Lec.2-4 残り火

 アランド、王宮内地下牢。


 石の壁、鉄格子に囲まれたこの窮屈な部屋に俺は閉じ込められた。意識はずっとあったさ。でも、手に強い痺れが残っている。厄介な命術を使いやがって……

まだ、何とかなる。早くここを脱出するための策を練らなければ。後、他の奴らをどのように処分するかも考えておかないとな。アイツ等もここら辺にいるのだう。近隣の村を襲い、俺がそこで暴れていると見せかけ、王都内の宝物庫でオタカラを奪い去ってやろうとしたが、しくじりやがって。幸い、場所は覚えている。機会さえあれば、機会さえあれば……


§


 命術訓練場に入った僕はライナック先生に命術を利用した模擬戦闘訓練を指導してもらうことになった。僕は、あの賊の件や、火事になって火にトラウマになったことも話した。すると、「じゃあ、ユウナさんに稽古つけてもらえばいいだろう。」と言われた。まぁ、確かにそうだ。そうなのだが、僕の中では陰で努力している姿を見せたくなかったのだ。そんな心情を吐露するとライナック先生は大きな声で笑い「成程、お前も男だもんな。」と大きな手で僕の背中をバンバン叩いてきた。


「さて、では実際その賊はどんなことをしてきた。可能な限り再現してやろう。」

 その言葉の後に、炎に包まれることだけは勘弁なと付け加えた。

僕は可能な限り伝えた。直接僕を攻撃してきたのは火球を投げつける、ファイア・ボールみたいなものだったこと。警備隊に言った後、彼の戦いを最初だけ見たが、その時はただ殴りつけてきたこと。この二点だ。

「分かった。ただ、今のお前では炎の命術は使わないでおこう。あくまでも訓練だからな。」

「お気遣いありがとうございます。」

深々と僕は頭を下げ礼をした。

「さて、構えろ。お前、名前。」

「カレル=ブルーバックです。」

「よし、カレル行くぞ。」

彼は軽く腰を低くし、両拳を顔の辺りで握りしめ構えた。形容としてはボクシングの様な構えだ。ただの素人である僕ですらその構えに人知れぬ恐怖を感じた。それは野生動物が感じるであろう、圧倒的な力を持つ者に対しての畏怖。生命を脅かすであろう存在に対しての恐怖。

僕も構えた。何時でも命術を撃てるようにと。

「行きます。」

「来い。」


 僕は素早く水の命術を一発放った。しかし、横に飛ぶようなステップをし避けた。一瞬だった。その動きを目で捕らえる事なんてできなかった。素早い。直線的な動きなんて意味無いぞと言わんばかりに人差し指を立て、招くような動きで挑発してくる。

 だったら次は……と、僕は複数の命術をぶつけることを考えた。

「水よ、大地よ。」

地面に大地の力を、水の命術を正面に。

「マッド・ショット!! アクア・ウェーブ!!」

足元をすくい、広範囲の水の命力で押し流す。これならば。

そう考えたのも束の間、ジャンプで地面の泥を飛びぬけ、横に払った水の命術はスライディングし全て避け切った。そして、地面を強く叩く音と同時に土埃が舞った。瞬間、僕の懐に入り強く拳を握りしめた、それを僕の懐目掛けた叩きこんできた。

やられた、そう確信した僕は目を瞑った。しかし、何時まで経っても拳は僕の腹部に入らない。恐る恐る瞳を開けると寸止めの所で止められている拳があった。

「目を見開け、相手をしっかり見るんだ。」

圧倒的なスピードに僕は腰が完全に抜け、へたり込んでしまった。

「まずは一歩ずつだ。」

そう言い、僕に手を差し伸べてきた。彼の大きい手を握ると、一つ一つの指が何かで擦ったの様に硬質化

いていた。明らかにただの命術師ではない。

「先生は何かやっていたのですか。明らかに素人の動きなんかじゃありませんでしたよ。」

「一時期をしたりな。」

改めて僕は、とんでもない人と対峙しているのだと理解した。


 アランドの闘技場では、昔から己の力を証明するため、娯楽の為、そして最も古い闘技の目的として、この国の王を決めるために闘技大会が開かれていた。この大会に出場するのはもちろんアランド出身の力自慢のビースト、筋骨隆々としたヒューマ、ダチョウの様な強靭な足を持ちキックボクシングを主体とする鳥獣族バーディ。そんな中で命術師を多く輩出した村ルーネン。そこから闘技大会に出た愚か者が居たという。その男の名はライナック=グリット。ライナック先生のことだ。

