第1節 -運命が集う日-
西暦2031年12月23日
冷たい風が街路を通り抜ける。街灯とイルミネーションが彩る街並みを眺めながら青年は一人歩みを進めていく。青年の名はフロリアン・ヘンネフェルト。
自分の知らない世界を見たい。学校を卒業後、フロリアンはその気持ちから母国であるドイツを旅立ち様々な国を旅してきた。
在学中、卒業を意識するようになった時から自分の将来について考えるようになった。
特に夢も無く、これといって目標というものがあったわけではない。どうにも【自分は将来的にこうなりたい】というものがイメージ出来なかった。
周囲が夢を語り、進路を決めていく中で取り残されていくような気持ちになった事もある。
何も考えることなく進学し、就職してただ漠然と過ごすという人生も頭をよぎったが、自分の中で到底それは許容する事が出来なかった。
自分の人生に意味や価値を求めていたわけではない。だが、“何となく生きる” という選択肢は考えられなかったのだ。
悩み続けた結果、辿り着いたのは “何も考え付かず、決められないのは自分の知らないものが多すぎるからだ。” という結論であった。
実際に生まれてから両親と共に旅行などに行く以外は、地元や付近の街でしか過ごしたことがない自分にとって、それ以上の世界というのは未知のものであった。
何も知らない自分を受け入れた上で、様々なものを知る事。将来を考えるのはその後で良い。
そうだ、その為に世界中を旅しよう。そう思い至ったのだ。
その答えに至ってから行動に移すまでは早かった。巡る国をリストアップし、得られるだけの情報を得てスケジュールを組む。
欧州、欧米、南米、東洋…世界各国の中からこれはと思った国はとにかくリストアップした。
最初に両親に相談をしたときは反対されるかと思っていた。当然、話し出した当初は突飛な事を言い出すものだからやや戸惑いの色を浮かべていたのも事実である。
だが、真剣に話をする事で理解を示してもらい、結果的に快く送り出してもらう事が出来た。
旅に必要な資金はアルバイトで貯めた資金からほとんどを捻出したが、不足している金額に関しては両親にサポートをしてもらっている。
旅立った後はしばらく近隣諸国を巡り、その後に欧米、南米、アジアを渡り歩いた。
実際にこの試みは成功であったと思っている。今まで各国で見たもの、得た知識、人との繋がりはどれも貴重な経験となり何物にも代えがたいものになっていた。
まだ自身の中で納得できる答えに辿り着く事は出来ていないが、それは旅の終わりにじっくりと考えようと思っている。
自分は何をしたいのか。何を成そうとするのか。何の為に生きるのか。
そして今、旅はいよいよ終わりを迎えようとしている。現在は欧州へと戻り中央ヨーロッパの一国、ハンガリーの首都ブダペストの街を訪れている。
とても美しい街だ。この地に降り立った時に感じた第一印象である。
十九世紀中頃、ドナウ川を境界とする西岸のブダ地区と東岸のペスト地区がセーチェーニ鎖橋によって結ばれた後、十九世紀後半に東西地区が合併する事で現在のブダペスト市が誕生した。
フロリアンの祖国ドイツにも繋がるドナウ川を抱く首都ブダペストは、ドナウの真珠と呼ばれるとても美しい町並みで、ドナウ河岸とブダ城地区及びアンドラーシ通りがその美しさから世界遺産に登録されている。
観光の名所であるゲッレールトの丘から見える夜景はドナウの真珠の呼び名にふさわしい輝きを放ち、その美しい街並みはドナウの女王やドナウのバラといった別の呼び方でも讃えられているほどだ。
冷え込んで乾燥した空気が身に沁みるが、周辺で行われているクリスマスマーケットの幻想的な灯りを見ていると心が温かくなる。
毎年、冬が近付く11月初旬から年明けまで市内ではクリスマスマーケットが催される。市内では伝統工芸品やオリジナル創作品を扱う出店や、飲食物を扱う出店が数多く立ち並び、大小いくつかのマーケットが開催されるが、その中でも聖イシュトヴァーン大聖堂前のマーケットとヴェルシュマルティ広場のマーケットの二つが有名だ。
特に市内最大規模で行われるヴェルシュマルティ広場のマーケットは、欧州屈指の美しさがあるとして名高く、世界各国からも観光客が大勢訪れる。
日が暮れてからこの地に到着したフロリアンは、まず予約していた聖イシュトヴァーン大聖堂からほど近い立地にあるホテルを訪れチェックインを行った。
