Lec.1-4 二度目の新生活

 朝の日差しが差し込む。その日差しは真っ直ぐに僕の目に差し込んだ。

小鳥の囁きが聞こえる。朝か、でも、始まったばかりの新生活は終わりを迎えた。先日深夜の火事により、炭となり崩れ落ちた。

薄っすら開いた目で、見慣れぬ壁を一瞥し、改めてその現実に落胆した。それと共に、僕の視線は自然と下を向いていた。

「これからどうしようか。」

深い溜息を吐いたときに、膝の上に違和感があることに気付いた。まだ、眠気が強く目が開かない。しかし、先日無かったものが僕の膝の上に横たわっていた。

先生が僕の膝を枕にし、足を投げ出しソファの膝掛けへ、気楽に仰向けで寝ている。スゥスゥと寝息を立てる度、その胸に実ったたわわな果実がふるふると揺れる。緩めのパジャマを着ているせいでその双丘の谷底を覗かしてしまっている。瑞々しい白桃のような艶めかしさに、男の本能が揺さぶられ、視線が離れない。

いかん、ここで手を出したらアイツと一緒じゃないか。心で精一杯の自制心を奮い立たせ、瞳を閉じ、天井を見上げた。しかしながら、一瞬でも移ったその光景は頭の中にしっかりと刻み込まれなかなか抜け出すことは出来なかった。


 最大の自制心が何とか勝った。念のため深呼吸をしたのちに、再度目を見開いた。すると、僕の顔を覗き込んでいる少女の顔が間近にあった。あれ、ユウナ先生? でも、髪の色、瞳の色が少しだけ濃い。

少女は僕の顔を見て、にっこりと満面の笑みを浮かべた。

「おはよーごじゃいまーすっ!!」

開口一番、朝一番としては最大音量の挨拶で、僕はびくりと体を震わせた。

「お、おはようございます。」

すると、膝の上から重みは消えて、隣で目を擦りながら体を伸ばすユウナ先生がいた。

「おあよう、ごじゃい、まひゅ…」

先週のお昼の時と同じく、寝起きは全然駄目なようだ。まだ開かない目をこすりながら、彼女はゆったりと移動をし始めた。彼女が扉の向こうに消え暫くした後、キュッと言う金属音、シャーッと勢いよく流れる水音が響いた。

「セーネ、悪いんだけど私の部屋から着替えを取ってきてほしいな。」

「はーい。」

セーネと呼ばれた少女は、扉から勢いよく出ていき、パタパタ足音を響かせながら勢いよく階段を駆け上った。娘さんかな? 顔も非常に、と言うか全く同じ顔だったしな。

どうやら、着替えを持って行ったらしくまた、パタパタと駆け足で僕のいるリビングへ戻ってきた。彼女は僕の前に立ち、ソファの隣に座る為にクリルと半回転し、ヒラリとスカートを舞わせソファに座った。

「お兄さんはどちら様ですか? お姉ちゃんのお友達?」

お姉ちゃん、いったい誰のことだろう。

「えっと、僕はユウナ先生の教え子で」

そう言ったところで、手を胸の前に合わせ彼女の笑顔は花咲いた。

「わぁ、お姉ちゃんの教え子さんなのですね。」

「ま、まぁ。」

お姉ちゃんって先生のことだったのか。え、姉妹? 余計に訳が分からなくなってきた。

「それで、どうして我が家にお出でなさったのです?」

「それは昨日、僕の家が火事で」

言いかけたところで、頬に冷たいものが走った。

「何か私、聞いてはいけないことを聞いてしまいました?」

「え…」

慌てふためく彼女の様子を見て、僕は焦った。頬を伝ったものが気になり、頬に手を当てると指に雫が。涙。泣いていたのか僕は。心配する彼女はなだめようとするものの、涙は僕の意思と無関係に流れ続ける。

「仕方ないよ。自分でも気付かずに傷付いてしまっているもの。」

シャワー室から出てきたユウナ先生はそう言う。

「自分の居場所が突如無くなったのだもの。あなた自身の心の整理がつかないままの今だからね。」

「お姉ちゃん、私どうすればいい?」

「ギュっとしてあげて。」

間髪入れずに彼女は正面から僕を抱きしめてきた。その行為に僕は最初戸惑い、どうすればいいのか分からなくなっていた。しかしその温もりに触れたお陰か、自然と涙が止まり、心に残ったモヤモヤも晴れた気がした。


