているから使って。」
「ありがとうございます。でも、カレルの部屋で寝ます。」
「そう? それでいいなら。」
と、レイモンは毛布だけを受け取り僕の部屋に転がり込んだ。
「いや、何でだよ。」
「そりゃ、俺としても緊張しているからな。」
緊張、ね……本当に緊張しているのか怪しいのだが。まぁ、いいか。今日は彼のお陰で色々と楽しめたのも事実だしな。僕はベッドで、レイモンは床で毛布に包まり寝転んだ。
§
「なぁ、カレル。」
「ん、何?」
もう深夜の只中。普段とは違う状況だったためか、僕とレイモンはまだ寝付けていなかった。僕はレイモンの声がした方へ顔を向けた。
「何で俺がずっとここに来たいって言っていたか分かるか?」
「いや、単に下心があったからとしか。」
回答は直ぐ様出た。いや、ずっとそうとしか思えなかった。
「おいおい、ひどいな。」
顔は見えないが、明らかに苦笑いをしているような声色だ。
「流石に百パーセント無いとは言い切れないが。まぁ確かに一目惚れした訳だし。ただ、既婚者なんだな先生。あんなに若いのに、母親一人で娘さんを育てて。」
いや、本当は色々と違うんだけど、結婚していないみたいだし、セーネはそもそも産んだわけじゃないみたいだし、と言いかけそうだったが僕は黙り込んだ。きっと朝方の僕の様に混乱するだろうから。
そして、レイモンはちょっと口ごもる。
「理由は、俺がこの学園に来たこととも関りがあるんだ。」
「色んなものってヤツか。」
「あぁ、そうだ。俺がずっと作りたいと思っているものは”ゴーレム”なんだ。」
”ゴーレム”と言うものは、カルバリオの北部に存在する古代都市に、未だに稼働し続ける機械の人形の事だ。はるか昔からその存在は認知されているものの、一体どのような仕組み、命術で動いているのか正確には誰にも分っていないと言う。ただ何故まだ動いているのかと言うと、それはずっと古代都市で掃除をしていると言う事だけだ。
「昔、親父がさゴーレムっぽい物を作ってみせてくれたんだよ。命術を刻んだ中心核に、頭部、腕部、脚部を模した金属片を置いてな。命術を起動することで人型を取って立ち上がったんだ。それは凄く感動したさ。」
嬉々として彼は語り続ける。
「親父は器用で、命術師としても一人前だったんだ。それでも、ゴーレムは数歩進んで瓦解したんだ。だからな、俺がそれを実現したいんだ。」
「つまり、命術を勉強するために先生の家に来たのか?」
「まぁ、その機会を得たくてさ。この学園にとんでもない命術師がいるってことを聞いたんだ。それがユウナ先生だ。学部長にも聞いたから間違いない。」
確かに。今日の話を色々と思い返すと、普通の人なんかじゃない、そんな人生を送っていることは分かる。その上、先生って……カミサマなんだよな。そりゃ、普通じゃないよな。
「成程ね。それなら僕に出来る範囲でなら手伝うよ。」
「ありがとな。」
普段とは違う優しい声色。レイモン、こんなに素直に言うヤツだったかな。だがまぁ、友人として認められているならこれ以上無く嬉しいことだ。ちょっと、だけ笑みがこぼれたような気がした。
「さ、寝ようか。」
僕は毛布に包まり、ベッドの上で小さく丸くなる。寝るにはこれが一番落ち着く。
瞼を閉じ、程よい眠気がやって来た頃合いだった。
「よし。」
ゴソゴソと何か聞こえる。そして、さっきまで床で転がっていただろう人間の人影が立ち上がる姿が見えた。
「今から先生の所に行く。」
「おい、レイモンお前。」
本日二度目か、暴走する友人の姿を見て僕は急いで起き上がった。
動かない頭で必死に彼の姿を捉える。そして、その右腕を掴んだ。
「流石に、この時間は寝ていると思う。と言うよりも、本当の目的はやっぱり違うんじゃないのか。」
「いやいやいや。この滾る熱い思いをユウナ先生に聞いてもらいたいんだ。」
レイモンはドアノブに手をかけた。ヤバイ、思った以上に力が強い。このままじゃユウナ先生が色々とマズい事になりそうな気がする。それだけは何とか阻止しないと。
「おぉぉ、俺を行かせろ!!」
強く握ったドアノブ。そして、行かせまいと腰もホールドする。しかし、体勢が悪く、そのまま二人とも地面に吸い込まれた。幸か不幸か、レイモンが握っていたドアノブのお陰で扉は開き、大きな怪我は無かったものの、ドタンと大きな音が家中に響いてしまった。
「二人とも、どうしたの?」
タイミングが悪い。目の前にはタオルケットを羽織ったモコモコパジャマのユウナ先生が、湯気が上がるマグカップを片手にその場に立っていた。何でだ、いつもならば寝室に籠ったら出てくることなんて無いのに。
「先生もしよければなんですけど、ちょっとだけお話しませんか?」
あ、コイツ。先手を打ちやがった。先生はちょっと戸惑った顔をしているし、特に何もなく終わるだろう。いや、終わってくれ。そう思っていた。
「うん、別にいいけど。」
はい?
