Lec.2-5 鎮火

 今日の講義が終わり、私はいつも通り研究室へと向かった。向かう途中に、いつものことではあるが、女子生徒に「研究室に遊びに行ってもいいですか?」とか聞かれる。いつもの事だから、断る理由なんて何にもないので、最早恒例行事の様にしてズラズラと私の後ろに行列を成していた。


 研究室の鍵をカチャリと開き、いつもの様にして生徒達を招き入れた。彼女達はこの研究室の勝手を知っているが故に、棚に入っているお菓子箱を取り出し勝手にくつろぎ始める。まぁ、私もそのために置いてあるのだけど。

彼女達を自由にし、その間ワークデスクに向かい明日の講義資料の確認と今日の提出物の確認を始めた。

「先生ー、飲み物ありませんか?」

「冷蔵庫に色々とあるから好きにしていいよ。」

「ありがとー。」

私の日常はこの騒がしさの中で進んでいるので、この声があることに安心感さえ感じている。物足りないというか、何だかそういう事。彼女達が談笑する姿を見て、ほっとした一時を過ごしている。


 一通りの仕事を済ませペンを筆立てに置いたころ、日が傾こうとし一面を夕焼け色に染め上げていた。仕事の疲れか、お昼寝のし忘れなのか恐ろしいくらいの眠気が襲って来た。

「ゴメンね、ちょっとだけ寝るね。」

私はデスク横のワゴンの最下段に入れている枕を取り出した。

「誰かが来たら起こして~。」

重い体を枕に委ね、そのまま夢の世界へ……


§


「先生―、―――。」

 ん~、声が聞こえる。何かな。

「起き―――――。お客――ですよ。」

「お客――――――。」

お客さん、来たのかな。起きなきゃ。眠気で重い体を起こそうとするが、背もたれに寄り掛かると、そのまま沈み込んでしまった。あぁ、もうダメ。この体勢でもいいからもうちょっと寝たい。

「起こ――――言――――――!!」

怒っている? でも、ごめんなさい。眠気に勝てないの。きっと今、頭がフラフラとしている。目を開けようにも瞼がくっ付いて離れようとしないし。

「こう――――――方法―。」

「―――私が――。」

何をする気なのだろう。ネムネムな私、簡単に起きれないんだから……。


「せーの。」

 私の背後に誰かが来た。そしてほぼ同時に胸元に電撃が走った様な衝撃が走った。

「―――――――!?!!!?」

私の胸を掴んだ指が、一度だけ深く入り込み、二度三度と指に力が入り胸の形が指に合わせて変形した。寝耳に水とはこれの事。電撃が全身に走ったような衝撃が体を駆け巡った。私は「キャー」よりも「ひゃん」やら「ピャー」の間の様な声を出してしまった。それと同時に止まっていた頭に一気に血が上った。


 想定外の衝撃のお陰で私の意識は一瞬でこの世に戻った。ただし、胸元には何とも言い難い違和感が残っている。そして、振り返ると一人の女子生徒が恍惚とした表情を浮かべていた。犯人はこの子か。