§


 一先ず落ち着いた頃、ユウナ先生が朝食を準備してくれた。

小皿に乗ったレタスとミニトマトのサラダ、オレンジジュースにハチミツ掛けのフレンチトーストだ。黄金色の食パンに適度な焼き目にほのかに甘い香りがして食欲がそそられる。

向かい側のソファにユウナ先生とセーネが並んで座っている。改めて二人の顔を見比べると同一人物じゃないかと思うくらい顔立ちが似ていた。傍目からから見ると姉妹にしか見えないよな、と思いながらぼんやり二人を眺めていた。

「口に合わないかしら?」

「あ、いえ、いただきます。」

何一つ手を付けていなかった僕に気付いたらしく声をかけてきた。二人を観察していただけなんて言いにくい。フレンチトーストをナイフで切り、フォークで口に運んだ。

「あぁ…おいしい。」

普段は先日の残り物や、チョコ菓子などを口に投げ込んで朝食を済ませていた。そのため、まともな朝食は本当に久々で、傷付いた僕の心に優しく染み渡っていった。隣のサラダは軽く塩を振り口に入れ、その後オレンジジュースを口に運んだ。僕は夢中になり次々と口へ運んで行った。

「ご馳走様でした。おいしかったです。」

「お粗末様です。」

流石に何でもかんでもしてもらうのも悪いと思い食器の片付けをしようと立ち上がったのだが、セーネ嬢に「これ、私の仕事だから。」と一言、そのまま台所へ運ばれてしまった。何だか遣る瀬無くなったため、そのまま座った。

「カレル君、今後のことなんだけど。」

「はい。」

「暫く、次の住む場所が見つかるまで家で生活したらどうかなって。」

「え」

思いがけない言葉に僕は言葉が詰まった。

「住む場所探すのにも時間かかるでしょ。理事長も”学生に何かあったときは、学生のためになるよう現場判断で対応願います。”と言いつけられているから何も気にしないで。」

何だか、何か起きること前提の話しぶりだと感じた。しかしながら、この提案は非常にありがたかった。今の僕は、見知らぬ土地で何も無くなり路頭に迷うところだった。そんな中、このような対応をしてくださったことに、僕は感謝してもしきれない気持ちでいっぱいだった。

「本当にありがとうございます。」

深く頭を下げ顔を上げた時、彼女は優しく微笑んでいた。


「流石に事の成り行きだけは説明しないとだから、私は理事長のところに行くね。お昼までには戻ってくるから。」

 そう言うと、ゆったりと玄関へと歩き出した。

「そうそう、今の手持ちは財布だけだよね?」

振り返って彼女は聞く。

「はい、そうです。」

「その辺も何とかしてもらおうか。」

顎に指をかけボソリと一言呟いたときには彼女の後姿は部屋の外へと消えていた。

さて、自由にしてもいいと言われたら言われたで何をすればいいのか分からなくなるのは人間の性。それに、何でもかんでもして貰ってばかりも非常に申し訳ない。では、僕にできることは何かあるだろうか。

「何か悩み事?」

食器洗いを終えたセーネ嬢がリビングに戻ってきた。

「悩みではないんだけどね、ここに住まわせてもらっている間、何か出来ることないかなと思ってさ。」

「出来ることか…」

うーん、と悩みながら彼女は足をバタつかせていた。見た目は落ち着いたユウナ先生と同じなのに、一挙手一投足が子供の動きをしているので非常にギャップを感じている。

「お兄ちゃん、料理できる?」

「料理? 簡単なものなら。」

さっき食べたフレンチトーストを思い出す。甘くて非常においしかったのに何故なのか。

「お姉ちゃん、実は料理が得意じゃないって言ってるの。」

彼女も首をかしげながら言葉を続けた。

「お菓子や甘いものを作るとすごいおいしいのだけど、普通の料理を作る時も甘くしてしまうんだって。」

いや、そんなことないやろと心の中で突っ込みを入れ、愛想笑いを浮かべた。

「信用していない顔だね、昨日のホワイトシチュー食べてみる?」

そう言うと、冷蔵庫、と言っても最近数を見なくなってきた”氷蔵箱”から昨晩の残りのホワイトシチューを取り出した。パッと見た感じ、ごくごく普通のシチューだ。匂いをかいでみたものの、違和感は感じない。渡されたスプーンで一口分をすくい口へ運んだ。

