第10話
そして――気がつくと、ツミキは馬にまたがっていた。目のまえにはルチア姫もいる。
「どうしたの、ミゲル?」
ツミキはまたこの世界にひきずりこまれてしまったことへのやり場のないいかりを目の前にいるルチアにぶつけてやろうと思い、なんといおうか考えていると、また勝手に口がしゃべっていた。
「しっ!ファーブニルがくる」
「なんですか、それは?」
「さっきのドラゴンだ」
「えっ?」
とルチア姫はおどろきの表情を見せたが、ほんとうに一番おどろいたのはほかならぬ自分だった。
ミゲルはいつのまにか手にしていたムチでの黒毛の馬のおしりを力強くたたいている。馬はちいさくいなないて、走るスピードをあげた。さっきまで晴れわたっていた空がみるみるうちに灰色の雲におおわれはじめた。ミゲルはさらにムチをいれる。そのたびに馬はスピードをまし、遠くに見える森にむかって一直線に走った。
やがて森の中に二人がにげこむと、灰色の雲はさらに低くたれこめ、森の木々を頭からすっぽりとおおった。するとすぐに、いまいましいなき声が雲のかなたからこだました。
馬からおりた二人は、大きなニレの木のかげにかくれた。
「やっぱり来た」
馬からおりたミゲルはルチア姫の体をだいたまま木の根もとにうずくまっていた。
「わたしたちをさがしているのでしょうか?」
ルチア姫はすこしふるえている。
「ああ、おれたちのにおいをおぼえているんだ」
「わたしが魔よけのミノさえ、ぬがなければ……」
「……」
二人は息をころしてなんとか気配を消そうとした。
そのとき、強い風がふき、森の木々がざわついた。ファーブニルが頭上をとおりすぎたのだった。やがて木の葉があたり一面にまった。
「行ったの?」
ミゲルは空を見上げた。しかし灰色の雲はますますひくくたれこめている。
「いや、また来る」
そういったとたんに風がふきあれた。二人は足もとにあるニレの木の太い根っこにしがみついた。そうでもしないとふきとばされそうだった。
「くそっ、森ごと、なぎたおすつもりだ」
しかし、森は強かった。ファーブニルの黒い翼から送りだされる風にあおられて、それから十数分ものあいだ、森の木は大きくゆれつづけたが、くの字にまがっても木はおれずにもちこたえた。二人がしがみついていたニレの木もたおれることなく二人のたてとなった。
しかしファーブニルはあきらめがわるかった。
風ではこれいじょう見こみがないとわかると、たちのわるいことに口から火をはいた。すべての木々をもやしつくして森の動物たちといっしょに二人をあぶりだすことにしたのだ。
二人のまわりはすぐに火の海となった。火のいきおいはとても強く、木にしばりつけていた馬が、助けだすひまもなく、もえさかる火にのまれた。二人はにげまわったが、どこににげてもまっかな火が、ゆく手をはばんだ。ミゲルはとくいのサイクロン・ブレスで一気に火をふきけそうと思い、大きく息をすった。しかしそれがいけなかった。息をすいこむかわりにけむりをにすいこんでしまったのだ。ミゲルはたおれた。そして地面にうつぶしたまま遠ざかる意識の中で、ルチア姫の体がファーブニルのするどくとがったカギツメにつかまれて、灰色の雲の中に消えてゆくのをなすすべもなくぼんやりと見つめていた。
そこへゆっくりと灰と火のこをふみしめながら、足音が近づいてきた。
やがて皮のブーツをはき、長い灰色のローブをまとった男が目の前にあらわれた。男はカシの木でできたツエをついていた。先っぽにはコブラがあしらわれている。男は地面にうつぶしたミゲルの目の前で足をとめると、ボソボソと呪文のようなものをとなえ、さいごにコブラのツエで地面をトンとついた。
するとあたり一面をうめつくしていた火はたちどころにきえた。そのまま男はなにもなかったかのようにとおりすぎていった。ミゲルは横たわったまま、目でその男のうしろすがたをおったが、灰色のフードつきローブを頭からすっぽりかぶった男は、すぐにけむりの中にきえた。そしてミゲルは完全に気をうしなった。
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