Lec.2 焔の血印
Lec.2-1 女王の憂鬱
『命力・命術学基礎 第一章 命力』
命力とは、この世に溢れる生命の力です。この世の生命体である以上、これに依存していることは言うまでもありません。命力の大きな特徴として、物質・力場・エネルギー全ての役割を果たすことです。我々が見ているもの、それは全て命力の集まりであると考えることが出来ます。
命力は属性を持つことが知られています。大地、火炎、水、雷、風、光、闇。計七つと言われておりますが、正確には十二種存在します。大地から風までの五種はそれぞれ光及び闇の属性を微量ながら持っていることが近年の研究で確認されております。しかし、そこに大きな差はないことも確認されております。この光と闇双方の力を持つ理由については研究が進んでいませんが、理由があるとしか思えません。
命力の歴史は古く、一般的には神話の時代(約二万年前)の産物だとされております。詳細は省きますが、創造の神”エメ”の加護を与えられたことが始まりと言われています。しかし、口伝では伝わっているものの文献は残っていない為、未だに学会では議論の対象となっています。
ここまでの話の通り、ルーツは神話のものとされるが、現在に至るまで詳細なことは分かっておりません。しかしながら、ここまで生活に根付き、我々が生きる為に必要なものであることに変わりありません。この章では、改めて理解を深めましょう。
§
アランド王国、王宮ランベルハム。
王立セレスティア学園の定例会議は王宮で執り行われることが通例となっている。何故か? 理由はただ一つ。この学園の理事長がアランド王国の現国王、セレス=ウォード=アランドその人であるからだ。日によってかなり変わるものの、大抵は週末の夕刻を過ぎた頃に軽食を交えながら行われる。業務時間外になり、プライベート時間を削ることになる教師が多いため、彼女なりの配慮と言うことだ。
「皆様、夜分遅くお集まりいただきましてありがとうございます。今月の定例会議を執り行わせていただきます。」
王宮内の広い会議室に初等科から大学までのすべての教師および講師を集めての会議が始まった。拡声用の命術を使い、女王の側近が始まりの挨拶を告げる。
ざっと五百人。これだけの人数が会議室に集まるとなると普通の会議ならば終わるのは夜中を過ぎるだろう。しかし、ここではそれを許さない。一つは女王がそのような無駄な時間を使うことが嫌いだから。二つは大抵の場合、机上の空論であるからだ。そのため、この定例会議では「最終判断を理事長に任せたい」だとか、「全体の多数決を取りたい」等の議案しか出さない。もっぱら、定例報告がメインだ。
「本日の議題、各科から上がっておりません。そのため、理事長からの連絡事項のみで終了でございます。理事長、何かございますか?」
「では」
呼ばれた理事長、セレス女王は会議室の奥中央の座席から立ち上がった。
「警備隊から何件か報告が上がっていると思いますが、賊集団が近隣で活動しているとのことです。いつ、王都内に出没するかも分かりませんが、児童、生徒、学生各々の安全を守るよう徹底してください。」
威厳溢れる女王の声が響き渡る。彼女は特に拡声用の命術を使わず広い会議室に響き渡らせた。この行動は、彼女の思いの強さを見せつけることと同じだ。
「それでは、緊急時の対応マニュアルを送付いたします。各員、ご確認の徹底をお願いいたします。」
§
事件と言うのは急に起きるものだ。
二日前、月の終わり頃だった。私は、日中の謁見を終わらせ、執務に戻ろうとしていた。謁見業務の際に髪を搔き分けることは客人に失礼に見えるため、いつも団子状に丸めている。私の髪は非常に長く腰付近まで伸ばしている為、そうでもしないと邪魔になってしまう。執務室に向かう途中、まとめていた髪を解き、首を左右に振る。少々ウェーブ掛かり、癖の着いたロングヘアーがブワッと横に広がる。この開放感が何よりもたまらない。
そんな折、駆け寄る王宮内の兵が一人。
「女王陛下、大変です。近隣の村が賊に襲われ、焼き払われました。」
「何ですって!?」
昼下がりだった。突如の報告に私は驚きを隠せなかった。
私が国王の座に即位する前、前国王である私の父ガラルド=ウォード=アランドの時代でも賊は出没していた。その時はモンスターの大量発生による近隣の村の崩壊。これにより、村の住人たちが賊へと変貌した。この時は、原因がはっきりしていた故に解決策が明瞭だった。村の復興を国政と言う名目で実施し、賊となった村人たちに仕事を与えた。その中でも、力を持て余した者をかき集め傭兵団の設立を行うなど、次の被害を出さないために動き回っていた。そのお陰か一時的に増えていた賊も、徐々にであるものの減っていったと聞いている。
約三十年前、私が現在の座に就いた時にも少なからずいたことは覚えている。モンスター被害が少なくなったとはいえ、被害者が無くなった訳では無かった。そのため、私の代でも賊の対応を行わなければならなかった。
その中でも厄介なタイプの賊がいる。それは、ただただ単純に力を誇示したいだけのタイプだ。
「今回の賊は、今まで活動してきた者達か?」
「いえ、初めて聞きます。」
私は右手親指を顎下に当てた。何だか嫌な予感がする。
「また、報告した周辺の警備を行っていた兵からは、賊が炎に包まれ襲い掛かってきたとのことです。」
「炎に包まれる?」
「えぇ、そのように報告を。」
話を聞くなりこれはかなり面倒なタイプの案件だと感じ取った。しかし、今ここでやることは一つ。
「人的被害をなるべく少なくしたい。早急に特別警備隊を結成し、周辺市町村の見回りを。」