「あっっっっま…」

口に含んだ瞬間、芳醇な甘さが広がり想定外の味だったため飲み込むのに少し時間がかかってしまった。ホワイトシチューから明らかに練乳の味が漂ってきた。

それを確かめるために冷蔵庫を開くと、当たり前のように練乳のチューブが鎮座しておいでた。しかも五本の予備も含めて。

「因みに、セーネ…さんは大丈夫なの?」

「セーネでいいよ。私は大丈夫、でもお兄ちゃんは大丈夫じゃなさそうだね。」

「あははは…」

乾いた笑いしか出なかった。でも、ここにいる間の僕に出来そうなことは分かった。

「それじゃ、お昼を作って待っていようか。」


§


 アランド王国の首都、王都アランドの中心に存在する王宮ランベルハム。ここは初代国王の時代から再建に再建を重ねながらも場所を変えずに鎮座し続けている。そこにユウナは向かっていた。

「女王陛下はいらっしゃいますか?」

「はい、本日ご公務の予定はございませんよ。」

「では、陛下への謁見をお願いしたいのですが。」

手を胸の前で合わせ彼女は笑顔で答える。

「そのまま入っていただいて結構ですよ。現在、執務室においでかと思いますのでご案内いたします。」

「分かりました、ありがとうございます。場所は分かりますので、一人で大丈夫です。」

そう言うと彼女は軽い会釈の後、王宮へ入った。

「やっぱ可愛いよなー。」

「分かる。」


 あの頃から何度も入っている王宮の中はさして代わり映えはしない。そうであったとしても、清潔に保たれた王宮内、色あせない装飾、深紅のカーペット、それらはこの王宮のシンボルであり替わり映えしてはいけないものだとユウナ自身も感じている。

顔馴染みになっている衛兵に会釈をし、掃除をするメイドに笑顔で手を振り、彼女がいる執務室へ向かった。


 コン、コン、コンと三度のノックをした。中からどうぞとの声が掛かったので大きな扉をゆっくりと開く。

執務室の最奥にピッシリとしたスーツを着込んで、書類と格闘している獣人族の女性がいる。鋭い目つきで書類を確認している。

「セレス、お仕事中ごめんね。」

声をかけると同時に、頭部にある猫耳がピクリと反応する。声の主を確認し顔を上げる、さっきまでの獲物と対峙する鋭い目つきから一変して真ん丸になった瞳でユウナを視線で捉えた。

「ユウナちゃん、どうしたの珍しく朝早くから来ちゃって。」

スッと立ち上がり椅子に隠れていた尻尾がピンと上向きになる。そして、パタパタと駆け足で彼女の元へと歩き出した。

「先日の深夜にあった火事の件で色々と相談したいことがあって。」

執務室内にあるソファにユウナは腰かけた。そして、セレスと呼ばれた女性も向かいのソファに座り、ユウナと対峙した。

「あぁ、あの火事ね。一応耳にはしているわ。」

セレス=ウォード=アランド。彼女はアランド王国の女王であり、王立セレスティア学園の理事長をも務めている。本来、獣人族はほかの種族よりも強い肉体を持つが、考えることが非常に苦手であるとされている。しかし、彼女は非常に高い知性を持つとともに、編纂されていなかったアランド史をまとめ上げる為に研究機関を作るなど、勉学に対して深い思慮を持つと言われている。そのため、同族からは「同じ種族の者と話している気がしない。」と言わしめる程の評価を受けている。歴代国王としても特殊な”智の女王”の二つ名を与えられていたりする。

ユウナに負けない大きさを持つバストを下から抱えるようにして腕を組む。

「その件で何か問題でもあったの?」

彼女はユウナに問いかける。

「えぇ。二人とも命術科の学生なのだけど、一人は放火犯になってしまって、もう一人は家で匿っている。」

「成程、犯人となった学生の処遇と、被害者の補助ね。」

セレス女王はうーんと唸り考え込む。ライオンの獣人族であるが故に威嚇しているようにも聞こえる。

「犯人の子に関しては警察持ちにして可能な限り学生復帰できるよう善処するわ。あと、被害者の子だけど、学生生活を送るために必要なものを整えてあげて。」

「ありがとう、きっとそう言ってくれると思ったよ。」

満面の笑みでユウナは答えた。

「授業料のほかに、保健として幾らか取っているじゃない。あれを使いましょ。学生保険。」

この学園を作った際に、彼女が第一に考えたことが”学生を大切にする。”だった。その結果生まれたのが学生保険。有事の際に学生たちを支援する為の保険制度で、学費からごく一部を当てている。基本的に理事長である彼女の承認が必要なのだが、彼女は二つ返事で了承する為、問題があったら相談すれば何とかなるというのがこの学園の常識になっている。