「私もそろそろ眠くなると思うから、短時間ならいいよ。」
以外な答えだった。僕は驚きを隠せなかった。
あ、でも。と彼女は言葉を続ける。
「こんな遅い時間に、大きな音を出すのは、”メッ”ですよ。」
”メッ”って言う人初めてだ。本当に言う人いるんだ。怒られた、よりも驚きの感情が完全に上回っていた。
§
今日は何故か眠れなかった。何と言うか、子供みたいに凄く興奮してしまったせいか、未だに心落ち着かない状態なのかもしれない。改めて、自分の精神が非常に幼いと言うことを実感してしまう。
眠れないな、と思い一階に降りてホットミルクを作る為、鍋にミルクを入れて火を掛けた。少しでも眠れるようにとね。しばらく経った時だった。二階のカレル君の部屋の方だった。そこからドタンと大きな音が聞こえた。友達が来ているからってちょっとはしゃぎ過ぎじゃないかな。
ホットミルクを入れたマグカップを手に二階に上がってみると、カレル君の部屋の前で倒れこんでいる二人の姿があった。全く、何をしているんだか。そしてレイモン君の提案で寝るまでの間だけちょっとお喋りすることになった。まぁ、きっと話している内に眠たくなるでしょう。そう思い、二人を部屋に招き入れた。
私はベッドに腰掛けて、サイドテーブルのランプに光を灯した。そして、ゆっくりとホットミルクを飲む。良い感じに体も温まってきたな。そして、彼ら二人は近くの床に座り込んだ。
レイモン君は自分の夢について熱く語ってくれた。”ゴーレム”か。そう言えば、カルバリオの古代都市に行ったとき、実物を見たな。ちょっと懐かしい気持ちになった。
「俺、あの時からゴーレムを完成させたいって思っていたんですけど、命術を本格的に触れるのは初めてで、滅茶苦茶不安で。」
「そっか、それで私に相談なのね。」
ふむ、つまりゴーレムは命術駆動だったのか。初めて知ったかも。
「私も、専門家じゃないからどこまで相談に乗れるか分からないけど、私でいいならいつでも話を聞くよ。」
「ありがとうございます。」
そう言うと彼は、
「これ、父が書いたゴーレムの命術式のコードです。見てもらえます?」
マグカップをサイドテーブルに置き、レポート用紙を受け取った。それをサッと眺めてみる。うーん、この時間にこの手のコードを読むのはちょっとキツイかな。でも、パッと見た感じ、かなり癖のある書き方をしているな。後、私が普段使っている言語とは違うものを利用しているんだ。でも、おおよそ何がしたいのかと言う事だけは分かった気がする。そして、これは間違いなく完成する。
「大体は分かったかも。きっと、いくつかの問題点が分かればゴーレムの術式は完成すると思うよ。」
「え、本当ですか!?」
「えぇ。でもね、それはレイモン君、あなたがやるべきこと。私は、それの手助けをするだけよ。」
笑顔で応え、私は三枚のレポート用紙を彼に返した。
「それでも、先生の様な有能な命術師に教えていただけるだけでも嬉しいです。」
有能だなんて、そんな……流石にそれは恥ずかしい。変な笑い声が出てしまった。
さて、彼の話ばっかり聞くだけじゃつまらないからこっちからも聞いてみよう。
「レイモン君、一人暮らしするの初めてだよね? 大変じゃないかしら。」
「そう、ですね。」
ちょっとだけ、彼は沈黙した。
「大変と言いますか、いつも傍にいた人がいないと少し寂しい気もしますね。」
彼は愛想笑いを浮かべた。そっか、やっぱり寂しいんだね。
不意に私は立ち上がっていた。何となくなんだけど、母性が擽られる感じがしていたのだ。そして、私は思わず彼をギュッと抱きしめていた。
「よしよし、頑張っているんだね。」
彼の私の胸元に引き寄せ、ゆっくりと頭を撫でた。彼には悪いのだろうけど、可愛いと思ってしまったし、何よりもそんな孤独な環境で一人頑張っている彼が愛おしく感じたのだ。
これが母親の感情なのかなと、ぼんやりと浸っていた時、彼は私の肩を持ち体を引き剥がした。
「え、あ、あ、その……お、俺は、寝ます。」
そう言うと顔を真っ赤にして部屋を出て行ってしまった。あれ、何か悪いことしたかな?