部屋に荷物を置いた後は早速クリスマスマーケットの観光をするために外出し、つい先ほどまで聖イシュトヴァーン大聖堂前のマーケットを見て回っていたところである。
大聖堂前のマーケットを離れた後、エルジェーベト公園横のヨージェフ・アティッラ通りを通り抜け、今はヴェルシュマルティ広場を目指して歩いている途中だ。これから向かう広場のマーケットでは夕食も楽しもうと思っている。
食べ物を扱う屋台も当然数多く出店されているが、中でもハンガリー名物料理の代表であるラーンゴシュは真っ先に楽しみたいと思っている。
ラーンゴシュはジャガイモやヨーグルトを混ぜた生地を一晩冷蔵庫で寝かせ、それを適当な大きさに切ったものを円形にのばして油で揚げたパンの事で、塩やチーズやサワークリームなどをトッピングしたり、ハムやソーセージなどをトッピングして食べる。
他にもジャムやチョコレートをトッピングしたデザート系のものもあるという。
マーケットの屋台なら揚げたてのラーンゴシュが食べられるのではないかと期待を膨らませている。
また、ピザや円筒形をした焼き菓子であるキュルテーシュカラーチなど食べたい料理は数多く、寒さが身に沁みる今だとホットワインも外せないメニューの一つだろう。マーケットに到着して、それらを楽しむ事を想像しながらさらに歩みを進めた。
これから楽しむ予定の夕食に心を躍らせながら歩いていたフロリアンだが、クリスマスマーケットの時期はヴェレシュマルティ広場の中にある老舗カフェレストランの外壁でプロジェクションマッピングが行われているという話をふと思い出した。
ハプスブルク皇妃が愛したと言われるカフェレストランで行われるプロジェクションマッピングは、この時期の観光名所の一つにもなっておりマーケットを楽しむ上でぜひ観光しておきたい場所である。
先に見ておこうと思い立ったフロリアンは中央広場のフードコートに向かう前にプロジェクションマッピングが行われている場所へ立ち寄ることにした。
* * *
セーチェーニ鎖橋を正面に臨む高級ホテルのスイートルームでは、二人の女性が紅茶とスイーツを楽しみながら会話をしていた。
黒のゴシックドレスを纏い、金色の緩やかなウェーブのかかったミディアムヘア、ドールのような均整の取れた美しい顔立ちに宝石のように輝く赤色の瞳をした少女が一人。名をマリア・オルティス・クリスティーという。
そして同じく黒のロングドレスを纏い、口元以外顔をベールで覆い隠した長身の女性がもう一人。名をアザミという。
部屋の窓の向こうにはライトアップされた鎖橋の姿とブダペストの美しい夜景が広がっている。
「うーん!美味しい!いつもの部屋に籠ってゆっくりするのも良いけれど、違った場所で過ごすというのも新鮮で良いものだね。」
爽やかな笑顔で目の前のスイーツを食べながらマリアが言った。
彼女達の目の前には色鮮やかなスイーツが並んでいる。目の前にしたスイーツに目を輝かせるマリアの様子を微笑ましく眺めながらアザミは言う。
「そうですね。わたくしは貴女のその楽しそうな表情さえ見られるのであれば、場所はどこでも構いませんが。」
「あぁ、楽しい。とても楽しい。美しい夜景を眺めながら君とこんな素敵な時間が過ごせるなんて。見てごらん、鎖橋がとても綺麗だ。道路を巡りゆく車のライトがまるで星のようじゃないか。こういった景色を楽しめるのなら、たまには外泊をするのも悪くない。」
そう言うとマリアは苺のムースが添えられたフレンチトーストをまた一口食べて幸せそうな表情を浮かべている。
だが、そのフレンチトーストを飲み込むとマリアはナイフとフォークを下ろし、やや憂鬱そうな表情を浮かべてアザミに詫びの言葉を述べた。
「でも、せっかくの年末休暇に君まで付き合わせてしまってすまないね。」
「いいえ、常に貴女の傍に仕える事がわたくしの使命ですから。」
「ありがとう。」アザミの返事にマリアは礼を言った。そして憂鬱そうな表情を浮かべたまま話を続ける。
「明日からの予定が無ければ最高のクリスマスバカンスになっただろうにね。目下、今この地で起きている問題を何とかする必要がある。世界で起きている問題は私達の目の前に並ぶスイーツのように甘くはない。」
「はい。」
マリアの感情を汲み取ったアザミはただ一言だけ同意の意を示した。