「分かったわ。必要な手続きは私が進めておくから。」

「と言うことは、書類が少々増えるわけね。」

と、肩から力が抜け落ちるように落胆を全身で表している。

「カップケーキ作ってあげるから、ね?」

「うん、ありがと。」

さっきまでの威厳が何処か吹き飛んだように、泣きべそをかきそうな弱弱しい声でセレスは答えた。

執務室を後にしたユウナは王宮内のキッチンへ向かい、彼女の為にカップケーキを六つ焼いた。執務室について、ユウナが一つ食べきるころには、セレス女王は五つのカップケーキを平らげていた。彼女曰く、「書類と戦っている時には甘いものが欲しくなるのよ。甘い物は頭の加速剤ってね。ユウナちゃんのは特別よ。」とのこと。その後軽い談笑している内に、お昼を迎えていた。

じゃあ、またねと。ユウナは手を振り執務室を後にした。


§


 お昼を迎える頃、僕はキッチンで格闘していた。冷蔵庫にあるものを確認し、ひき肉、トマト、玉ねぎ、固形ブイヨン、ニンニク……決定打の乾燥パスタ。

「よし、ミートソーススパゲティ作るか。」

そう思いたったのが、約三十分前。煮込んだミートソースの味を調整しているところだ。ソース、砂糖などを少しづつ加え好みの味になるよう整えていく。いい香りがしてきた。

一口分を小皿に取り、セーネに渡してみた。

「どう?」

「うん、おいしいよ。」

「なら、よかった。」

彼女の笑みを見て安堵した。後は、ユウナさんが帰ってきたらパスタを茹でよう。小さめの鍋いっぱいに入ったミートソースを焦げ付かせないよう丁寧にかき混ぜ、いい具合になったので火を消した。

バタンと扉の開く音がした。

「あら、いい匂い。お昼作ってくれたの。」

「お疲れ様です。今、パスタを茹でますので。」

そして八分。パスタが茹で上がるとさっと皿に取り分け、出来たばかりのミートソースをたっぷりとかけた。

「いただきます。」

クルクルと巻き付くスパゲティに適度にミートソースが纏わりつく。口に運ぶといつも食べているミートソースの香りが口いっぱいに広がった。ただ、自分が作った料理を他人に食べてもらうなんて初めてだから少々緊張している。ユウナ先生がスパゲティを口に運ぶまですごくドキドキしていた。

「カレル君、さっき言ったことで一つ訂正してもいいかしら。」

「はい。」

何だ?

「さっき、次の住む場所までここに住んでいてもいいって言ったじゃない。」

何だか不穏になってきた。何か、怒らせてしまったのか? 手汗が出てきた。

「訂正させて。あなたが卒業するまで、家にいてもいいよ。いや、居てください!!」

ん?

彼女は勢いよく頭を下げた。目が点になるってこういう事なんだろうな。思考が完全に止まった気がした。

「もう聞いちゃったと思うけど、料理、ずっと苦手でね。その、私の代わりにご飯作ってほしいなって。」

彼女はモジモジと恥ずかしそうに言葉を続ける。横で見ているセーネ嬢も困惑気味の表情だ。

「えっとね、ここなら家賃掛からないよ。えーと、あの、その。ね、ほら。」

言葉が詰まり始め、徐々に顔が赤くなっているのが見て取れる

しかしながら、僕としてはこの上ないありがたいお誘いだ。こんなこと言われるとは思ってもなかったけど、答えなんて一つしかない。

「僕で良ければ喜んで。」

「ありがとう。早速なんだけど、今晩何にしよう?」

僕の二回目の新生活はここから始めてもよいみたいだ。


§


 その後、僕は二階にある使われていないゲストルームに招かれた。中はベッドと布団、カーテンに、空のクローゼットだけだ。何もない部屋。始めてアパートに入室した時のことを思い出す。

「これだけじゃ、色々と寂しいでしょ。今から買い物に行きましょ。」

僕は言われるがままにユウナ先生に攫われた。


 歩いている途中、理事長から提案された学生保険を利用して家具や生活用品、あと衣類などを揃えていくと聞いた。また、焼けてしまったに関しては、教科書は余りがあるらしく明日それを探しに行くそうだ。

