第3話(1)
それから二日が過ぎ、木曜日になった。
その間も続々とテストが返ってきている。案の定、あまり点数はよくない。テストの難易度が上がっていたことによって平均点が下がっているのなら順位は維持できるだろうが、どうもそれはなさそうだ。
週が明ければ終業式だ。生徒の間ではなんで来週の月曜なんだ、今週の金曜でいいだろうなんて声が上がっているが、僕は助かっている。
瀧浪泪華は言った。少し時間がほしい、と――。
時間。
バランスを崩した気持ちを立て直すための時間。
果たして、『少し』とはどれくらいなのだろうか。このまま夏休みに入ることなく、終業式までには解決したいものだ。
「待つしかないのかな……?」
無意識にそうつぶやいていた。
登校し、教室に入る。と、窓際の席に気になるものを見つけてしまった。
新堂アリサが机の上で頬杖を突き、窓の外を眺めていたのだ。数人いた取り巻きたちはいない。ひとりだ。どうやら先日の一件を機に、わがままなお姫様は周囲から愛想を尽かされてしまったようだ。
僕は自分の席に制鞄を置くと、彼女のもとへ向かった。
「おはよう」
そう声をかけると、新堂さんはわずかに体を跳ねさせた後、ゆっくりとこちらを振り返った。
「……あたし?」
僕に問う。
「そう」
「……何よ?」
僕がうなずいた途端、睨み殺さんばかりの目になった。不機嫌全開だ。
背後で軽く教室がざわついた。
「ちょっと相談したいことがあってさ」
それでも僕は空いていた彼女の前の席に、横向きに座った。
「はぁ!? この前はあんなことしといて、今度は相談? あんた、サイコパスなの?」
「ひどいな」
そんなことを言われたのは初めてだ。
僕がここに座ったことにより、自然教室中を見渡す構図になった。登校していたクラスメイトたちがこちらを見ている。慌てて知らん顔をするもの、じっと成り行きを見守るもの。反応は様々だ。
「何であたし?」
「適任かと思ってさ」
「……何よ?」
最初と同じ台詞だが、突っ撥ねるような響きはない。適任と言われて、少し興味が出たのかもしれない。
「僕の彼女が元カノのことを気にしてるんだけど、女の子ってそういうものなのかな?」
多少脚色し、僕は切り出した。
「……」
だが、新堂さんは無言。
「どうかな?」
「……作り話?」
彼女は目を数回瞬かせた後、かなり本気で聞いてきた。
「失礼な」
「いや、だって、真壁に彼女って。しかも、元カノも? ないわー」
新堂さんは鼻で笑う。いよいよ失礼だな。
と、そのときだった。
「おはよう、みんな!」
教室に響き渡ったのは直井恭兵の声だった。
直後、新堂さんが再び机に肘を突き、顔を窓の外に向けた。どうやら直井を見ることができないようだ。
「お、珍しい組み合わせだな」
自分の席に鞄を置いた直井が僕らを見つけ、やってきた。
「おはよう、直井」
「おはよう」
彼は続けて新堂さんに目を向けると、
「新堂さんもおはよう」
「お、おはよう……」
新堂さんはさすがにそっぽを向いたままとはいかず、体を直井のほうではなく正面に戻しつつ挨拶を返す。俯き加減で、視線は机の上に向けられていた。
「で、何の話をしてたんだ?」
「ちょっと相談ごとをね」
僕が答える。
「おいおい、俺は? 俺にも相談しろよ」
「直井には向いてない話だよ」
「なんだよ、それ」
直井は可笑しそうに笑う。
「ふ、ふたり、仲がいいの?」
新堂さんがたどたどしく口を開いた。
まぁ、気になるだろうな。片やスクールカーストの頂点にいるリア充イケメン、片や妙な噂が流れても「誰それ?」で被害ゼロの無名生徒。普通に考えて、同じクラスにいてすら接点が見当たらない。
「この前、真壁とケンカをしたんだよ。いや、それ以前か。俺が一方的に突っかかっていってただけだからさ」
直井は恥ずかしそうに話す。
「でも、謝って、真壁は許してくれた。雨降って地固まるってやつだろうな」
そこで彼は一拍おく。
「俺も人を許せる人間になりたいと思うよ」
それはメッセージ。
間違ったら謝る。
許してもらえたなら、またやり直す。
至極当たり前のメッセージ。
「あ、あのっ」
メッセージを受け取った彼女は、そう切り出す。
「あ――」
言葉が途切れた。
僕と直井は黙って次句を待つ。
「あ、あたし、ふたりに言いたいことがあるんだけど……」
やがて新堂さんは意を決してそう切り出す。
僕たちは一度顔を見合わせてうなずき合うと、再び新堂さんを見た。
「「聞こうか」」
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