アザミは目の前にいる少女が俯く理由を知っている。あらゆる意味でとても根の深い問題だ。
普段は仕事に対して決して個人的な感情を顕わにする事など無い彼女だが、今回ばかりはそうはいかないだろう。
この地で過ごす数日間は、とても長く色濃い数日になりそうだ。
二人がこの地を訪れるきっかけとなった事の始まりは彼女達の元に送られてきた一通の電子メールによる。
国際連盟のとある部門に所属する彼女達の元にそのメールが送られてきたのは、今から二週間前の事であった。
電子メールの差出人は不明。内容はここ一ヶ月ほど世間を騒がせている難民狩りと呼ばれる事件に関わる事であり、事件の犯人の情報を含めた詳細が記載されていた。
難民狩り事件とはハンガリーとセルビアの国境付近において発生している事件であり、難民だけを狙って強盗殺人を繰り返す事件を指す。
既に一ヶ月前から本日に至るまでの間に十件の犯行が繰り返されており、両国の警察や国境警備隊による調査や監視が継続されているが、その努力も虚しく現状犯人の手掛かりすら掴めていない状況だ。
その十件目の犯行が前夜にハンガリー南部の村、アシュトホロム近郊にて行われたばかりであった。
問題はこの事件で犯人が監視の目を逃れる為に使用していると思われる代物が、国連加盟国の内、ある国で秘密裏に開発されていたであろう軍事機密の漏洩である可能性が非常に高かった点だ。
マリアとアザミは国連内部での立場上、これらの機密保持や世界各国及び国際連盟そのものの動きを監視・統制するという使命がある。
彼女達が所属する部門。その名は【機密保安局】。
国際連盟においてその存在自体が秘匿されているセクション6と呼ばれる部門である。
世界における常識として、国際連盟は和平推進部や経済計画部といったセクション1からセクション5までの部門と付随する専門的な国際機関によって構成されている。
その中で、総会を除いた国連の意思決定における最重要部門といえば、全体を統括する役割を担う【統括総局 セクション5】というのが世間一般的な認識だ。
しかし、それはあくまで建前の話であって現実は違う。確かに各セクションの情報の取りまとめや議案審議はセクション5が行っているが、それらの最終的な意思決定に関しての多くをセクション6が取り仕切っている。
国際連盟に存在するありとあらゆる部門や関連機関よりも圧倒的な上位権限を持ち合わせた部門としてセクション6が君臨しているのである。
別名【存在しない世界】。
国際連盟やその関連機関はおろか、場合によっては世界各国の首脳にすら直接的な影響力を及ぼす事も出来る。
そしてこの部門の頂点に立ち、全ての決定権を握る局長を務める人物こそマリア・オルティス・クリスティーなのである。
その隣に控えるアザミは局長秘書官を務めている。
彼女達が所属する部門の特異性から考えても、二人の存在を知る者というのは世界中を見渡しても数えるほどしか存在しない。
ましてや、そんな彼女達に差出人不明の電子メールを直接送り付ける事が出来る人物など本来 “有り得ない” はずなのだ。
軍事機密の入手が可能であり、自分達の事まで把握しているとなれば考えられる答えはおのずと絞られてくる。
今回の難民狩りの事件に関与し、犯人に対して機密を漏洩させた人物が国際連盟の内部に存在する可能性だ。
こういった事情からマリアとアザミは直接この地へ出向き、事の真相を究明する必要に迫られたわけである。
当然、電子メールを送り付けて来た人物に関しては事前に連盟内部や各国に対して秘密裏に調査をかけたが該当するような人物は浮かんでこなかった。
いくら調べても手掛かりすら掴めない状況である為に、問題の長期化を避け、手っ取り早く解決へと導く為には犯人と直接対話をする機会を作る事が必要だと判断した。
つまりマリアが言う “明日からの予定” とは、この一連の事件を起こしている犯人を独自に追う事である。その為に直接この地まで自ら出向いてきたというわけだ。
そして、この地まで直接出向いてくるための口実として年末休暇のクリスマスバカンスを利用している。
「私の視た未来が間違いで無ければ、犯人の男はまだアシュトホロムにいるはずだ。おそらく国境からほど近い公園。深夜の事件後に移動して以降はその場を動いてはいない。日が暮れるまで動く事は無い。動くのは明日の夜。そして動き出すきっかけになるのが私達の来訪だね。」前夜の事件に絡めてマリアが自身の見解を述べる。