 彼はルーネンの命術師達と違い肉体も大切であると言う考えだった。放浪の旅に出ては喧嘩を吹っ掛けひたすら肉体を鍛え、はたまた裏では命術の訓練を行うなどをし、彼なりの文武両道を貫いていた。そんな彼が出た初の大会の結果は、大番狂わせを起こし拳闘部門での優勝。期待の新人として持て囃され、その新たな若獅子を歓迎するかのように、当時の国王ガラルド=ウォード=アランドとのエキシビジョンマッチを行うなど異例尽くしの事態になったとか何とか。


 ライナック先生は過去の武勇伝を嬉々として語った。

「さて、俺の話はここまでだ。さて、もう少しやれるか?」

「はい、お願いします。」

僕が再度構えると、ライナック先生も拳を高く構えた。


 そして、夜遅く。一体何度の模擬戦をしたのか分からないが、何度も何度も拳を避け、時々炎の命術が飛んできたりしている内に、先生の言う意味が分かって来た。言葉だけでなく、体が、それを直接に。


§


 帰宅したのは更に暗くなってからだった。玄関を開くと鍵は掛かっておらず、中から光が漏れてきた。リビングにはまだ明かりが灯っており、一人分の人影がソファで横たわっていた。そっと上がり、内鍵を閉める。リビングを覗くとユウナ先生が居た。テーブルには、提出物の確認をしていた跡、あとは文庫本が二冊ほどが置かれていた。ずっと待っていてくれたのか。

 横たわっている彼女にタオルケットを掛け、リビングの明かりを消し、僕は部屋に戻った。遅くなってごめんなさい、そう心で言いながら。

 

§


「さて、例の賊の様子は。」

「今は大人しくしているよ。流石に聖紋リフェルズ・サインを封印されていては何も出来ないからな。」

「このまま大人しくしていてほしいものだな。」

「あぁ、そうだな。」


 王宮の地下にある牢屋で二人の衛兵が巡回し、様子を見ている。普段の牢には誰一人居ないのだが、今回は特別だ。約一月、暴れに暴れ周った賊がここに六人収容されている。故に警備兵たちは普段と違う動作に戸惑いと緊張感があるみたいだ。


 巡回する衛兵をじっくりと見ていたのは、賊の首領ゲールだった。彼の瞳にはいまだ野心は消えていないかのような冷徹さ、鋭さ、そして強い悪意を秘めていた。


§


 一週間程経過したか。講義が終わり、ライナック先生の研究室に向かうのが日課になり始めていた。いつもの様に命術訓練場に向かい、いつもの様に模擬戦を開始した、僕はライナック先生の言葉を聞き、実際に体感し、徐々にであるものの体に染み込ませてきた。先生は日を追うごとに調子を良くし、新たな技を見せたり、命術を交えたトリックプレイを見せたりと。もちろん、偶にであるが火の命術を交えながらも。


 何度も火の命術の揺らめきを目にする内に、いつしか火の命術を知ろうとしていた。ライナック先生はいつの頃か言っていた。

「恐怖はどこから来ると思うか? それは、からだ。知らないということは闇の中で手掛かりの無い中、手探りで進むということだ。知識と言う導を持ち、それを指針にして進むことで恐怖に打ち勝てるのだ。」

この言葉のお陰か、多少なりとも震えは収まって来た。ライナック先生が扱ってくる命術を知り、それの後に策を取る。たったそれだけでも僕は確実に前進していると感じているのだ。


 そんなこんなを繰り返し週末に差し掛かるある日だった。いつもの様に模擬戦を行い、片付けを行っている時だった。

「ライナック先生お出でですか?」

「あぁ、ここにいる。」

息を切らした衛兵が命術訓練場にやって来たのだった。額に汗を流し、鎧の一部に焦げ目がついていた。明らかに様子がおかしい。

「――実は――となりまして――」

「流石に――――」

「そのため――――」

少々離れていたため、言葉が断片的にしか聞こえない。しかし、焦りも混じった声色だったのでただ事ではないのは理解できる。軽い会釈をした衛兵が立ち去ると、先生はこちらに駆けて来た。

