第3話(2)
「終わったわ」
程なくして、店のロゴが入った紙バッグを肩から提げ、奏多先輩が出てきた。さすがにそれを僕に渡すほど彼女は傍若無人ではない。仮に僕が「持ちましょうか?」と申し出たところで、「私はお前を荷物持ちに呼んだわけではない」と断られるのがオチなので、僕も無駄なプロセスは省くことにした。
「助かったわ。お前のおかげで夏に着る服が増えた」
「それは重畳」
服に無頓着で、着回しなどできない奏多先輩は、このカットソーとテーパードパンツの組み合わせでしか着ないだろう。そんな柔軟性のない着方をしていれば、自然とバリエーションも少なくなる。
「今度着て見せるわ」
「楽しみにしてます」
先ほど試着のときに見せてくれなかった理由がこれ。僕が服を選ぶと、後で必ず別の機会に着てくる。そのあたりは礼儀と考えているようだ。だから、どうせいつかは見せるからと、今は見せてくれなかったのだ。
「これで終わりですかね」
「そうね」
どこへ行くと目的地も明確にせず、僕らはどちらからともなく歩き出していた。腕時計を見てみれば、まだ午後三時を回ったところ。
「ああ」
不意に何かを思い出したように、奏多先輩が発音した。
「あれ」
まだ何か買っておきたいものがあったのだろうかと、奏多先輩が視線で指し示す先を見る。と、そこにあったのはランジェリーショップだった。
「いやですよ、そんなの!」
それを見た瞬間、僕の口から悲鳴が飛び出していた。
「なぜ? 昔とちがって、今なら選択肢も多いのではなくて?」
「そりゃあ、まぁ……」
確かに僕も知識が増えたし、奏多先輩も体が成長して似合うものや身に着けて許されるものが増えたことだろう。だからと言って、選べるかどうかはまた別の問題だ。むしろ選択肢の多さが選択の邪魔をする好例ではないだろうか。
「ッ!?」
そして、まとまらないままうっかりいろいろ想像してしまい、そのイメージを頭から追い払う。
壬生奏多は瀧浪泪華、蓮見紫苑に勝るとも劣らない超絶美人ではあるが、それでも与えられなかった部分はあって――僕にとって幸いなことに、彼女は先のふたりに比べるとややスレンダーなのだ。とは言え、背は高いので、どうかしたらモデルのようにも見える。
「難しく考えなくていい。お前が私に着せたいものを選べばいいのだから。私は静流のセンスを信用している。今のところ外れたことはないわ。お前が選んだもので、今でも気に入って着ている服は多い」
それ、キツくなったりしないんですかね? と聞きたくなったが、血の海に沈みたくないのでやめておいた。
「僕も高校生になって趣味が変わりましてね。際どいのを選ぶかもしれませんよ?」
それでも僕はせめてもの反撃を試みるのだが、
「そのときは、静流はこういうのを女に着せたいのかと納得することにするわ」
「冗談ですよ」
土下座でも何でもするので許していただきたい。
「兎に角、今日は――」
「わかっているわ。どう考えてもむりそうだもの」
そう言った奏多先輩は僕ではなく、あらぬ方向を見ていた。何かあるのだろうかと、僕もそちらに目を向ければ、ものすごい剣幕で瀧浪先輩と蓮見先輩がこっちに突っ込んでくるところだった。
「静流、まさか壬生さんに下着まで選ぶの!?」
「あんた、どこに入っていくつもりよ!?」
「おわあっ」
その勢いのまま詰め寄られ、蓮見先輩には胸ぐらまで掴まれる。
「静流にはわたしがいるでしょ。着て見せてあげるから好きなのを選びなさい」
「誰彼なしにそんなことしてるなんて、見損なったわ」
「誤解だ、誤解!」
今なおぐいぐいと押し込んでくるふたりに、僕は体を反らした体勢で踏ん張る。このままでは腰が折れるか後ろに倒れるかしそうだ。
「奏多先輩も何か言ってくださいよ」
もとはと言えば奏多先輩が予定にない買いものをしようとするからこうなったわけで。
すると彼女は少し考えた末に、
「際どいのを選んでくれるそうよ」
「「静流!」」
ふたりがきれいにユニゾンしながら怒鳴った。
「だから、わ、わたしにしときなさいっ」
「あ、あああ、あんた、どんなの選ぶつもりだったのよ!?」
ふたりとも声が震えている。
「奏多先輩っ」
僕は必死に助けを求めた。火事の消火を放火魔に手伝ってもらうような間抜けさはあるが、ここはちゃんと責任もって収拾してもらわないと。
奏多先輩は愉快そうに小さく苦笑した。
「冗談よ。ふたりとも、静流を放しなさい」
「え?」
「じょ、冗談……?」
瀧浪先輩と蓮見先輩はきょとんとする。
「まぁ、ちょうどいいところにきてくれたわね。呼ぶ手間が省けた。それは返すわ」
「返すって、静流のこと?」
「そう」
奏多先輩はうなずいた。
「もういいの?」
「ええ。用事はすんだわ」
あっさりきっぱりそう言うと、奏多先輩は踵を返し、歩き出した。
この一連の動きに、瀧浪先輩と蓮見先輩はすっかり毒気を抜かれた様子。それであるところの僕に、説明を求めるような目を向けてきた。
「いつもこんな感じです」
そう。目的を果たせばとっとと帰る。ついでに遊び回るようなこともなく、せいぜい休憩がてら喫茶店に入る程度。
「そ、そう……」
瀧浪先輩は拍子抜けしたように言葉を紡ぐ。
もともと僕と奏多先輩がどんな様子かを窺うためにこうして尾行してきたわけで、これがまぎれもない真実なのだが、奏多先輩のあまりの淡白さに逆に釈然としないものが残ってしまったのかもしれない。
「えっと、これからどうします?」
僕はふたりに問うた。
「時間的には中途半端よね」
蓮見先輩は真剣に考える。というか、最初から疑問だったのだが、なぜ蓮見先輩までここにいるのだろうか。まぁ、瀧浪先輩に巻き込まれたのだろうけど。
「南京町にでも行く?」
「豚足ですか?」
「なに、豚足が食べたいの?」
「何で豚足限定なのよ!?」
神戸の南京町は食べ歩きグルメの町で、関東で言えば横浜の中華街のようなところだ。それ故に、それこそ豚足みたいな一風変わったものもある。
とは言え、蓮見先輩としては何となく提案しただけなのに、豚足目当てにされたのは不本意だったようで、盛大に吠えたのだった。
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