第4話(1)
その日は蓮見先輩とふたりだけの夕食だった。
ダイニングテーブルの上に並んでいるのは、真鯛の切り身の塩焼きを中心にした和風の料理の数々だ。
「明日、いつもより早く帰ってくるかもしれません」
その
「なに? 早く閉めるの?」
「いいえ、そもそも開けません」
奏多先輩にも言ったが、臨時休室にするつもりだ。
「珍しい。また学校の都合?」
「僕の都合です」
「さらに珍しいわね。真面目なあんたが個人的な事情で図書室を開けないんだ」
蓮見先輩は可笑しそうに笑う。本来利用する生徒のために開けるべき図書室を、僕の都合で閉めることには特に何も言うつもりはないらしい。
「最近瀧浪先輩とほとんど会ってないんですよね」
「は? なに、それ? 聞いてないんだけど?」
途端、蓮見先輩の顔が険しいものになった。
「そりゃあ言ってませんから」
「そういうのはいいから」
ぴしゃりと言う。……確かに。
「瀧浪さんと何があったのよ? ケンカでもした?」
「僕だけの話じゃないんで詳しくは言えません。ケンカではないです」
むしろケンカのほうが話は早かっただろう。比較的原因がはっきりしているから、解決への道筋も見えやすい。
「あたしにも言えないわけ?」
「すみません」
こればかりは謝るしかない。
「ま、いいわ」
蓮見先輩はあっさり引いてくれた。
「で、何で図書室を開けないのよ」
「明日には決着をつけたいですからね。夏休みにもつれ込むとややこしくなりそうな気がします」
この件にかぎっては時間が解決するどころか、時間が解決を遠ざけそうだ。
「静流ってさ、時々男らしくなるわね」
「そうですか?」
僕は首を傾げる
いつでも男らしいと言えないところが悲しい。
「だって図書室に籠もってばっかだし」
「仕事ですよ。日本中の図書館司書を敵に回すつもりですか」
僕はだいたいカウンターに座っていて行動範囲も広くはないが、市の大きな図書館だと、図書を探したり返却された大量の図書を書架に戻したりで、館内を走り回っていることも多いと聞く。意外と肉体労働の部分も大きいのだ。
「訂正。エロいだけの男かと思ってた」
「著しい風評被害ですね」
裁判にもっていったら弁護士次第では勝てそうだ。
「真面目な話、ちゃんと解決してきなさいよね。静流に瀧浪さんなんて、一生に一度あるかないかの幸運なんだから」
「わかってますよ」
分不相応な彼女をもったものだと自分でも思う。しかも、僕に好意を寄せてくれている。であれば、僕も瀧浪先輩のためにできるだけのことをしないと罰があたるというものだ。
「で、あたしは何をすればいいの? 赤飯でも炊いて待っとこうか」
「いりませんよ。祝われるような話じゃないんですから」
そう言えば、茜台高校の合格通知をもらったときには、母が赤飯を炊いてくれたな。赤飯というものをあまり美味しいとは思わないのだが、母が嬉しそうだったのでちゃんとぜんぶ食べた。
「じゃ、なによ?」
「最初に言った通り、いつもより早く帰ってくるかもってだけの話です」
予定外に早く帰ってきたら蓮見先輩が困るだろうと思った。ただそれだけのことだ。
「あぁ、でも、逆に遅くなったり帰ってこなかったりするかもしれませんね」
「な、ななな、何するつもりよ!? ちゃんと帰ってきなさいよ!」
顔を赤くしながら、がーっと怒る蓮見先輩。ここがリビングならクッションを投げつけられているところだ。
彼女は荒っぽい調子で食事を続けている。ちょっと冗談が過ぎたか。
「蓮見先輩って瀧浪先輩のことをどう思ってるんですか?」
話題を変える意図もあったが、ふと気になって聞いてみる。
「んー?」
と、蓮見先輩は少しだけ考える。
「何か不思議よね。お互い入学してすぐから顔は知ってて、いつの間にかチャットアプリのIDも交換してたんだけど、これが意外と接点がなくてさ」
ふたりは結局、どの学年でも同じクラスになったことはなかったらしい。茜台高校が誇る美少女の双璧としてそれぞれファンがいるだろうけど、そのファン同士が対立しているという話は聞いていない。本当に交わることがなく、特別仲がよくなることも競い合うこともなく、ここまできたようだ。
「でも、静流がうちにきてから、急につき合いが増えたわね」
蓮見先輩は、仲がよくなったとは言わなかった。本人もよくわかっていないのかもしれない。端から見ていても、ふたりで僕と奏多先輩の尾行をすることもあるし、その
「案外長いつき合いになるかもね」
なるようになるだろ、みたいな言い方だ。
「ま、それもあんた次第だけど」
「善処しますよ」
僕としてもふたりが仲よくしているほうがいい。
明日は詰めを誤らないようにしないと。
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