第3話 異邦人との再会
俺が異世界転生してから、1ヶ月が経とうとしていた。あれから、職業斡旋所の職員に言い渡されたのは、
就労時間は8時間まで、なんて規定が仮にでもある現代日本と違い、1日10時間は普通、悪いときは1日16時間も働かされて、終わる頃にはくたくただ。工場は煙で臭いし、空気も悪い。そういえば、産業革命後の労働者の処遇があまりにもひどいという話を歴史の本で読んだ覚えがあるけど、こういうのだったのだろうかと実感する。休みが週1日あるのは幸いだろうか。
今日も仕事を終えたばかりで、周りは真っ暗だ。このまま家に帰ってもいいけど、明日は休みだし、酒場にでも繰り出そうか。この国の文化がまだ全然わからない俺にとっては、周りになんとなく話しかける勇気すらないけど、それでも、蒸留酒を飲みながら、周囲の人々の愚痴を聞いていると、少し落ち着く。
そして、酒場に向かった俺だが、扉を開くと、普段と違う顔がいるのが目につく。金髪碧眼はこの国では決して珍しくないけど、手には何も持たず、カウンター前でおろおろとして、どこか戸惑っているようだった。そして、女性。歳の頃は20くらいだろうか。見てみぬ振りをしても良かったけど、その様子にどこか彼女を思い出して、声をかけてみる。
「ええと、どうかしましたか?」
おそるおそる彼女に声をかけてみる。
「その。実は、酒場は初めてなんですが、どうすればいいのかわからなくて」
少し恥ずかしそうにそう告白する彼女。
「それだったら、代わりに注文してきますよ」
そんな事を思ったのは、誰かと交流したい、そんな思いの現れなのかもしれなかった。
「いえ、そんな悪いですよ」
「いいから、お気になさらず」
蒸留酒をカウンターで注文して、硬貨と引き換えに受け取る。
「はい、どうぞ」
蒸留酒の入ったコップを彼女に差し出す。
「何から何まで。本当にありがとうございます」
そう言って、ぺこぺことお辞儀をする彼女は、どこかこの国の人間ではないような感じがした。転生してから知ったことなのだけど、そもそもこの国にはお辞儀をする習慣がない。
「いえいえ。これくらい当然ですよ。ところで、ひょっとして別の国から?」
何気なく聞いた言葉だけど、彼女は目を大きく見開いて、驚いた様子だった。
「実はそうなんです。でも、何故?」
「ここでお辞儀する人なんて、そうそう見かけませんから」
「ああ、なるほど。言われてみればそうですね」
しまった、というように恥ずかしそうに笑う彼女。
「よければ、事情を伺っても?」
詮索しすぎかもしれないけど、少し彼女の事情に興味が湧く。
「実は、家族で最近この国に移り住んだばかりなんです。ですから、この国の作法が色々わからなくて……」
と恥ずかしそうに告白する彼女。
「それは大変ですね。実は俺もなんですよ」
国どころか世界が違うのだけど、似たような事情を抱えている彼女に親近感が湧く。
「あなたもなんですか?」
「ええ。俺の場合、転……出稼ぎに出てきているんですけど。街は煙臭いですし、工場も重労働で、大変ですよ。休みも週1日ですし」
言ってから、そもそもこの世界では週休1日なんて普通かもしれないと思い直したのだけど。
「私もなんですよ。製糸工場で働いているんですけど、朝から晩まで馬車馬のように働かされて。休憩時間も少ないですし、ほんと、ブラックですよね」
共感するものがあったのか、愚痴をもらす彼女。しかし、その中に気になる単語があった。
「ええと。ブラック、ですか?」
ブラック企業、なんて用語は現代日本特有の造語のはずで、この世界の人々が使っているとはとても思えないのだが。いや、ひょっとしたら、自動的に、ブラックと翻訳されているのかもしれない。
「すいません。過酷な労働を意味する、私の国の言葉でして……」
そう慌てて弁解する彼女だけど、俺には一つ別の可能性が思い浮かんだ。ひょっとして、この人も転生者では?