とりあえず、お客さんが居るっぽい。挨拶しないと。

「すいません、大変お待たせしました。」

まだちょっとフラフラする中、ゆっくりと立ち上がった。

「いえ、彼女たちのお陰で案外早かったですよ。」

私の隣には、セレスの側近のセラが眼鏡のブリッジを指で押し眼鏡の位置を整えた。

「ひゃい。」

思わぬ来客にびっくりし、また変な声が出てしまった。この人、あまり得意じゃないのだけど。

「理事長からの言伝があります。王宮の執務室に来てくださいとのことです。」

「は、はぁ、分かりました。」

何かまたやったかな私。この人の言葉を聞くとちょっと不安になってしまう。

「あと、これは私からのお願いなのですが。私を前にしてあまり緊張しなくてもよいのです、怒りに来るわけじゃありませんから。」

「はぁ。」

「もっとしっかりと胸を張……」

そう言ったところで彼女の視線が下に落ちた。

「いえ、理事長と同じくらい胸元が張っていますね。」

「一体どちらを見てるのですか。」

分かりにくいのだが彼女なりのジョークなのだろう、ちょっと肩の力が抜けた。彼女は咳ばらいをし言葉を続けた。

「あなたなりに努力していることは知っています。だからこそ堂々としてください。」

彼女は「それでは」と一言、サッサッと部屋を出て行った。


 さて、私を力づくで起こした彼女に罰を与えないと。未だ緩んだ顔をした女子生徒に声をかけた。

「あなた、反省文をレポート用紙一枚書いておいてね。」

「はい、分かりました!!」

予想外の元気な返事に驚いた。

「そんなことより先生、幸せって丸っこくて柔らかいんですね。」

何を言いたいのか分かる。

「反省文、やっぱり二枚ね。」

「はい、喜んで!!」

何で、こんなに元気なのよ。ふと私の脳裏にあることが過った。前にもこんなことあった気がする。その時に出した反省文はデカデカと崩れた字で「ごめんなさい」と書かれた物と、反省の色が無い感想文が提出されたっけな。今回も嫌な予感がする。


 翌日、私の研究室に置かれていたレポート用紙。

「3.1415926535 8979323846……」

ひたすら、数列が書かれていた。円周率、か。また、変な悪知恵働かせてきたわね。

諦めた私は赤色のペンで花丸を描いた。

「ヘンタイよくできました。っと」


§


 夕日が沈みかける頃、私はセレスの言伝通り彼女の執務室へ向かった。

コン、コン、コンと三度扉をノック。

「セレス、遅くなってごめん。」

背もたれにもたれている彼女は耳をピクリと立てて反応させた。そして、反動をつけて勢いよく立ち上がる。

「ユウナちゃ~ん、待ってたよ。」

彼女は勢いよく私の元に駆け寄って抱き着いてきた。近付くと身長のある彼女の胸元に埋まってしまい顔が見えなくなってしまう。埋もれた顔を上げ、丁度上目遣いになる様に見上げる。

「今日は何の用事なの?」

「そうね、その話を早くしましょ。」

そう言うと、彼女はそっと私の頭を撫でた。


 執務室の中央にある高級感あふれるソファに腰掛け、テーブルを挟んで対面になるように座った。

「例の賊を見つけた時に、一人の学生とライナック先生を見たわ。」

「学生? つまり私を呼んだってことは命術科の学生なの?」

「えぇ、ライナック先生から名前も聞いておいたわ。カレル=ブルーバックだってね。ユウナちゃんが預かっている子でしょ。」

その名前を聞いたとき、驚きもあったが先週から色々とおかしかったから、なんとなく納得できている自分がいた。それに、二日程前だったかな、彼がライナック先生の研究室に入ったのを見たのは。その後、二人して何処かに向かっていたから何かをやっているのだろうとは思っていたし、先日なんて右肩辺りが焼けた服で帰ってきたから。

「まさか、あの賊の相手をカレル君がしていたの?」

「結論的にはそうね。そして、聖紋リフェルズ・サインもちゃっかり封印してるわ。」

先週までヤツの事もあってだけど、まともに対峙できなかったのに一体何があったの? 私自身ちょっと混乱している。

「全く、あなたが入れ知恵したのかと思ったら違うじゃない。それに、王都内で一番最初に襲われていたとかも聞いたしさ。」

「カレル君、色々思い悩んでいたからね。きっと何かを乗り越えたかったんだよ。」

私は思いの丈を語ってみた。きっと、火事の後に気付いた火へのトラウマ。そして、火を操る聖紋リフェルズ・サインを持つ賊。この二つが重なってしまったのだろう。だからこそ、これを打ち破って火へのトラウマを乗り越えたかったのかなと。

