第11話
「ツーちゃん、カゼひくわよ」
をゆさぶられたので目をさますと、そこは自分の部屋だった。机の上で本をひらいたままうつぶせにねむっていたところをママにおこされたのだ。けむりにまかれてほんとうに死ぬかと思ったので、こうして自分の部屋にもどれたことがキセキのように感じられた。そのためママの顔を見あげると、急になみだがあふれてきた。
けれども、どうせ悪い夢でも見たのだろうぐらいにたかをくくっていたママはそんなツミキの様子にもとくに気をとめることなく、いつもの調子で、
「さあ、もうすぐ晩ごはんよ。おふろもわいてるからさきに入ってね」
とのんきに言うとそのまま部屋を出ていった。
そんなママを見ているとやはりほんとうに夢だったのかもしれないと思ったが、あらためて机の上におかれた本を見ると、これいじょうこの本にかかわっていたらいつかほんとうに死ぬような気がしてきた。それで、すぐに机の上の本をとじた。そのとたん、けむりにまかれたことを体全体が思い出したかのように、はげしいセキがこみあげてきた。
つぎの日の朝、学校に行くとちゅうの公園で知らないおじいさんを見かけた。おじいさんの頭はハゲあがっていた。そしておじいさんの腰はすっかりまがっていた。まがった体をささえるために黒ずんだツエをついていたが、ツミキの目の前でそのおじいさんがひざをついた。ツミキは、歩みよって、体をおこすのを手伝った。けれどおじいさんはすぐに立ち上げることができない。足をくじいたようだった。
ツミキは肩をかしておじいさんの体をもちあげた。そしてすぐ横にあったベンチへつれていくと、そのままツミキもならんでおじいさんのとなりにこしかけた。
おじいさんはうれしかったみたいで、ツミキの手を取ってなんどもお礼を言った。ツミキはすぐに立ちあがって学校に行きたかったが、おじいさんはつかんだ手をはなしてくれない。そればかりか、だれもたのんでいないのに、とわず語りをはじめた。
「おじいちゃんのこどものころは、ここにふっとか池のあっとっとやけんが、夏のあついさかりは、夕すずみに来るもんもいっぱいおったとばい。おいら、子供らは、ふんどしになって泳いだり、さおばかついで魚つりばしたり、一日じゅう便所に行くのも忘れるぐらいもう、そりゃにぎやかにすごしたもんさね。だけん、どうしても、がまんできんときは、こいはほんとはおっきな声でいえんごとあるばってん、池の中でおしっこばしよったっさね」
と、おじいさんはかすれた声でそう言いながらクャクシャの顔でわらう。
ツミキはおもしろそうな話だとは思ったけど、やはり時間が気になって、すこしむりやり手をふりほどいて立ちあがった。
おじいさんは、ちょっとばかりびっくりしたような顔をしていたが、すぐにやさしい顔にもどって、
「ちょっと待たんね」と言うと、赤い羽をさし出した。
「お礼たい」
ツミキはとまどった。それはきのう学校でもらったばかりの羽とまったく同じものだったからである。いらないというように手をふったが、おじいさんは、ツミキの頭からひょいと制帽をつかんでそこに赤い羽をさした。そしてまた帽子をツミキの頭にのせた。
ツミキは今にもきえいるようなちいさな声で
「ありがとう……」
とつぶやいて、あとは後ろも見ずに走ってその場をさった。
こんなかっこうで学校にいったら、まちがいなく男子から「ピータパン!」とかいわれてバカにされると思い、ツミキは公園を出るとすぐに帽子をぬいで、そこにさしてあった羽をぬきとった。そのまますててしまおうかとも思ったが、さすがに道ばたにすてることもできなかったので、ランドセルにぶらさげてあるお守りがわりのクマのぬいぐるみにつきさした。そこでちょうど小走りでかけてくるサユリが目の前の道を横ぎったので、大声でよびとめ、いっしょに学校へいそいだ。
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