「わたくし達自身が囮になり、敢えて餌を撒く事で犯人を動かすと。」アザミが答えた。
「その通り。犯人には私達を狙ってもらう。そして予想外の出来事さえ無ければ明後日の日暮れ前には直接話をする機会が得られるはずだ。万が一にでも失敗するとは思ってはいないけれど、保険の意味を込めて欲を言えば誰か一人、人畜無害そうな一般人でも連れていきたいところではあるね。」淡々とマリアは語り、さらに話を続ける。
「今回ばかりは私達の情報が事前に奴に伝わっている可能性だって否定は出来ない。リスクというものが存在するなら極限まで減らしたいところだ。身内に内通者がいると仮定して、二人組の女に気を付けろなどという単純な忠告を吹き込まれていたら、私達の姿を見た時点で逃げられかねない。」そう言うとマリアは深い溜め息をついた。アザミは確認を兼ねて言う。
「現地の警備隊に情報は流さなくて良いでしょうか。」
「悪手だね。犯人が狙うのは決まって自分より力の弱い人間だ。十分に反撃できる力を持つ警察や国境警備隊が狙われる事はまず無いだろう。彼らに危険が迫る要素がない以上は情報の流出は避けるべきであり、反対に情報を流してしまう事で彼らを危険に近づける事も避けるべきだ。それに、警備の先回りの動きを犯人に気付かれれば、私たちが接触する前に動き始める可能性も出てくるし、そうなれば遭遇する機会が永遠に失われかねない。取り逃がせば、もっと多くの人々が犠牲になる。」
マリアの答えにアザミは何も言わなかった。
「昨夜の犠牲が最後だ。私は今回の事件を起こしている犯人を絶対に許さない。」
マリアの言葉には並々ならぬ決意が伺える。アザミは、彼女が犯人に激しい嫌悪感を顕わにする理由を知っている。
彼女の個人的感情からくるものではあるが、おそらく遭遇して必要な事を聞きだした後は生かして帰す事もないだろう。この地を訪れ、犯人と直接相対する事の目的には “それ” も含まれている。
「暗い話はここまでにして、もうひとつケーキを頂こう。せっかくブダペストまで来たんだ。本場のドボシュトルタはしっかりと味わっておかないとね。」
マリアの顔には既に憂鬱な表情は無い。先程まで食べていた苺ムースが添えられたフレンチトーストを食べきり、今はハンガリー生まれの美しいケーキを笑顔で食べている。
過去を思えば、今こうして彼女が笑顔でいられること自体が奇跡だ。アザミは様々な事を思い返し、窓の向こうに見える夜景を眺めながら物思いに耽った。あの日、この少女が自分に言った言葉を思い出しながら。
「アザミ?何か考え事かい?君にしては珍しいね。」マリアの言葉で我に返る。少女が柔らかに微笑みながら自分のカップに紅茶を注いでくれている。
「君も少し肩の力を抜いた方が良い。元々はプライベートでのクリスマスバカンスなんだ。明日の午前中は少し観光に出掛けよう。それとケーキは食べないのかい?とても美味しいよ。」優しく語り掛けてくる彼女の言葉に安心を覚える。
自分の方が気にし過ぎているのかもしれない。これではまた心配性だと怒られてしまう。今夜はもう深く考えるのはやめよう。そう思った後に一呼吸おいて目の前の少女に返事をした。
「では、貴女と同じものを頂きましょう。マリー。」
マリアからは眩しい笑顔が返ってきた。
* * *
同じ頃、デアーク・フェレンツ通り沿いにあるホテルのレストランでは二人の男性が翌日からの事について話し合っていた。
「正直に申し上げれば、今回の総会での各国の話は平行線に終わるだけだと思います。」
軍人風の男性が言う。強面で体格が良く、猛禽類のような視線の鋭さを兼ね備えたその威容は遠目からでもよく目立つ。男性の名はフランクリン・ゼファート。世界特殊事象研究機構の重役であり、将官の立場となる司監を務めている。
世界特殊事象研究機構とは世界中で起きる災害問題に対処する為に設立された独立機関であり、大西洋や太平洋、インド洋といった各大洋上に浮かぶ巨大なメガフロートを拠点として活動する国際組織である。
「そうだろうな。それぞれの国に言い分というものがある。そして平行線に終わる結末の見える話の中で、我々はどういう立場を取るのか示さねばならない。」
