第12話
その日の夕方、学校からだれもいない家に帰ったツミキは、いつもどおりまず自分の机のイスにこしかけた。ママがパートから帰ってくるまでに宿題をかたづけようと思ったのだが、その日にかぎって宿題はなにも出ていないことに気がついた。
そこで本を読むことにした。すぐにあの本のことが頭にうかんだが、あの本は、もうひらくことがないように、ゆうべのうちにブリキの箱の中に入れてカギをかけ、押入れの奥におしこんである。そこで、本だなにたてかけてある読みふるしの本を手にとってみた。けれども、どの本の内容も頭にはいらない。どうしてもドラゴンにつれさられたルチア姫のことが気になってしかたがなかった。
――きっとルチア姫は、ミゲルが助けに来るのを待っているにちがいない、という思いが頭のかたすみからはなれなかった。けれども、ミゲルがどんなに強いといっても、しょせん中身はツミキである。ふつうの小学6年生の女の子なのだ。
と、考えれば考えるほど、ルチア姫のことは心配なのだが、ツミキの心はすっかりおじけづいてしまい、いつのまにかそんな自分をごまかすためのいいわけばかりをさがしていた。
(だいたい、本をひらかなければ、きっと物語はあそこで終わったままなんだ。そう、本をひらいて、本の中にあたしがとびこまなければ、物語のつづきははじまらない。ルチア姫は助けられもしないけど、ころされることもきっとない。それにこれは――本の中のお話。あたしには関係ない。もう、あの本さえあけなければいいんだ!)
しかし、机のひきだしの中にしまっているカギが頭の中でチャリーン、チャリーンと鳴っているような気がした。
あの日、丘の上にあるお墓をおとずれたのはけっしてぐうぜんではなかった。ツミキはなにか目に見えない力にひっぱられたような気がするのだ。そういえば、カギを見つけたときにもふしぎな声を聞いたこともおもいだした。もしカギに何かの力がやどっているのだとしたら、そしてそれがルチア姫の思いなのだとしたら、ルチア姫は自分に助けをもとめるために、あの場所に自分をよび出したのかもしれないと思った。
そこでツミキはもう一度あのお墓に行ってみることにした。
外は雪がふりそうなほどさむかったが、ツミキはジャンバーもはおらずに丘の上にむかって、ほそい坂道とそれにつづく階段をかけのぼった。
休むことなくかけ続けたのでお墓についたときは息がきれていた。
カギをひろったお墓の方向に歩くと、人の声がきこえた。つごうの悪いことに、ちょうどめあての墓の前にその人たちはいた。その中に髪の長いすらっとした女の子がいる。それはクラスメートのカナミとその家族だった。
ツミキは、できればカナミたちと顔をあわせないようにしたかったが、ちょうどお墓まいりを終えたところだったらしく、そこを立ちさろうとしてふりかえったところで、カナミ本人とはちあわせになった。
「ツミキちゃん、どうしたの?」
カナミは自分の家のお墓の前でボーと立っているツミキをみつけてふしぎそうにした。
「ちょっと……」
なんて言えばいいのかとまどいながら、頭の中では自分の身にたて続けておきたふしぎなできごとを思いかえしていた。
「じゃあね、ツミキちゃん」
ツミキがなにも言わないので、カナミはすでに先をあるいている家族のところへ行こうとした。
「あの、待って。ここってカナちゃんの家のお墓……?」
カナミは足をとめ、ニコリと笑った。クラスでいちばんの美人といわれるだけのことはあり、おなじ女子の自分から見ても、ドキドキしてしまうぐらいにほんとうにかわいい。
「そう、今日は去年なくなったおじいちゃんの
そこで「小西家の墓」ときざまれたお墓を見た。カナミの名字も小西だった。
「あの、このお墓は……?」
ツミキは足もとにある小さなお墓をゆびさした。ここにもお花と
「ああ、これ?これはずっと昔に死んだ女の人のお墓みたい。
「ふーん、その人、なんて名前か、知ってる?」
「しらないよ。だって大昔よ……でも、パパなら知ってるかも。パパ!」
そういうとカナミは父親のところに走っていった。そしてすぐにもどってきた。
「わかった。これは、さん・たるちあさまのはか、ってかかれているんだって」
「さん・たるちあさま?」
ツミキは、そう口にしたとたん、カナミの言い方がおかしいことに気がつき、ハッとなった。正しくは、さん・たるちあ、ではなく、さんた・るちあ、であると。
(まさか、ルチア姫のお墓?)
お話の中の、しかも外国のお話の中の人のお墓がこんなところにあるわけないと思いながらも、この数日のあいだ、自分のまわりでおきたさまざまなできごとを考えると、やはり、あの本の世界とこの現実の世界は、このお墓をとおしてつながっているように感じられるのだった。
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