「カレル、例の賊の頭が脱走したらしい。衛兵から学生達を逃がせと言われているんだ……」

ふと、ライナック先生が笑う。

「そう、北西のセイロン川方面に逃げたんだとよ。そっちにはってさ。」

彼が何を言いたいのか分かる。


――今のお前なら恐怖に打ち勝てる――と


「先生、ありがとうございます。」

僕は一礼し急ぎ足で駆けて行った。今に見ていろ、僕は、前の僕ではない。


「流石に一人じゃマズイからな、近くで見てやるか。」

 整頓した命術訓練場の鍵を閉め、北西方面に向かって歩き出した。


§


「ヤツが脱走したのは約三十分程前。衛兵数人を火傷させそのまま脱走。宝物庫に侵入、財宝の強奪と警備兵数人を火傷させ、北西のセイロン川に向かったとのことです。」


 最悪の報告が上がった。あの賊はシール聖紋リフェルズ・サインを直に受けたかと思われていたが、直撃の手前、自らの手で聖紋リフェルズ・サインを隠し、ヤツにとっての最悪の事態を回避したのだ。こちらにとっては最悪なのだが。


「今動けるものは?」

「現在、周辺の村復興の為ほぼ出払っています。」

人手も足りないか。このまま逃がす訳にはいかない。

「分かった、他の兵たちは負傷者の手当てを。」

「では、ヤツはどうされるおつもりで。」

わたくしが行きます。」

 席を立ち、私室へ向かった。流石にスーツのままでは動きにくい。動きやすい服に着替えておかないと。急がねば。

気の焦りからか、駆け足から徐々に歩幅が広くなり走っていた。


§


 逃げる影、焦げた足跡。この国に混乱を与えた悪魔が尻尾を巻いて逃げ出そうとしている。上半身は裸、下半身はボロボロになったズボン。暴れに暴れまわった結果だろうか。また、ヤツの首には金のネックレス。一体どこから? この国にあるとしたら王宮の宝物庫しかないだろう。

 放火、殺人、窃盗……短期間でここまでの暴虐を尽くしたものは数少ないだろう。そんなヤツを今僕は追いかけている。あの時逃げた僕に決着をを付ける為。重い足取りで進むヤツに対して僕は言の葉を紡ぐ、悪しき紋様よ、聖者の紋様に裁きを与えん。紋章を封じるための一撃を。

シール聖紋リフェルズ・サイン!!」

北西方向、セイロン川に出る小門付近。灰色の紋章は一直線にヤツの背中に突き進み、ぶち当たった。


 全身に駆け抜ける電撃のような衝撃。背部、そこから全身に広がる一撃。前にも一度受けたことがある。捕まる前の事だ。

「貴ッ様……」


 ヤツは振り返りこちらを睨めつけた。

「あの時、逃げたガキか。」

「あの時のままか試してみようか?」

「舐め腐りやがって!!」


 ヤツは怒りのままに力を解放し、全身を炎に包みこんだ。首にかけた首飾りは高温によりドロドロに溶け落ち、装飾も手首からドロリとすり抜けた。溶けた金属を踏みにじり一歩、また一歩とこちらに歩み寄る。炎の魔人と言うべき姿は、爆発した感情と共に火力を増している。

だが、今の僕はこの姿に震えることは無い。火の命術を通じて火を知り、強さ、恐ろしさを知る。そうであるからこそ脆さも在りうると。


「水よ……アクア・スパイラル!!」

 手の平を向けた先にいる炎の魔人に向けて水の命力を纏った竜巻を発生させた。全身を水の命力による攻撃を受けたため、徐々にだが怨嗟の炎を掻き消している。

「小癪な真似を。」

激しい抵抗を見せ、ヤツは左手で竜巻を描き切ると同時に、手は一瞬で炎を纏った。そして、左手の平から小さな火球をこちらに向けて放ってきた。火球は一直線、僕の顔面を狙うかのように。

しかし、そんなものはライナック先生のストレートよりも断然遅い。目が慣れていたのか、僕は自然と最小限の動きで回避していた。

竜巻から抜け出し、右二発、左三発と火球を飛ばすものの隙が大き過ぎて簡単に避け切れてしまう。対峙して改めて感じた。僕はに怯えていたのかと。いや、正確には賊よりも炎に怯えていたのだが。