そして、いくつかの店を周った後、最後の目的でもある服を購入しに来たのだが。

「ユウナちゃん、次これ着てみて。」

「あの、一体いつまでやるんですか。」

更衣室に次々と送られるあまたの衣装。それを嫌々とはいえ着ていくユウナ先生。完全に着せ替え人形として店員に弄ばれている。横目でちらりと見てみるとフリルが大量についたゴシックドレスやロリータファッション、挙句何処からともなく持ち込まれたメイド衣装など、普段絶対に着ないような服ばかりをチョイスしているのが見て取れる。

今日、午後から彼女と歩き回って色々と分かった気がした。彼女は男女問わず何か引き付ける魅力があるようだ。性格なのか、立ち振る舞いなのか。きっとそれ以外の僕の知らないこともあるのだろうか。至る所で捕まる彼女の姿を見て僕はそう感じていた。ただそれは、周囲にプラスの影響を与え続けているのは間違いないだろう。笑顔しかり、こうやって遊ばれているのもしかり、彼女は周囲に笑顔をもたらしている。

「先生、僕のは選び終わりました。」

「いや、私の分、買うつもりないのだけど。」

更衣室から出てきた彼女は、薄いブルーのラインが入った高等科の学生服を着ていた。

「折角だから、それ持って行っていいわよ。」

「私もうそんな年齢じゃないですって。」

「いいじゃない、似合っているから。」

顔を真っ赤にして反論するものの、ここの首領ドンは軽く受け流し彼女にその衣装を押し付けた。先ほどまで着ていた服は、ご丁寧にも畳んでカバンの中に入れられていた。それ着て帰りなさいだなんて言っているようだ。


 赤い夕日が沈むころ、僕たちはようやく帰路に就くことが出来た。時間がかかったのは言うまでもなく、服屋での着せ替えである。

「家具に、衣類、カバンと筆記用具は買うことが出来た。後は教科書さえあれば何とかなるだろうか。」

指を折りながら今日の達成したものを確認していく。貿易の町であるため、各国の品々が簡単に手に入ることが魅力的だ。何より、ユウナ先生の顔の広さもあってか、大抵の店では割安にしてくれたりと、非常にありがたかった。

しかし一方で、押し付け同然で着せ替えられて、そのまま外に放り出されたためか元の服に着替える事も出来ず、隣で顔を赤らめ俯いている。

「先生、明日は教科書お願いしますね。」

「……うん。」

店員から渡された、元の服を詰め込んだカバンでさらに顔を隠した。

「先生、その制服似合ってますって。可愛いじゃないですか。」

「か、か、かわっ」

急激に耳が赤くなったのが見て取れる。

「か、可愛いってなんだ。これでも年上なんですって!!」

顔真っ赤にして怒っているのだがそれがまた可愛い。女子学生たちが愛でたいと感じた理由が今の僕なら理解できる。

「しかもこれ、うちの高等科の制服の試作品じゃない。もう何回も着てるよ私。」

頭から湯気出ているような感じだ。そして、またもカバンで顔を隠している。

後で聞いたことなのだが、この学園を作る際、制服のモデルをやったのがユウナ先生だったとのこと。流石に初等科は別の子を呼んだのだが、中等科、高等科の女性物は全て彼女一人で試着したとのこと。何より、理事長が一番楽しんでいたらしい。

「私、チンチクリンじゃないもん。」

彼女は口ごもった。はち切れんばかりの胸元に視線をやって「いや、それはないでしょ。」と思ったが、強く反論されそうなので心に閉まった。


 こんな何気ない話をしている途中、道の脇に書店が見えた。

「先生、ちょっと書店寄ってもいいですか?」

「早くしてくれるならいいけど。」

僕は愛想笑いしかできなかった。しかし、ここで買うものは決まっていた。料理本。実家では多少なりとも料理はしていた。例えそうだとしても、この二週間生活してみてわかったことは、自分のレパートリーの少なさだった。一人暮らしなら左程気にすることは無いかもしれないが、これから一緒に過ごす事になると、手数が多いほど良いというものだ。

真っ先に目に入ったのが、「カンタン!男の手料理」と言う本だ。最初はこれでいいだろう。直ぐに会計を済ませ外に出るとまだ、カバンで顔を隠している先生の姿があった。傍から見ると本当に高等科の生徒だな。だけど口にしたら怒りそうだ。

「お待たせしました。早く帰りましょう。」


 トラブルはあったものの、僕は再度学園生活を歩むことが出来るようだ。

確かに失ったものは多い。それでも、僕は僕の為に前に進もうと決めた。だから、今二度目の新生活に舵を切ることが出来た。それは間違いなくユウナ先生のお陰だ。

感謝の気持ちを胸に、僕はこの命術科で努力しようと誓った。

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