第1話(2)
テスト期間中は図書室を開けない。
これは僕がひとり図書委員だからではなく、学校の決まりでそうなっている。
定期テストは一日、三教科か四教科行われる。最終日なら二教科だけのときもある。そこから図書室を開けるとなると、カウンターに入った図書委員はかなりの時間を拘束され、それだけ試験勉強ができなくなる。ローテーションを組んだからといって許されるものではない。
そんな理由からテスト期間中は休室となり、僕は久しぶりに図書委員としての仕事をせずに帰ってきたのだった。
放課後にクラスであのようなトラブルがあって時間を取られたにも拘らず、蓮見先輩はまだ帰ってきていなかった。預かっている鍵で玄関のドアを開け、中へ。
リビングに這入ると、二階に上がるよりも先にソファに倒れ込むように腰を下ろした。制鞄が手から落ちる。
「疲れた……」
意識的に発音しなくても、自然とそんな言葉が口をついて出る。やはり人を糾弾するなどという、不向きで不慣れなことをしたせいだろう。
玄関ドアの開く音が聞こえた。蓮見先輩が帰ってきたようだ。
「ただいまー」
程なくして彼女がリビングに這入ってきた。手にはエコバッグを提げている。どうやら帰りに買いものをしてきたらしい。コンパクトに折りたためるエコバッグは常に鞄に入っているのだろう。
「おかえりなさい」
「って、あんた、どうしたの!?」
二人掛けソファに座っているのか横になっているのかわからない体勢でぐったりしている僕を見て、蓮見先輩がぎょっとする。
「また、その……具合悪いの?」
彼女は歯切れ悪く聞く。
本当に聞きたかったのは、僕がまた母のことを思い出して泣いていたのか、だったのだろうと思う。あのときも僕は真壁の家のソファに倒れるようにして座っていた。だけど、男の僕にそんな聞き方はできないと思い、彼女は言葉を変えたのだ。
「いえ、ただ単に疲れただけです」
「ハァ? あんた二年でしょうが。テスト如きで精も根も尽き果てた顔してんじゃないわよ」
蓮見先輩は呆れたような声を出しつつ、エコバッグをどっかとダイニングテーブルの上に置いた。
「ちがいますよ。ちょっと慣れないことをやったもので」
さっきから間違いを訂正してばかりだ。情報を小出しにしているから、効率の悪い会話になってしまっている。それだけ頭が回っていないのだろう。
「慣れないこと? 女の子にエロい冗談を言って盛大にスベったとか? 明日から大変そうね」
「僕を何だと思ってるんですか」
言い返す僕の前で、彼女はひとり掛けのソファに腰を下ろした。足を組む。
「ああ、エロい冗談なら言い慣れてたわね」
「いや、本当に!」
ひどいイメージがついたものだ。
「あんた、セクハラまがいの冗談、よく言ってるじゃない」
「そんなに言ってないと思いますけど……」
確かに場の空気を変えたいときなど、要所要所で言っている。逆に使いどころが的確過ぎて印象に残っているのかもしれない。そして、何回やっても慣れてはいない。
「蓮見先輩」
「何よ?」
「こっちはこんな体勢なんですから、そこに座って足を組むと見えま……うわっぷ」
僕が言い終わる前にクッションが飛んできて、顔面を強襲した。
「あんたがしゃきっとすればいいことでしょうがっ」
がーっと怒鳴る蓮見先輩。
僕は体を起こした。しゃきっとはしないが、せめて真っ直ぐに座ろう。
「ん」
その僕に向けて掌を上にした手を差し出し、指を二回曲げて何かを要求する。
すぐに何のことだか察し、僕が落ちていたクッションを手渡すと、彼女はそれを膝の上に置いた。
「で、何があったのよ?」
「別に。たいした話じゃないです」
「いいから言いなさい」
蓮見先輩はぴしゃりと言う。
どうやら話さないとすまなそうだ。消耗した姿を見せたのは僕だし、彼女としても何が原因か気になるところだろう。
「うちのクラスにひとり、少しばかり目に余る態度の女の子がいて、それについて今日ついに指摘する事態になりました」
「あんたが?」
「はい」
僕はうなずいた。
この件はほぼクラスメイト全員の共通認識で、遠からず噴出したであろうことも付け加えておく。
「へえぇ」
それを聞いた蓮見先輩が、どこか感心したような声を上げた。
「その場を丸くおさめようとする静流にしちゃあがんばったんじゃない」
「そうでしょうか?」
僕自身も最適解だったと思っている。だけど、引っかかるところがなくもない。この件は長期的な問題だ。本当にこのタイミングで解決するべきだったのか。クラス中を巻き込むようなやり方は正しかったのか。
蓮見先輩が言ったように、僕はその場を丸くおさめることには長けている。だが、長期的な問題に関しては、どうしても先のような疑問がついて回るのだ。
「そういうのってさ、いよいよ溜め込んでから爆発すると、こじれて収拾がつかなくなるのよね。だから、早いうちに小さめの爆発ですませておいてよかったんじゃない。あたしは静流を褒めるわよ。よくやったって」
「そう、ですか」
蓮見先輩に面と向かって褒められて、素直に嬉しかった。
これで少しくらい彼女の弟に相応しい振る舞いができただろうか。
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