「水よ、アクア・バレット・クイック!!」

 構えると同時に五発の水弾を叩きこんだ。右手、左肩、腹部、左もも、そして顔面。威力自体は中々小さいものの、纏った炎を掻き消すには十分だ。そして、改めて腹部に聖紋リフェルズ・サインを確認できた。ここだ、ここに一撃を。

僕はもう一度、シール聖紋リフェルズ・サインの詠唱を紡ぎ狙いを定めた。その時

「舐めるなガキが!!」

炎の魔人はこちらに駆けて来た。そして数歩手前、右肘を後ろに引き、右手を握り締め、拳を振り上げてきた。当たりもしないアッパーカットか!? だが、振り上げると同時に拳の軌跡から爆炎が噴出してきた。

「何だ!?」

咄嗟の反応で大きく右に体勢をずらした。直撃は受けなかったものの、今までで一番の熱量を受けることになった。炎が頬を掠り、熱を一段と感じる。

「まだだ!!」

振り上げた右手の次は左手。握りしめた左手からフックを仕掛けてきた。先の行動からするとこのコースはまずい。詠唱を切った僕は直ぐ様、水の命術を唱えた。

「ウォーター・ウェーブ!!」

踏み込んできた左フックに応戦するように、水流を左拳に引っ掛けた。紅蓮に燃え盛る炎は鎮火したお陰で炎の軌跡が走ることは無かったが、鎮火したままその拳を振り抜き、フックを右脇腹に貰い吹き飛ばされてた。

痛恨の一撃。思わぬ一撃に呼吸が乱れる。

「これでお前も焼き殺してやる。」

消えた左手の炎も瞬時に燃え上がり、手の平を僕に向ける。


 こんなヤツにすら、僕は勝てないのか? 悔しい、あと一歩……あと一歩が足りない。


 その時、一瞬だがある言葉が脳裏をよぎった。


――あと一歩何かが足りない時に、これを思い出してくれればいいわ。きっと後押ししてくれるから。握りしめて、念じるの。――


 これ……。僕は瞬時に記憶域ストレージから光る羽を手の内に収めた。

(あと一歩、僕にヤツに勝てる一歩をください!!)

祈る様、右手に掴んだその羽を握り締めたまま、僕は水の命術を放つため左手を突き出した。その時。

握りしめた右手からすり抜けるようにして、光る羽は一直線に炎の魔人に向かって飛んだ。

「何だコイツは。」

軽く左手で光る羽をはたいた瞬間だった。

「動かん……!?」

炎の魔人の左手にピタリと光る羽がくっ付き、炎の魔人はピタリと動きが止まったのだ。振り上げた左手は肩より少し上で軽く肘が曲がっている。膝は固まり動かないながらも、ピクリピクリと力を入れ動かそうとしている。

「何しやがったガキが!!」

何が起きたのか僕自身分からなかった。が、これ以上ない好機。今なら確実に倒せる。


 重い脚に手をつき、今一度立ち上がる。

「悪しき紋様よ、聖者の紋様に裁きを。力よ、我が拳に与えよ。」

ぎゅっと握りしめた右拳に灰色の紋様の力が宿る。今まで以上に力が入る。

「覚悟を……決めろ。」

これは僕自身に掛けた言葉だ。ヤツにもう二度と逃げない為に。

そして、聞きようによってはヤツへ掛ける最後の言葉でもある。

ジリ、ジリと一歩ずつ進む。近付くたびに熱気が強くなる。だが、歩みは止めない。再度、拳を握り締める。僕は一番強く足を踏み込んだ。ヤツにギリギリ接近し、右拳を大きく振り下ろした。燃える衣服を気にせず、渾身の一撃込めて腹部にアッパーを放った。


 紋章の力を込めた右拳がヤツの腹部を直撃した。

その命術は聖紋リフェルズ・サイン持ちにとっては致命傷になる。聖紋リフェルズ・サインに当たらなければただ少し痺れるだけで済むのだが、もしも直撃した場合はどうなるか。全身に想像を絶する痺れと激痛が走る。それだけでなく、聖紋リフェルズ・サインの効力は失われ、人によっては違うものの約半分の命力が使用不能の状態になってしまう。それは一体どういう意味か、通常の生活でも扱うだろう命術を利用するだけですら生命活動の危機に陥る可能性があるということだ。


