第8話

 そこでツミキは目の前が真っくらになった。それからすぐに体全体がウォータスライダーをすべりおちてゆくような感覚におそわれた。まるで雲の上から地上までまっさかさまに落下してゆくようなものすごいスピードである。耳がキーンとして、息苦しくて、もうすこしで気をうしないそうだった。


 ――が、ねむりからさめるときのように、ふと、われにかえった。そして見まわすとそこはいつもの自分の部屋にいる。


「なにこれ……?」

 

 その声もいつもの聞きなれた自分の声だった。体じゅうを見みまわしてみてもいつもの自分の体である。でもドラゴンのさけび声はまだ耳の中にのこっていたし、そのしっぽではじきとばされたときの体全体のいたみもきえていない。


 夢だということはわかっていたが、今まで見たどんな夢よりもリアルであり、どんな夢よりも自分の想像をこえていた。


 机の上の本を見たら、ちょうどさいごのページをひらいていた。そこにはページいっぱいにオーライヤ国の都であるファリダプールをめざし、なかよく一頭の馬にまたがってあゆむルチア姫ときこりのミゲルのすがたがえがかれていた。


 そして文章のさいごは、

「つづく」

 という言葉でしめくくられている。


 しかしその先はなにも書かれておらず白紙だった。白紙のページがなん枚もつづいているだけでさし絵もあとがきもなにもない。少しほっとしたような、がっかりしたような気持ちになりながら、とにかくなにがなんだかわからないことへのとまどいと、ドラゴンにおそわれ命からがらにげとおしたことによるつかれと、これが夢であったことへの安心と、そしてもしかしたらまた同じことがおきるのではないかという不安から、頭がクラクラして、またも今にも気をうしないそうだった。

 ツミキは、気をおちつけて本をとじ、朱色にそまった本の表紙を見てみた。


「さんたるちあものかたり」


 ーーよく意味はわからなかったが、ルチア姫の物語であることはまちがいないように思われた。

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