第4話

 目がさめたときはもう夜だった。夕ごはんのいいにおいが台所からただよってくる。ツミキはそのにおいにすいよせられるようにダイニングに行き、テーブルのイスにこしかけた


「ツーちゃん、なんだかつかれてるみたいけど」

 とママが心配そうにキッチンからツミキの顔をのぞきこんだ。

「だいじょうぶ、すごくねむたかっただけ」

 ツミキは、そういうと立ちあがって、キッチンに入った。そして二人分のごはんとおみそ汁をお茶わんとおわんによそった。

「ありがとう。じゃあ食事にしましょう」

 とママがエプロンをはずしながらにこやかに言うすがたを見て、ツミキはやっぱり家はいいな、と思った。ツミキは料理とおはしをおぼんにのせて、テーブルに運んだ。


 テーブルにすわったら、ツミキのとなりの席のスペースに、古びた四角い箱を見つけた。古いブリキの箱である。それを見つめながら、この家に引っこして来たときのことをツミキは思い出していた。

 

 ――8ヶ月まえのことである。まださくらの花がさいているころにツミキたちは横浜から長崎に引っこしてきた。


 横浜ではマンションに住んでいたけど、長崎の家は一戸だてだった。お庭があるのはうれしかった。念願だった小犬を飼うことができるというので友達とわかれるのはさみしかったけど、新しい生活にワクワクもしていた。けれども家はおんぼろだった。大家さんの話だと、できてから70年ぐらいはたっているらしい。しかも、3年ほどだれも住んでいなかったので、家の中も外もちょっとおばけ屋しきみたいにあれていた。


 そこで家ぞく全員でまず大そうじにとりかかった。ママとパパとツミキと兄のマモルの四人がかりの大そうじである。思えば、家ぞく全員がそろったのは、あれから一度もない。そのあとすぐにパパは仕事でインドに行き、マモルはとなりの県にある中学の寮に入った。そしてふたりともそのままずっと家に帰ってこないのだ。


 ツミキはというと、ふたりに早く会いたいという思いはもちろんあるのだが、それよりも、もうすぐクリスマスだというのに、このままパパが帰ってこなかったら、クリスマスプレゼントにこんどこそ柴犬を買ってもらうという約束がパーになってしまうかもしれないことのほうが気がかりだった。


 ――ともかく、大そうじの日の夜、置きざりにされた古いタンスの奥からほこりだらけの古いブリキの箱をパパが見つけた。パパは「きっと本を入れるための箱だろうね」と言った。もしかしたら宝の地図が入っているのではないかと思い、ツミキはワクワクした。でも箱はカギがかかっていて開けることはできなかった。


 ツミキはふたをこわしてでも箱の中を見てみたかったが、パパが「開けたらたたりがあるかもよ」とおどすので、それっきりテーブルの上にほったらかしにされてしまった。


 次の日、箱はいつのまにかテーブルから消えていた。そしてそのままツミキの記憶からも消えていたのである。


 ーーその箱が今ふたたびテーブルの上におかれている。

「これ、どうするの?」

 ツミキは、ごはんを食べながらお母さんに聞いた。

「どうするって……カギもないし、まさか本当に宝物がはいっているわけでもないだろうから、こっとう屋さんにでも売ろうかと思って」

「いや!わたし、反対!せめて中を見てからにしてほしい」

 ツミキはめずらしくきっぱり言った。

「でも開けられないわよ」

「もしかしたらカギが見つかるかもしれないしーー」

 そこでツミキはお墓でのできごとを思い出した。

「ちょっと待ってよ。もしかして開けられるかもしれない!」

 ツミキはさっきお墓でひろったカギのことをおもいだした。カギの色とブリキの箱の色がよくにていたので、もしかしたら、と思ったのだ。


 ツミキははしを置いて、自分の部屋にかけもどった。そして、いすの背もたれにかけていたスカートのポケットからカギをとりだした。心なしかカギは生あたたかく感じられた。


 急いでダイニングにもどると、すぐにカギをブリキの箱のカギ穴に入れてみた。カギはゆっくりと一回転し、ブリキのふたが開く音がした。お母さんはちょっと心配そうに箱を見つめていた。


 箱のフタをあけると、中からのうすい本が出てきた。古ぼけた本だった。朱色にそまった表紙には「さんたるちあものかたり」と書かれている。中をひらくと、少し黄ばんだ紙の上にミミズのようにくねった文字が書かれていた。それらはほとんどがひらがなだったけど、ツミキにはなにが書いてあるのかさっぱりわからない。


「ねえ、ママ、これ読める?」

 ママはちょっときみの悪そうな顔でその本を見ていた。

「わからないけど、クリスチャンの本じゃないかな」

 と言ったきり手を伸ばそうとはしなかった。

「パパが帰ってきたら読んでもらいましょう」

 ママはそう言って立ち上がり食器をかたづけはじめた。ツミキは、本を箱にもどし、食器を持ってキッチンに入ったが、かたづけを手伝っているあいだも本のことが気になってしょうがなかった。

 

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