5
一日に二人の女とセックスしたのは初めてだった。天と夢が眠りについた頃、朱音から誘ってきたのだ。脳裏に菜緒がちらついたが、断るわけにはいかなかった。
彼女の場合つい先日にやったばかりらしいが、剛典からすれば二年ぶりだった。それに二度と朱音とはできないと思っていた。その分興奮し、おかげで一回目と大差ない動きができた。
時刻が午前三時を回った頃、朱音を起こさないようにダブルベッドを抜け出した。彼女を失ってからダブルベッドを捨てるか悩んだ時期があったが、結局捨てなくて正解だったと思った。
リビングの電気をつけ、キッチンに向かう。冷蔵庫の中から缶ビールを一つ掴んだ。リビングのソファに深く腰を掛ける。プルタブを引き、一気に半分以上を喉に流し込んだ。
ぷはぁ、とアルコールの臭い息を吐いた後、剛典はリビングテーブルの小さな引き出しを引いた。そこには結婚指輪が二つ入っている。片方はダイヤの指輪。これは朱音と家に帰る際に見られないよう抜き、風呂に入る前にこっそりと入れたものだ。
もう片方はそれと比べれば質素な指輪だった。また、一年以上目にすらしていなかった。
剛典は二つ取り出して、机に並べてみた。腕を組み、吟味するようにじっと眺めた。眺めたまま缶ビールに手を伸ばし、口元まで運んだ。げっぷを出すと、今度は天井を眺めた。
どうしろっていうんだ――。
彼は叫びたかった。こんな選択があるかと叫びたかった。その衝動をビールで抑えた。
息子の言葉が蘇る。もちろん別れるんだろ――それが簡単にできたら話は早かった。菜緒を愛しているが、二人の本当の母親である朱音を優先するのは当然な気がした。それに彼自身、朱音を愛している。
それでも踏ん切りがつかないのは、やはり菜緒の腹の中にいる存在だった。それだけが剛典を悩ませているといっても過言ではなかった。
朱音を選べば、菜緒と菜緒の中にいる子はどうなるのだろう。彼女は中絶するのか、それとも独りでも産もうとするのか、またそうした場合どのような生活を送るつもりなのか。きっとそればかりが気になってしまう。
菜緒を選んだ場合も然りだ。だがその選択をした場合に限り、後の成り行きを剛典は想像できないでいた。天と夢は剛典について行くのか、それとも朱音の方に行くのか。そもそも朱音は死んだ存在なので、戸籍謄本などの問題はどうなるのか。
しかし、それらの解決方法については既に思いついていた。残酷ではあるが、夢の力を借りるしかない。手段はある。夢に願ってくれさえすれば、主導権を彼に譲ることだって可能なはずなのだ。その後はなんとでもなる。剛典が自分で考えなければならないのは、朱音と菜緒、どちらを選ぶかだった。
三時間が経ち、カーテンの隙間から覗く空が明るくなりつつあった。小鳥の囀りが彼の耳に届く。寝室からはアラームが鳴って、そろそろ天や夢が起床する時間だった。
彼は冷蔵庫に残っていた最後のビールを飲み干し、テーブルに空き缶を置いた。その数は、七個に及んだ。しかし、彼は全く酔っていなかった。
空き缶に埋もれるようにして並ぶ指輪。
剛典は意を決して、そのうちの一つに手を伸ばした。
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