「初対面で失礼ですが、お名前を伺っても?」
確か、転生者は転生前の名前をそのまま使っているはず。
「ヨーコ。ヨーコ・タカシマといいます。ちょっと変わった名前ですよね」
てへへ、と言う彼女だけど、俺はその名前にとてもよく覚えがあった。
「ええと。本当に、
信じられないことだけど、そう考えるしか無いように思う。
「え?孝介君?なんでここに?死んじゃったんじゃないの?」
心底びっくりしたように、大声で叫ぶ彼女。
「ちょ、声大きい」
「あ、ごめん。それで、本当に孝介君なの?見た目全然違うけど」
ぺちぺちと頬を叩かれる。
「それ言ったら、陽子もだろ。金髪だし、背が伸びてるし」
「孝介くんも、こんなイケメンじゃなかった……!」
「どさくさに紛れてディスらないで欲しいんだけど」
話している内に、見知らぬ異世界にいる不安はすっかり消えていた。
「なあ、現状整理したいし、続きは家で話さないか?」
「家って、エッチなこと?その、いいんだけど、身体洗ってからがいいな」
頬を赤らめて、嬉し恥ずかしな彼女は、日本に居たときと全く違う容姿だけど、とてもかわいくて……じゃなくて。
「そうじゃなくて、そもそもお前が転生した経緯とかも知りたいしさ」
「あ、そういうこと。私も、孝介君がなんでここにいるのか知りたい」
というわけで、俺の狭い家に案内することになった。
そして、彼女から聞かされた事情は単純で、俺が亡くなった後茫然自失になっていて、赤信号なのに渡ったところを車に轢かれたらしい。
「2人揃って、交通事故で死ぬとか笑えないな」
そう言いつつも、不思議と心は穏やかだった。
「だって、ほんとに悲しかったから。もう、ずっと会えないんだなって……」
俯いて言う彼女の声は重苦しくて、どれだけしんどかったのかを物語っている。
「あ、そうだよな。すまん」
「ううん、いいの。また、会えたから」
涙ぐみながら、言う。こんなに想われていたのだなと思うと、嬉しくなる。
「これからどうしようか。毎日毎日、馬車馬のような工場労働は正直息が詰まる」
再会できて嬉しいし、それだけでも心はだいぶ軽くなったのだけど、これからの事を考えないと。
「孝介君、肉体労働苦手だったもんね」
クスりと笑う陽子。
「それはおいといて。陽子は大丈夫なのか?」
「お仕事は辛いけど、ご飯が美味しくないのがもっと辛いよ。生理用品もないし」
「飯、ほんとまずいよな」
カップラーメンとかハンバーガーとか、ジャンクフードと呼ばれていたものがどれだけ美味しかったか、今更ながら思い知る。
「俺たちただの労働者だしな。どうしたもんだか」
「でも、2人で知恵を合わせればなんとかできないかな」
「そうだな。なんとかなるか」
異世界でたった1人だったのが、2人、それも1番大事な人と出会えたのだ。きついことがあってもきっとやっていける。
「ね、凄いことに気がついちゃったんだけど」
何か閃いたらしい。
「なんだ?」
「ひょっとして、私達以外にも、こっちに転生してる人いるかも」
「ああ、そういえば!」
こうして、陽子もこっちに転生してきているのだ。他にも、ひっそりと生きている元地球人は居てもおかしくない。
「希望が湧いてきたな」
「うん。他にも転生した人に接触すれば、何かできそうな気がするよ」
「科学者とかそういう人も居るかもだしな」
憂鬱な毎日を過ごすのかと思っていたけど、希望が湧いてきた。
「よし、俺達の門出を祝して乾杯しよう」
置いてあった蒸留酒を開けて、木のコップに注ぐ。
「なんか、すっかり元気になっちゃったね」
朗らかに言う陽子。
「お前もだろ」
「そうかも」
「何に乾杯しようか」
「決まってるよ。私達の再会に」
「あ、そうだったな。それじゃあ……」
「ただいま」
「おかえり」
そうして、俺達は異世界での再スタートを切るのだった。
✰✰✰✰あとがき✰✰✰✰
初めて異世界転生ものを書いてみたのですが、いかがだったでしょうか。
実は続きを長編で書いてみたいという気持ちがちょっとあったりするので、もし続きを読んでみたいという方がいれば応援コメントなどいただければ幸いです(この短編が面白いと感じられる出来なのか自信がないので、続き読みたいって人が少数でもいるようだったら、長編にしてみたい気持ちです)
異世界転生者の憂鬱 久野真一 @kuno1234
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