「ウグッ……ッッ」

この一撃が入った途端、ヤツの炎は一瞬で消え去った。これは聖紋リフェルズ・サインの力が消え去ったことを意味している。膝から崩れ落ちた賊は僕の赤く火傷した右肩に倒れ込み、そのまま地面に落ちた。勝った、打ち勝った。安堵のあまり腰が抜け、僕はへたり込んでしまった。


「そこのアナタ! 一体そこで何をしているの!」

 突如聞こえたのは女性の声。崩れた家屋の上に立ち、右膝に右腕を乗せこちらを見ている。腰までの長さもあるブロンドのロングヘアーで、少々ウェーブがかかっている。しかし、深めに帽子を被っているため顔が見えない。

「アナタ、逃げ出した賊? そうだとしたら、容赦はしないけど。」

トン、と軽やかに降りると速足で彼女は近付いてきた。女性にしては長身で僕より少し高くみえる。軽やかな足取りに違わず、彼女は軽装でラフな格好をしている。そして、右の腕には金属の籠手を装備している。

「いえ、僕は、その。」

座ったままの動けない僕に向かって来た。すると、僕の背後より声が聞こえてきた。

「この……ガキがッ、ふざけんな……」

振り返ると力の入らない右拳を無理矢理握りしめ、殴りつけようと大きく振りかぶっていた。もうそれは、目前までに飛んでいた。間に合わない。


 ダンッ……!!


 力強く地面を蹴る音がした。砂煙が舞い、僕の目の前に一つの影が現れ、ヤツの顔面に鋭い飛び蹴りをぶちかました。ヤツが吹き飛ぶと同時に先程声を駆けて来た女性が目の前で軽く着地した。

「ゴメン。あっちが賊だったか。」

そう言うと彼女は手を指し伸ばしてきた。そんな彼女の後ろで長く細い尻尾が左右に揺れていた。ビーストなのか。瞳は鋭い猫目だ。

「本当に、あの賊やったのアナタなの?」

「えと、そうなっちゃいますね。」

ですが、最後にぶっ飛ばしたのはあなた様の方です。その当の賊は完全に伸びてしまっている。

「ふーん、そうは見えないけど。」

彼女の手を取り立ち上がる。

「さーてここまで暴れたとなると、警備兵が来ると面倒なことになりそうね。」

周囲の惨状を見ると一目瞭然だ。家屋は焼け焦げ、崩れ、グチャグチャな状況だ。放火の疑い、器物損壊、そして暴行。よしアウトだ。

「あ、あの、僕は。」

「逃げなさい。後はアタシが警備兵に言っておくから。」

「え、そんな。」

「大丈夫、大丈夫。知り合いがいるから。」

彼女はそう笑いながら言った。

「それじゃ、すいません。」

僕は一れをして直ぐ様駆け出して行った。後ろを振り返ると、小さく手を振る彼女の姿があった。


「で、そこにいるのでしょ。」

「お早いご到着で、理事長。」

一人の男の影がゆっくりと出てきた。ライナック先生がそこにいた。

「全く、全員逃がして、こちらには来ないようにと伝えていたはずなのですが。」

「俺はって伝えたのですがね。」

ハハハと大男は大笑いしている。その言葉にハァと小さく溜息をつくことしか出来なかった。

「最悪の事態になりそうなら出ていくつもりだったのだが。まぁ、そうはならんかったからな。」

「いや、アタシも見ていたけど危ないとこあったわよ。」

「そうですかね?」

駄目だ、この脳筋。

腕を組み大きく笑う姿がお父様そっくりにしか思えない。この手の輩は本当にどうしようもない。

「まぁ、処分は覚悟しておいてくださいね。」

最早呆れた口調でしか言えなかった。踵を返し、光の命術を上空に向かい撃ち放った。集合のサイン、急いで駆け付けた警備兵数人によって伸び切った賊は再度連行されることになった。


§


 後日、アランド周辺を荒らした賊の一味が全て逮捕され、一連の事件が終息した旨が王都に伝えられた。これは二度目の報告だった。

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