第3話(2)
近年稀にみるバタバタした登校を経て、昼休みとなった。
いつも通り刈部、辺志切さんとともに弁当を食べ、昼休みも半分以上が過ぎたころ、僕はふたりに断って教室を出た。
目指すは三年生の教室が集まる一角。
もちろん、その中の瀧浪先輩のクラスだ。
僕は早々に待つことをやめにしたのだ。彼女は昼食を学生食堂で食べる。過去、学食で瀧浪先輩の姿を見かけた時間、反対に見かけなかった時間からして、もう今教室に戻っているころだろう。
「すみません。図書委員ですが、瀧浪先輩はいらっしゃいますか?」
辿り着いた教室の前で女子生徒をひとり捕まえ、聞いてみる。
「瀧浪先輩から返却された図書に、私物と思われる栞が挟まっていたので確認してもらおうと思いまして」
「え? あ、そうなんだ。ちょっと待ってて」
こちらが一気に用件まで言ってしまうと、彼女は特に何か質問をしてくることもなく教室の中に消えていった。
程なくして瀧浪先輩が姿を現す。
「こんにちは、瀧浪先輩」
「ええ、こんにちは」
彼女は挨拶に応えながら、嫋やかな笑みを見せた。
それは我が茜台高校が誇る美少女の双璧のひとり、瀧浪泪華の笑みで、普段と変わらぬものに見えた。
「どうかしたの、真壁くん。わざわざ教室まで訪ねてくるなんて」
もちろん、栞云々の話は用意しておいた嘘で、瀧浪先輩もそれが本当だと思うほど察しは悪くない。尤も、先の女子生徒が図書委員の来訪を告げただけで、用件まで伝えなかった可能性もあるが。
「昨日、図書室にこなかったのでどうしたのかなと思ったもので」
「心配してくれたの? 嬉しい」
瀧浪先輩は言葉通り嬉しそうに笑顔を見せた。
僕は廊下の窓にもたれ、問う。
「何かあったのか?」
「別に? 何もないわ。たまたま寄らなかっただけ。今までもそうだったじゃない。珍しいことじゃないでしょう?」
彼女の言う通りだし、自分でも何度かそう思った。ある意味伝家の宝刀だ。こう言われてしまえば、こちらはもうこれ以上の追及はできなくなる。
通りかかった二人組の女子生徒が、僕と瀧浪先輩という組み合わせが珍しかったのか、こちらを見ながら通り過ぎようとしていた。その彼女たちに瀧浪先輩は手を振る。知り合いだろうか? 尤も、瀧浪先輩なら顔見知りじゃない生徒にも同じことをするのだろうが。
こちらに向き直る。
「強いて言えば、作戦かしら」
「作戦?」
瀧浪先輩が妙なことを言い出したので、僕は鸚鵡返しに聞き返した。
「いきなりわたしがこなくなったら気になるでしょう?」
「……」
彼女がしれっとそんなことを言うので、僕は呆れて言葉が出なかった。
「どうだった?」
そして、今度はいたずらっぽく問う。
「ま、昼休みに口実を作って会いにくる程度には、ね」
「あら、びっくり。今日の真壁くんは素直」
目を丸くする瀧浪先輩。
「そりゃあ僕にとって瀧浪先輩は特別だからね」
「壬生さんよりも?」
「……」
不意打ちのような問いかけに、僕は何も言えなくなった。
窓にもたれた姿勢のまま瀧浪先輩を見る。彼女も僕を見ていた。真剣な表情だ。
しばし僕らは見つめ合う。
まるで睨み合いのように黙って視線をぶつけ合う僕たちの横を、何人かの生徒が何ごとかとこちらを見ながら通っていった。
「冗談よ」
やがて瀧浪先輩が笑顔を見せた。
「仕事とわたし、どっちが大事なの、なんてことを言う女じゃないつもりよ。……じゃあね、真壁くん」
「今日はくるのか?」
教室の中に戻ろうとする彼女を呼び止め、聞く。
「そうね。今日は寄っていくわ」
笑顔でそう答えると、瀧浪先輩はドアの向こうに消えていった。
彼女は最後まで僕を『真壁くん』と呼び、『静流』とは一度も呼ばなかった。美しく聡明で、お淑やかな表の顔のまま。
ここがたくさんの生徒が行き交う廊下だから?
確かに昼休みの廊下は解放感に満ち、賑やかだ。だが、逆によほど近くまで寄り、立ち止まって耳を欹てないかぎり会話は聞き取れない。意外と密談に向いていることは瀧浪先輩もわかっているはずだ。
そして、朧気ながら彼女が図書室にこなかった理由が見えてきた気がする。
収穫はあった。
その日、瀧浪泪華は放課後の図書室に現れなかった。
僕は心のどこかで、何となくこうなる気がしていたように思う。
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