「はっ、騎士団長に連絡いたします。」
「また、各員、怪我の無いよう細心の注意を払ってくれ。」
一礼をした衛兵はそのまま駆けて行った。また、賊か。顔に手を当て私は天を仰いだ。何年経っても、何度やってもこの手の問題は私の手に余る。執務室へ戻る最中、二度ため息をついていた。
§
その後も何件か被害が出ていることを報告を受けている。事前に警備隊の量を増やしたお陰か、人的被害は最小限に収まっている。が、周辺を焼かれるなどの被害は収まる様子はない。
そして、今現在。この定例会議。学生達に被害が出ることは私にとって最も避けなければならないことである。その為に今回の定例会議を利用した。
「資料は渡りましたね。各自確認のほどをお願いします。これ以上ございませんのでしたら、本日の定例会議を終了いたします。」
側近は淡々と話しながら会議の終了を告げた。
「あぁ、命術科副学科長ユウナ=シャルティエト。会議終了後、理事長の元へお越しください。」
急に自身の名前を呼ばれた彼女はビクリと肩を震わせた。あれ、私、何か悪いことしたっけな? そんな感じの顔だ。急いで立ち上がると、受け取った資料を胸に抱え、パタパタと足音を立てるように最奥にある私の席に向かって走り出した。
「私めに何か御用でしょうか。」
「えぇ、今回の賊の件、ちょっと厄介なものでね。あなたの意見を参考にしたいのです。」
怒られる事が無いと分かった彼女は安堵した様子を見せた。心なしか彼女の肩の力は抜けたように見える。
「セラ、あなたは席を外してもいいわ。」
セラと呼ばれた側近は理事長に一礼し席を外した。周りを見渡すと私とユウナの二人だけになっていた。ふぅ、やっとこの緊張を解くことが出来る。後ろに纏めていた髪を解き、私はフルフルと首を振り髪を広げた。
すると、資料を机の上に置いたユウナは自前のブラシを取り出し私の髪をとかし始めた。
「本題に入っていいかな? 警備兵からの報告によると、あまり聞かない術を使うみたいなの。炎に包まれる術みたいなのだけど。」
「自分自身に?」
「そう。」
うーんと唸り、彼女は思考を巡らせる。ブラシの動きが少しだけゆっくりになった。
「確かに、”ファイア・オーラ”のように火炎の命力を纏う命術はあるわ。ただ、火炎の命力を纏う行為は非常に危険よ、なんせ命に関わるからね。」
そして彼女は言葉を続ける。
「他に”ヒート・エフェクト”みたいな一時的に熱波を拳に纏わせたり、”ファイア・エンチャント”のように剣に炎を付与することも出来るわ。でも、全身に纏うことが出来ない。」
「でも、警備兵の報告によると、炎に包まれたまま襲ってきたとか。」
「つまり、何か別のもの。」
二人は黙りこくった。そして、ブラシを動かすは完全に手は止まっている。
「
ボソリと、彼女は呟いた。
「成程ね。可能性はあるね。」
「と、なると……厄介なことになりそうね。」
そう語る彼女にも、その紋章は刻まれているのだ。
おとぎ話と言われ伝えられる聖女リフェルの話。彼女は最初に天へと昇り、人から神になった最初の人間とも伝えられている。その話の中で彼女は非常に特殊な血を持っていたことが語られている。彼女の血を啜ると、たちまち怪我、病気、ありとあらゆる不調から回復する。しかし、その血を啜ったものの体の一部に紋章が刻み込まれ命術とは似通っているが違う術を扱うことが出来ると。そのおとぎ話の序盤では”悪魔の刻印”と書かれ、魔女とされ迫害されたのだが。旅をし、ありとあらゆる人を救い続け、その先で彼女は”聖女”の称号を得て、その紋章の名前も変わったと言う話だ。
言ってしまえば、聖女リフェルの血を受け継ぐ者の証と考えられている。
「ユウナちゃんありがとう。また、何か分かったら連絡するね。」
「私で良ければいつでも相談に乗るよ。」
髪をとかし終わり、彼女は私の肩にポンと手を触れた。そして、私の横に立ち笑顔を見せた後、机の上に置いた資料を手に取り彼女は一礼し会議室から出て行った。
会議室には私一人。彼女にといてもらった髪に手を触れた。普段ウェーブがかかっているが、多少はクセが取れサラサラと流れる。
如何に彼女が頼れる存在だからと言って、何でもかんでも頼りっぱなしと言うのも女王の立場として思うところがある。なんせ彼女は…
それに、彼女の目的はもっと別のところにある。その間の息抜きとして今の立場を与えたのだ。普通の人として、ただの人として。だから、やっぱり、今回は、今回こそは私達で何とかしたい。でも、対応できるのか。
今回のケースは普通の命術師で何とか出来るのだろうか。過去にこのようなケースはあったか、いやあった、ただこのケースも彼女が解決したのだった。その時に記録は……三十年前か。と、言うことは参考にならない。なんせ、賊ではないことは既に理解しているから。ならば、ほかのケースはあっただろうか……
思案を重ねるごとに、浮き上がるのは今まで解決したことが無い課題と、手探りで解決策を探さなければならないという現実。何度も何度も考察を重ね続けた。そして、考えるごとに、自分たちで対応できるのか更に不安になり、そう思うごとにため息が漏れていた。
あぁ、私、お父様みたいに立派な国王なのかな。
賊が現れる度に私は憂鬱な日々を過ごしている。
天を仰ぐと、きらびやかなシャンデリアが部屋を照らしている。そしてその光は私に深い影を与える。この影は、私の心が持つ不安が象ったものなのかもしれない。
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