六月八日

 教室では、いつも通りの日常が送られていた。

 生徒たちは自分の席に座り、授業を受けている。

 ただ、ハルカの席だけは、この一ヶ月間ずっと空席だった。

 コトミは授業を気怠けだるげに聞きながら、グループLINEであゆみとミナと会話をしている。

 内容は『今日の放課後何して遊ぶか?』など、いつもと同じものだ。

 担任教師の話によると、ハルカは当分入院するとのことだった。

 その話を聞いて彼女の身を案じたのは、ジュンイチただ一人だけだった。



 ☆



 学校から少し離れた都市部の病院に、ハルカは入院していた。

 入院当初は酸素マスクと点滴が欠かせない状態だったが、今では病状は安定していて、それらは外している。

 窓の外はすでに日が沈んでいて、つい先程夕食を摂り終えたところだ。

 病室は個室で、ハルカ以外には誰もいない。

 テレビもつけずシーンとした空間で、一人黙々と絵を描いている。

 コンコンコンと、ドアをノックする音がした。


「どうぞ」


 ハルカが返事をすると、一人の少年が入室してきた。


「こんばんはー……あ、また絵を描いてる!」


 その少年は、ジュンイチだった。

 彼はハルカが入院したその日から毎日、部活帰りに見舞いに来ている。


「だって、絵を描くくらいしか、することないんだもの……というか、入院中はいつもこんな感じ過ごしてたから」


 ハルカは優しく微笑み、タブレット端末をジュンイチに見せた。


「口裂け女のマンガ、あともう少しで完成よ。どうかしら?」


 タブレット端末を受け取り、ジュンイチはそこに映されている絵を眺める。


「……うん! かなりいいと思う! ただ……」

「ただ?」


 ジュンイチは顎に手をやり、次の言葉を探している。

 ハルカはその彼の顔を、じっと覗き込んだ。


「……なんというか、この口裂け女。やっぱり迫力に欠けるかな……あんまり怖くないし、傷口がこう……わざとらしいっていうのかな……」

「ああ、やっぱり”そこ”よね……」

「あ、ごめんね! 何か偉そうに言ってさ!」


 気まずそうな顔をして、ジュンイチは慌てて謝った。


「ううん、いいの。率直な意見、ありがとう」


 ハルカは礼を言って、タブレット端末を受け取った。


「それはそうと、明日退院することになったわ……といっても、一時的な退院だけどね」

「えっ!? そうなんだ! 良かったじゃん!」

「うん…それでね、一つお願いがあるんだけど」


 そう言って、ハルカは言葉を続けた。


「……木下君に、手伝ってほしいことがあるの」

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