第6話(2)
その後、僕は救急車で運ばれ、病院で適切な処置が施された。
幸いにして大きな血管や神経を傷つけてはいないらしく、大事には至らないだろうということだった。入院もなし。
処置が終わると、そのまま病院で警察から簡単な事情聴取を受け――そこから解放された後、僕は一度蓮見氏に電話をしておいた。第一報は蓮見先輩から聞いていたらしい。今日は当直に入っていて動けないが、彼が直接この病院に電話し、救急医によろしく頼むと言っておいた、とのことだ。よろしく言ったからと言って、手当てが何か変わるわけではないと思うのだが。
そうして翌日曜日の、ふたりだけの朝食。
「食べにくそうね」
「まぁ、これですから」
あまり動かすと傷に障るからという理由で、僕は左腕を吊っていた。
今朝の朝食は蓮見先輩が洋風にしてくれたおかげで、だいたい片手で食べられる。でも、中にはそうもいかないものもあった。例えば、食パンだ。片手でジャムは塗れない。皿の上に置いたままやってもうまくいかないだろう。
「貸しなさい」
いよいよ何もつけずに食べる覚悟を決めたとき、向かいに座っている蓮見先輩が皿ごとパンをさらっていった。
蓮見先輩は丁寧な手つきで食パンにジャムを塗り――程なくそれが戻ってきた。
「あ、ありがとうございます」
「今日、菓子パンでも買っておくわ」
蓮見先輩はぶっきらぼうに言う。
そうして食事再開。
「静流さ、」
不意に蓮見先輩が僕の名を呼んだ。
「……」
「……返事」
「あ、はい、すみません。考えごとをしてました」
正確には呆けていたと言ったほうが近いだろうか。不機嫌声で促されて、慌てて返事をする。
「あんたさ、」
今度は『あんた』だった。
「その手で家の片づけとか引っ越しの準備とかできるの?」
「難しいですけど、やるしかありません」
やれることは自分でやって、手伝ってもらえそうな部分は刈部あたりに頼んで、それでもむりなところは業者にお願いする、といったところか。きっと高くつくだろうけど、最悪引っ越し業者に丸々任せるようなプランも選択肢に入れておいたほうがいいのかもしれない。
夏休みに入ったらすぐに出ていくつもりだったが、この調子ではもう少し時間がかかりそうだ。
と、思っていたときだった。蓮見先輩がぽつりとひと言。
「もうしばらくうちにいたら?」
「はい?」
「いや、だって、そんな手じゃ何かと不便でしょうが」
蓮見先輩は不貞腐れたように言う。
「まぁ、そうですけど。……もうしばらくって?」
「そんなの知らないわよ。ケガが治るまでか、高校を卒業して大学に入るまでか、大学を出るまでか。静流の好きにすればいいわ。家族が一緒にいるのは当たり前だけど、男なんだからいつかは家を出るでしょうし。そこは自分で決めなさいよ」
「わ、わかりました。じゃあ、もうしばらくいることにします」
逆ギレ気味なその言い方に圧されるようにして、僕は思わずそう言ってしまう。
たぶん蓮見先輩なりの気遣いなのだろうが、それに対してお礼を言えるような雰囲気ではなく――再び無言の食事が続く。
そうしていると、また蓮見先輩が口を開いた。
「あ、あのさ、もうしばらくって……?」
同じ言葉で、今度は彼女が僕に聞いてくる。
「僕の好きにしていいんですよね?」
「……あんた、意外といやなやつよね」
蓮見先輩が半眼で僕を睨んだ。
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