「乗り越えたい、ね。男の子も大変なのね。」

「それに、私とセーネと暮らしているから余計に相談しにくかったのかもしれない。女性に情けない姿を見せたくなかっただろうし。」

私はちょっと俯いてしまった。本当にカレル君を引き取ってよかったのか、私の行動が正しかったのか分からなくなったからだ。

「そんな思いつめないでよ。彼を引き取らなければきっと路頭に迷っていた、そんな彼を救ったのよユウナちゃんは。だから、俯くの禁止。」

立ち上がった彼女は、ゆっくりと私の前に立った。そして、両手の平で私の顔を挟んで、頬をグリグリと回した。

「はい、この話おしまい!」

パンと頬を軽く叩いた。

「あともう一つ、明日の事なんだけどさ。」

彼女は座っている私に視線を合わせニカッと満面の笑みを見せた。


§


 夕日が完全に沈み、空には月が浮かんでいた。そんな時間に私は帰ってきた。

「ユウナ先生、お帰りなさい。」

彼はリビングからわざわざ玄関にまで顔を出してきた。

「遅くなってごめんね。急に理事長に呼ばれちゃって。」

「何かあったのですか?」

「うん、カレル君の事を聞かれたの。」

彼は「何で僕?」と言う顔をしていた。まぁそれはそうだろうなと思いながら、私は靴を脱ぎ部屋に上がりながら話した。

「昨日のこと、賊の事よ。あの賊の相手をしたっていう事を聞いたの。」

ばつの悪そうな顔をした。やっぱり、知られたくなかったのかな。

「きっと、カレル君なりに何かを乗り越えようと悩んだのでしょ? だから私は責めないわ。だけどね、こんなことをした理由を教えてほしい。」

非常に近い距離で彼の顔を見ることになる為、どうしても上目遣いになってしまう。私自身、とても卑怯だなと思いながらもこんな行動を取る事しか出来なかった。私は彼の言葉で真意を聞きたい。少なくとも今は、同じ屋根の下で家族同然の暮らしをしている訳だから。

「僕は、あの賊と火事が重なったんです。炎を纏って襲い掛かってきた賊に。それが無茶苦茶に怖かった。そして、それが無茶苦茶悔しかった。何で、僕はこんなに怯えているんだろうって。」

彼は拳を強く握りしめた。

「だからこそ、ヤツを乗り越える必要があったんです。もう、火に怯えない為に。」

「今、火はどうかしら?」

「完全にではないですけど、以前より良くなったと思います。」

彼の言葉に私は安堵した。あの時は、身も心ボロボロになっていたのに。

「だけど、今後無理はしないでよね。」

この言葉が私の本音。やっぱり、心配だし、傷付いてほしくないのだから。

彼は私の言葉に、小さく「はい」と言った。

「さぁ、晩御飯食べましょうか。もうお腹ペコペコだよ。」

満面の笑顔を浮かべて言い、私たちはリビングへ向かった。


 私たちがリビングに上がると、大皿にカレーをよそっているセーネがいた。セーネは「おかえりー」といつもの通り元気よく声を掛ける。私も「ただいま」といつもの通り声を掛ける。手持ちカバンをソファの隣に置き、ソファに腰掛けふぅと一息ついた。今週もあと一日か、と思いながらポケーっと天井を眺めた。

「さ、早く食べましょう。」

セーネはお皿をテーブルの上に置くと、勢いよく私の隣に座った。

「いただきまーす。」

ちょっと遅くなった夕食、スプーンにカレー半分とライスを半分乗せ一口。

はむっ。ん……ちょっと、辛い。口を半開きにし、しかめっ面をしているのだろう。

「大丈夫ですか?」

軽く咽てしまった。急いで水を口に含んだら、辛みが広がってしまった。

「牛乳持ってきましょうか?」

「お願い、ひましゅ。」

ちょっと涙が出てきた。あれ? 私、こんなに辛いの苦手だったかな。セーネは普通に食べているし。彼女はこちらを見て「どうして食べないの?」みたいな顔をしている。何と言うか、凄い悲しい気分になった。

そして、カレル君が運んできた牛乳を一口含むとようやく舌の上が鎮火した。

「今度からハチミツ入れておきますので。」

私の舌がお子様過ぎてごめんなさい。情けない気分になった。


 夕食が済んだ後だった。

「先日、いくつか聞こうと思っていたのですけど。」

カレル君が口を開いた。

「あの光る羽って何なのですか?」

あぁ、あれ使ったんだ。役立ってちょっと嬉しいような、危険な目にあってしまい悲しいような。そんな気がした。

「あれね、私の聖紋リフェルズ・サインの力の一端よ。」

何となくだけど、彼も予想ついていたみたいだ。驚愕まではいかない程度の表情をしていた。

「見ての通りなのだけど」

私は自身の力を開放し背中に翼を出して見せた。背中を中心に左右一対に放射状に展開する光の翼。一つ一つの羽は重なり合ったり重なっていなかったりと生物的なデザインでもなく、物理法則をも無視している。背中に近いものほど淡い桃色をし、外に向かうほど白くなっている。そして、一枚だけ羽を引き抜くとその羽だけ根元のみ淡い桃色に、先端は白く変色した。

