3
リビングテーブルの真ん中に、一つのりんごが揺れていた。夢を除いた全員がりんごを見つめて硬直しているという奇妙な時間だった。
「やったぁ、ママ、りんご切って。うさぎちゃんがいい」
夢がりんごを取って、母の前に掲げた。それを呆然としながら受け取った朱音は「驚いた」とだけ口にした。
「信じられないな」やっと出たような声で剛典もいった。
「やっぱりそうなんだ。そういうことなんだ。ゆめだけが願いを叶えれるんだよ」
天は机に置かれた自分のキッズスマホを手に持った。画面では彼が録画した星空の映像が流れている。今しがた実験として、夢に「りんごを食べたい」と3回唱えてもらうと、瞬間移動してきたかのようにりんごが具現したのだ。
「でも何故、夢だけなんだ?」
「それは分からない。きっとゆめには不思議な力があるんだ」
夢の前に他の三人も試していたが、誰もりんごを出すことはできなかった。
「すごいな。何が凄いって、人まで生き返らせるんだからな。ドラゴンボールじゃないか」
「ほんとよね。夢は私の神龍よ」
ありがとう、と喚きながら朱音は夢の頬を激しく摩った。
「これで俺ら大富豪だな」
「それはだめ。そういう欲のためには使わない。わかった?」
朱音は剛典を睨みつけた後、鋭い眼光を保ったまま天にも向けた。天は唾を飲み込んで首肯した。一度あの世へ逝っても、母の怖さは健全だった。
「ねぇママりんご〜」
「はいはい。ちょっと待ってね」
朱音がりんごを持ってキッチンに移った。その後を夢が雛鳥のようについて行く。
リビングに天と剛典だけが残された。剛典の視線はテーブルに置かれたキッズスマホに注がれている。
「やっぱりまだ信じられないな。こんなことって……」
剛典が両手で頭を抱えた。非現実的な出来事に未だ衝撃を受けているとも取れるが、そうでないことを天は察していた。
「これからどうするつもり?」
天はキッチンに届かない声量で聞いた。
「どうするって?」
とぼけていたが、父も小声になっている。
「ゆめの幼稚園の先生だよ。まだ付き合ってるんでしょ?」
途端、苦虫を噛み潰したような顔を剛典はした。それが答えだった。
「もちろん別れるんだろ?」
すぐには頷かなかった。少しの間ができ、それが天を不安にさせた。しかしやがて、苦虫を噛み潰したような顔のまま徐に首を下ろした。
「先生には申し訳ないけど、こればっかりは仕方ないよな」
深く項垂れる父に、これ以上何と声を掛けたらいいのかわからなくなった。
ただ一つ、天は問いたかった。
父さんは今、母さんと先生、どっちの方が好きなの――。
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