初老の男性が答えた。穏やかで優しそうな顔つきをしており、ゆったりとした落ち着き具合から気品の高さが感じられる。穏やかな表情ではあるが、その眼差しはどこまでも見通せると思えるほど真っすぐ力強いもので、今は目の前で話をする男性に視線が向けられている。
この男性の名はレオナルド・ヴァレンティーノ。世界特殊事象研究機構を束ねる総司令官、総監である。
二人は翌日から開催される国際連盟主催の特別総会に出席する。この特別総会では移民・難民問題が主な議題として取り上げられる予定になっている。
欧州に限らず世界を揺るがす大きな問題とあって、当然のことながらこの総会の結論に関して内外における注目度は非常に高い。
総会では世界各国が自国の立場から忌憚のない意見をぶつけ合う事が予想される。しかし、根本的な取り組みについてどこの国がどうするべきかなどの具体的な結論や勧告は出ず平行線のまま終了する公算が高い。
受け入れて欲しいと願う難民・移民の立場と受け入れる事は出来ないという国家という立場。どちらが良くてどちらが悪いなどという善悪二元論で解決できる問題ではない為だ。
二人が所属する機構はどこの国家にも属すことのない独立機関ではあるが、世界中に展開するというその規模の大きさから移民・難民の受入要請の打診が世界各国から届いており、国連から異例ともいうべき要請によって今回の総会に招かれた。
これまで機構は難民問題に対する明確な立場の回答を避けてきたが、今回の総会ではこの難しい問題に対して “ある一定の回答” 、つまり明確な立場を世界に向けて表明する必要がある。
拒絶する事も出来ず、受け入れるにも当然限度がある。どこまで対応するのか、どこで境界を引くのかなど問題は山積している。
「君には何度も話したが、私は受け入れに対して悲観的な感想は抱いていない。むしろ積極的な受け入れを行う事に対しては肯定的だ。だが、我々にも限度というものがある。受け入れ後の対応について明確な基準を策定する必要があるが、どうするべきなのか依然として答えは見えないままだな。」
「限度という基準を蔑ろにしたまま事を進めてしまえば、際限なく流入する人々によって本来の活動に支障が生じかねません。」
レオナルドの言葉にフランクリンが返答した。
一度受け入れを表明すれば後戻りは出来ない。しっかりとした対応をするには時間が必要だが、翌日からの総会で答えを出さなければならない以上じっくりと方策を議論する時間もない。
そして、これがどれほど答えを出すことが難しい問題であろうと、総会のような公的な場所で泣き言を漏らすなどという事は通用しない。例えそれが悪魔の証明ともいえる難題であったとしても。
「ここに来るまでの間に何度も話した事だったな。他の司監達とも話し合い、隊員たちにも意見を聞き結論は既に出されている。結局のところ、あとは私の覚悟の問題だ。」
「私は貴方の決断と意思に従います。」
レオナルドの言葉にフランクリンが答えた。今は場所が場所だけに踏み込んだ内容については話さないようにしているが、実の所は表明する内容は既に用意してある。
発表内容を用意している事は当然ではあるが、それが世界中に点在する機構という組織の今後に与える影響を考慮すれば慎重になるのもまた当然の事である。
今、総監はそのカードを手に握り翌日の総会の場で切ろうとしている。既に話し合いの上で決定された事柄とはいえ、本当にこれで良いのかという考えは際限なく頭を駆け巡る。
一個人が背負うものとしてはとても重たい決断と発表だ。故にレオナルドは自身が一番信頼している者とこうして食事をしながら最後の詰めの話を行っている。
「すまないな。ゼファート司監。いや、フランク。君にもこの重責を背負ってもらう事になる。」
「何を今さら。私は機構に入った時から何があろうと貴方の隣で貴方の選ぶ道をついて歩くと決めたのです。我々の歩む道行きが明るいものであると私は信じています。」
フランクリンの頼もしくもあり、温かい返答に総監は心の安らぎを得た気がした。そしてようやく用意した答えを総会の舞台で発表する決心がついた。
この話し合いの終わりにただ一言、機構設立時から自分を支え続けてくれている友へ向けて感謝の言葉を伝えた。
「ありがとう。」
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