「これの事なの。」

取った羽を手渡すと、羽を再度観察した後、またこちらを見た。

「これはね、座標から座標への移動、つまりに関わる力なの。残念だけど、鳥みたいな羽とは原理が違うんだよね。」

私は愛想笑いを浮かべながら、翼を閉じた。

「これ、賊が触れた瞬間に、完全に動きを止めたのですけど。」

「確かに固定させることも出来るね。」

彼は興味を示しながらこちらを見てる。

「本当は逃げる時にでも”遠くに逃がして”と念じて使ってほしかったのだけど。まぁ、役に立ったならいいか。」

私は軽く笑って流そうとした。その意図を汲んでか彼も話題を変えてくれた。


「あともう一つ。聖紋リフェルズ・サインが弱点と言っていましたが、シール聖紋リフェルズ・サインを喰らうとマズいってだけじゃないですね?」

 あぁ、それを聞いて来たか。何となくだけの聖紋に着いた古傷が気になり手で擦る。

「それね、ここを傷付けられると信じられない激痛が走るの。私も一度だけ傷付けられたことがあってね……全身に雷が駆け抜けたような感じとでも言っておこうかしら。」

私はここで口ごもってしまった。古い記憶がよみがえる。あの時、私を見ていた男性の瞳は冷たく、心の奥底に燃える怨嗟の炎を燃やし私に刃を向けた。漆黒の刃は私の胸の上を貫き、その時に走った痛みはこの世のものとは思えなかった。声が出なかった。痛みで体の自由が無くなった。あの時の恐怖は未だに身に染みている。

「あぁ、ちょっとごめんね。昔のこと思い出しちゃって。」

そう、まだ私達のことを恨んでいたリオンさんのことを。少し目頭が熱くなってしまった、

「この話はここまでにしましょう。僕こそ、すいません。」

そうね、と答える事しか出来なかった。


§


 週末の最終コマ。僕はいつもの通り命力・命術学基礎の講義の為教室に向かった。まぁ、いつもの通りなのだが、前列席は男子学生グループの集団が埋め尽くしている。この光景も二か月程度だが見慣れてきた。僕は仕方なく出入り口付近の後列席に座り、講義開始のベルを待った。


 僕は席に着くと、そのまま机に突っ伏した。ここ最近は、慣れない運動を続けた為か、週末にどっと疲労が襲い掛かってきた。

「カレルどうした?」

既に席を取っていたレイモンに心配された。

「あぁ、まぁ、ちょっと慣れないことを続けていたからね。」

「そうか。まぁ、無理すんなよ。ほれ、これやるからさ。」

彼がカバンから一本の缶を取り出した。

「何それ?」

「Blue Boaって言うエナジードリンク。多少は楽になるくらいだけど、貰っておけ。」

「ありがと。」

僕はそれを受け取ると、そのままカバンに突っ込んだ。


 ベルの金属音が鳴り響く中、ユウナ先生は急ぎ足で教壇へ駆け寄った。教壇に着いた頃には肩を使って大きく呼吸をしている。呼吸を整え、手持ちの教科書を開いた。

「はい、本日の最終コマです。最後まで頑張りましょうね。」

いつもの事ながら児童を相手しているような口調だ。彼女にとってはいつもの事でしかなく、何も気にすることなく、いつも通りに講義を始めた。

教科書をめくり、「詠唱とその歴史」と言う項目を読み始めた。


――バタン……


 僕の後ろ、この教室の後ろの扉が閉まる音がした。遅れて来たのかな? この講義にしては珍しいな。閉まった後、バタバタとした足音が聞こえた後に、隣に座った。

「やぁ、また会ったね。」

小声で声を掛けられる。隣から聞き覚えのある声がした。座ったのは先々日に賊に最後の一撃と言わんばかりの飛び蹴りをかましたビーストの女性……と思われる。きっとこの声はそうだろう。あの時とは違い、キャップは被っていない。ピッシリとしたスーツを纏い、髪を後ろで縛っている。以前の女性が彼女であるならば、全然雰囲気が違う、キャリアウーマンと言った感じだ。