そして、今まで放置していたけど……
「カレルくーん。」
彼は座りながらウトウトとしていた。
「おーい、風邪ひきますよー。」
耳元で声を掛けてみた。うーん、反応が無い。寝てる?
それじゃ、物理的に仕掛けてみようか。
「えいっ。」
カレル君に飛び付いてみた。すると、グラリ……カレル君の体勢が崩れた。あ、イケナイ、やり過ぎたかも。体制を整える為に、直ぐに”翼”の力を解放。ベクトルの固定の力のお陰でピタリと動きが止まったので、ゆっくりとカレル君を降ろした。危ない危ない。お互い怪我するところだった。
しかし、状況としては非常に悪いまんまだったり。実際、私がカレル君を押し倒しているって感じ。先生が生徒を押し倒している……いやいやいや、ダメでしょ、色々マズいじゃない。直ぐに退かないと……
「んん……」
「ひゃっ……」
パタン……つ、捕まっちゃった。丁度私の腰あたりにカレル君の腕が絡みついて、そのまま彼が横に倒れた。そして、彼が私の胸元に顔を埋めるように抱き着いてきた。ちょ、ちょ、ちょっと待って。頭が追い付かない。ひゃぁぁぁぁ……
「カ、カ、カレル……君?」
言葉が上手く出ないくらい緊張しちゃっている。ダメ、ダメ、ダメ、早く何とかしないと。
「ん……母さん……」
え、私の事、お母さんと思っているの?
そっか、カレル君も慣れない土地で頑張っているんだもんね。うん、うん。さっきまでの慌てふためいていた緊張感は一瞬で解けてしまった。そして、そのまま私も彼の頭を抱きしめて頭を撫で始めた。
「よしよし。」
彼の一言で完全に母性にスイッチが入ってしまった。動けないし、もうこのままでいいかと、自分に言い聞かせて。
そして寝る為に、手を伸ばしても届かないランプの明かりを、命力を手の代わりに伸ばしてサッと消した。続いて、そのまま枕をつまんでこちらに落とす。最後に、羽織っていたタオルケットをカレル君にも被せた。これなら風邪もひかないでしょ。
「おやすみなさい。」
そして、私は彼の耳元で小さく呟いた。
彼を抱きしめたまま私は瞳を閉じた。二度、三度とゆっくり呼吸する度に、眠気が近寄ってきた。長かった一日が幕を閉じる。
§
窓から明るい日差しが差し込む。徐々にだけど頭が冴えてくる。そう言えば昨日、あのまま寝たんだっけな。目線を腕に向けると、彼は顔を真っ赤にして硬直していた。
「おはよ、カレル君。ゆっくり眠れたかな?」
フフッと笑顔を見せると、彼は更に顔を赤くしていた。
「す、す、すいませぇぇぇん!!」
朝に響いたカレル君の絶叫。それとほぼ同時に扉を開けてモーニングコールの為に現れたセーネ。運悪くもカレル君は出るタイミングを逃してしまった。
「おはよー……って、昨日は二人でお休みしてたの? いいなー。」
純真無垢な笑顔を見せるセーネに、カレル君は両手で顔を隠していた。もう止めてくれ、と言わんばかりだ。
「カレル君ごめんね。そろそろ着替えてもいいかしら?」
そう言うと、彼は急いで部屋を出て行った。
その後、皆で朝食を取ったのだけど、カレル君の顔はまだ赤いままだし、レイモン君は目が血走っていた。
「何て言うか、俺、興奮して全然寝れなかった……でも、まぁ、うん、良かった。」
「寝起きドッキリは心臓に悪いですよ……」
朝一なのに、二人して疲労困憊状態。大丈夫? と声を掛けると顔を赤らめていた。
何も無かった雨の一日、先日はあんなにも楽しかったのだから、今日みたいな快晴だと更に何か起きそうな予感がする。そう感じると笑顔がこぼれた。
さ、今日も一日しっかり楽しもう。
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