第2話
小一時間ほどかけて昼食を終え、僕たちは外に出た。
三宮や元町の周りには百貨店がいくつかある。阪急、大丸、神戸マルイなど。それらを回った後、ひとつの店に入った。
「眼鏡?」
瀧浪先輩が不思議そうに首を傾げる。
「静流がかけてるのは見たことないわね。じゃあ、蓮見さんが?」
「そ。勉強のときとか、本を読むときとかだけね」
蓮見先輩は置いてあるフレームを見ながら答えた。
この店を選んだのはフレームの種類が豊富で、且つ、若者向けのしゃれた感じのものも多かったからだ。
「いやね、静流がどうせなら似合うものをかけろって言うのよ。あたしは今のでいいと思ってるし、静流もすごくよく似合ってるって言ってくれてるんだけど。でも、せっかくだし一度真面目に選んでみるのもいいかなって思うのよ」
蓮見先輩はフレームを順に見つつ、どこか言いにくそうにしながらも早口でそう述べる。
その様子をひと言で表すなら、彼女は照れていた。
「静流」
瀧浪先輩が僕に小声で話しかける。
「蓮見さん、すっごい脈ありなんだけど」
「やめろ。よけいなこと言うな」
これからの生活がやりにくくなるだろうが。僕が誰とひとつ屋根の下で暮らしていると思っているんだ。茜台高校が誇る美少女のひとりだぞ。
「ちょっと、静流」
「は、はい」
このタイミングで蓮見先輩がいきなり振り返るものだから、僕は思わず背筋が伸びてしまった。
「いっぱいありすぎ。どれがいいと思う?」
「決めるのは蓮見先輩ですよ。……じゃあ、少し解説。と言っても、僕も雑誌で読んだ程度の知識ですけどね」
言いつつ僕はひとつ手に取った。
「まず、これがウェリントン」
いちばんスタンダードなフレームで、実に眼鏡らしい眼鏡だ。だいたいどんな服装にも合うけど、換言すれば無難であるとも言える。クラスメイトの辺志切桜も眼鏡を複数持っているわりにはこのタイプばかりだ。
「で、これがスクウェア。蓮見先輩が使っているのと同じやつですね」
僕は角ばったフレームを指し示す。
スクウェア型の眼鏡はフレームの太さと色で印象が変わる。細いフレームは知的な印象になる一方、太いフレームは反対に遊び心があっていい。
このスクウェア型をフレームの太さと色の組み合わせで複数持って使い分けると面白いと思うが、さすがにそんな眼鏡道楽はそうそういないだろう。
「こっちはブロウ。眼光鋭い感じになるので、蓮見先輩にはお薦めしません」
「悪かったわね。どうせあたしは顔がキツいわよ」
蓮見先輩が口の端を吊り上げながら自虐っぽく言う。
僕もそこまで言うつもりはない。蓮見先輩は明るくて表情が豊かだから、それで中和してお釣りがくる。
「アンダーリム」
フレームが下半分しかないタイプだ。優しい感じになるので、素顔のイメージを変えるのではなく、親しみやすい蓮見先輩の性格をさらに印象強くする意味でよく似合いそうだと思う。
「最後に、リムレス」
その名の通りフレームがないのでスッキリしていて、素顔の印象を変えたくない人向けだ。強度に難あり。
「といったところです」
もっている知識をひと通り吐き出したところで、僕は締めくくる。
「あんた、本当によく知ってるわね」
「前にも言ったと思いますが、興味がわいたときに勢いで調べただけですよ」
こんな知識、何の役にも立たない。いや、今まさしく役に立っているのか。案外どこで活かされるかわからないものだ。
蓮見先輩は再びフレーム選びに戻った。
「ねぇ、静流?」
と、不意に瀧浪先輩に呼ばれた。
「うん? ……っ!?」
振り返ると、そこにはスクウェア型の眼鏡をかけた彼女の姿があった。
初めて見る瀧浪泪華に思わずドキッとしてしまう。
「どう? 似合う?」
瀧浪先輩は無邪気に笑う。
「……」
すぐに感想が出てこない。
「え? うそ。似合ってない!?」
「……いや、よく似合ってる」
素直に認めるのは癪だと思ったのはほんのわずか。瀧浪先輩が焦り出したので、やはりここはちゃんと言葉にすることにした。
「知的な感じになっていいと思う。細身のフレームも洒落てるし、瀧浪先輩の表情もやわらかいから真面目すぎなくていい」
普段はお淑やか、僕とふたりきりのときは稚気たっぷりな態度の彼女だが、こうして眼鏡をかけると途端に知的な印象になる。授業中はこんな感じなのかもしれない。同じクラスではない僕が決して見ることのない姿だ。
「なんか静流にそこまで褒められると照れるわね」
瀧浪先輩はくすぐったそうに笑う。
「悪かったな。普段あんまり褒めなくて」
「あ、わかった。こういう知的なお姉さんに誘惑されたいんだったりして?」
「そんなこと言ってないだろ」
くそ。少しは彼女に対する自分の気持ちを素直に出していこうと思ったらこれだ。慣れないことはやるもんじゃない。
「ちょっとぉ、そこのバカップル。店の中でイチャつくのやめてもらえる?」
と、そこに蓮見先輩の声。ジト目でこちらを見ている。
僕たちははっとして周りに目をやった。それなりに広い店内で、皆それぞれフレーム選びに集中したり相談したりしていて、僕たちの声が聞こえたのはそばにいた蓮見先輩くらいだったようだ。
瀧浪先輩はばつが悪そうに、僕を肘で小突いた。
僕が悪いのだろうか。
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