あれ、この人って学生なのか? 僕が少し悩んでいる時、彼女は教壇に向かって大きく手を振り始めた。そして、その姿を見たユウナ先生はパタンと教科書を閉じフゥと一息ついた。

「どうぞ、こちらへ。」

一礼した先生は彼女を前へと誘導し、一歩下がった。教壇に向かう彼女を見て、僕は茫然としている。そして、隣のレイモンはこちらを見ながら口をあんぐりと開け固まっていた。

「皆さん、こんにちわ。このように挨拶をするのは入学式以来ですね。わたくしは理事長のセレス=ウォード=アランドです。」

理事長だって? つまり、このアランド王国の女王陛下……

僕はずっと、ライナック先生から理事長の元に報告されていたと思っていたが、まさか直接見られていたとは思いもしなかった。だから、昨日時点でユウナ先生が呼ばれたのか。

知らなかったとは言え、何という人と相手していたのか。今まで出たことの無いレベルの冷や汗が出た。

「皆さんが一生懸命勉学に励んでいる姿を見て、この学園を作った意味があったと改めて実感致しました。是非とも、今後もその意欲を持ってこの学園を満喫してくださいませ。」

彼女はそう言い終わると、丁寧にお辞儀をした。僕たちはその光景に無意識のうちに拍手をしていた。

「それでは、先生に戻しますね。」

「理事長、ありがとうございます。」

先生がお辞儀をすると、彼女は微笑み教室の前扉から出て行った。

「実は、先日理事長に呼ばれて、講義を見に行きたい、挨拶行きたいと言われていたのです。さて、講義を続けましょう。」

と、ユウナ先生は言い教科書を開くが、僕はその後の記憶がすっ飛んでいた。あまりの情報量の多さに僕の頭が追い付かなくなっていた。教科書を開いたまま、ただただ時間が過ぎ去っていった。


「なぁ、女王陛下と知り合いなのか?」

「い、いや、そんなわけじゃ……」


§


 あまりにも情報量の多い今日の夕刻。僕は帰りに夕食の食材調達に向かった。珍しいことに講義の後、ユウナ先生から「今日は魚が食べたいな。」「出来れば焼き魚。」「一枚多めがいいな。」と言われた。何で、一枚多めなんだろう。まぁ、それだけ食べたいのならば、こちらは言われた通りに準備するだけだな。僕は魚を選ぶと同時に頭の中で献立を立てた。


「ただいま。」

「おっかえりー。」

 いつも通り、セーネの声が聞こえる。それと一緒に、いつもと違う声も聞こえる。そして、よくよく考えてみると、ついさっき……そう学園内にいた時にも聞いたような声だ。

靴を脱ぎリビングに上がると、いつも僕が座っているがソファにセーネが、その向かいのソファにはユウナ先生が座っている。そして、彼女を膝枕にしている理事長、セレス女王が家の中で寛いでいた。

「カレル君、おっ帰りなさーい。」

今日、教壇で凛々しく演説していた彼女の姿ではなく、完全に溶け切った家猫の姿そのものだ。最早僕はどう反応すればよいのか分からなくなっていた。呆然と立ち尽くすのが最適解なのではと思うほどだ。

「あー、やっぱり混乱しちゃうか。そう言えば、君が来てから遊びに来るのは初めてだったかな?」

女王陛下はこちらを見てケタケタと笑いながら言う。

「昔、ちょっと助けてもらったことがあってね。それからアタシ達は友達になったワケなの。」

「その後も偶然が重なって、王家の儀式のお手伝いしたりとか、護衛のお手伝いしたりとか、挙句の果てにはお兄ちゃんが前国王と闘技場で戦ったりとか。長い付き合いになったねー。」

二人で顔を見合わせて「ねー」と言い合いながら同意しあっている。確かに、陛下相手にここまで砕けた態度であることが何よりもの証拠だろう。

「ところでお兄ちゃん、ご飯作らないの?」

「あぁ、ごめんね。今から準備するよ。」

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