第4章 最後に思い出を

第1話

 週明け、月曜日の朝。


 僕はキッチンで弁当を詰める蓮見先輩を見ていた。


「あーもー、でかい!」


 もう少しばかり詳しく表現すれば、悪戦苦闘する蓮見先輩を、である。


 なぜ苦戦しているかというと、彼女の予想より僕の弁当箱が大きくて、そのスペースを埋めるのに四苦八苦しているのだった。


「別に僕のが特別大きいわけじゃないです。高校生の男子ならこんなものですよ」

「あ、そうなんだ」


 どうやらあまり人の弁当は気にしないらしい。


「お父さんのもあたしのよりひと回り大きいくらいなんだけど、それじゃもの足りないかな?」


 言われて僕は蓮見先輩の弁当箱を見た。女の子らしい小さなものだ。実物はもう持っていってしまって、ここにはないが――蓮見氏のがこれよりひと回り大きい程度となると、僕と蓮見先輩の中間くらいか。


「おじさんがどれくらい食べるかにもよりますが、大人の男性にしては少ないほうかもしれませんね」

「うーん」


 蓮見先輩は眉間にしわを寄せる。


「お母さんが入院して、そのお母さんの代わりにそれまで料理なんてしたことないあたしが不恰好な弁当を作りはじめたのが中二のときでさ。それだからお父さんも文句を言えなかったんだろうね」


 そりゃあ母親の不在の間、健気にがんばってる娘に文句を言うどころか注文すらつけにくかっただろう。


「よし、今度新しいのを買おう」

「それがいいですね」


 僕は思わず頬が緩む。


 やはり蓮見先輩はおじさんのことを許したようだ。そうでなければ弁当箱を買い替えるなんて気にはならないだろう。


「さて、あともう一品ほしいところね」


 と、蓮見先輩は冷凍庫を覗き込む。


「テキトーでいいですよ」

「どこかの悲惨なおせちじゃあるまいし、スカスカの弁当にするわけにいきますかってーの」


 彼女はこちらに背を向けたまま返してくる。


 引き受けた以上手を抜くつもりはないのか、それとも何か意地になっているのか。僕の弁当箱をどうしても埋めたいようだ。


「まぁ、それも今学期中のことですから、気のすむようにしてください」

「言われなくても、そうさせてもらうわよ。……よし、これでいくか」


 そう言って取り上げたのは、冷凍食品のシューマイだった。残る隙間にはそれを詰め込むつもりらしい。蓮見先輩は袋の中からそれを二個取り出し、電子レンジへと放り込んだ。


「ねぇ、」


 加熱がはじまり仄光る庫内を見つめながら、彼女は僕に呼びかける。


「やっぱり夏休みに入ったら出ていくんだ」

「そのつもりです」


 今のところその方針に変更はないので、そうとしか答えようがなかった。


 蓮見先輩とて別に考え直してほしいわけではないだろう。単なる場のつなぎとしての雑談か、或いは、理解しがたい僕の選択をどうにかわかろうとしているか。


「とは言っても、すぐにではありませんけどね。母の五十日祭はこちらでやることにしていますから」


 人が死ぬと、兎に角忙しいことを実感した。母の一連の葬儀が終わると、すぐに五十日祭の相談をされた。神主さんの都合を聞いたり、斎場を押さえたりの関係で、十日ほどで結論を迫られたのだ。


 その結果、とりあえず五十日祭は同じ葬儀会社に頼み、同じ場所で行うことにした。まぁ、一般的な選択と言える。


「出ていくこと、お父さんにはもう言ったの?」

「いえ、まだです」


 期末テストが終わって、五十日祭が近づいてきたら話すつもりでいる。


「早めに言っておきなさいよ。……まぁ、お父さんは残念がるかもしれないけど、そもそもあんたの好きにしていいって約束になってるみたいだし、引き留められはしないでしょ」


 そう、確かに蓮見先輩の言う通りだ。いま僕がここにいるのは、言わばお試し期間。ひとまず一ヶ月ほど蓮見家で暮らしてみて、気に入ればそのままいればいいし、そうでなければ別の選択肢を選んでもいい。そういう条件だった。


「それにお父さんのことだから、あんたがどこに行ってもできるだけの援助はすると思うわ」


 不意に電子レンジが軽やかなメロディを奏でた。どうやら過熱が終わったらしい。


 蓮見先輩はその音に振り返り、扉の取っ手に手をかけ――と、そこではっと何かに気づいた。


「あ、別に変な意味じゃないからね」

「変な……?」


 一瞬、何のことかと思った。


「ああ」


 が、すぐに気づく。


 要するに、いつぞやの朝のような嫌味で言っているのではない、と言いたいのだろう。どうやら蓮見先輩は未だにあのことを気にしているようだ。


「わかってますよ。蓮見先輩がそんな人じゃないことくらい」

「……なんか言い方がムカつくわね」


 人間性を肯定するような答えが気恥ずかしかったのか、蓮見先輩は実に理不尽な怒りをこちらにぶつけてきた。


 そうして僕のほうを見ないようにしつつレンジからシューマイを取り出すと、それを菜箸でひとつひとつ丁寧に弁当箱へ移していく。


「ほら、できたからフタ閉めて持っていきなさい」

「そこはセルフなんですね」


 まぁ、おそらく今日だけなのだろうけど。


 僕は言われた通り弁当箱にフタをしようとして――ふと、その手が止まった。


「なに? 何かきらいなものでも入ってた?」

「いえ。もうこの弁当箱を使うことはないと思っていたものですから……」


 弁当は母が作っていた。僕と母しかいない家庭だったから、当然と言えば当然。両親がそろっている家でも、本人や父親がよほどの料理好きでもないかぎりは母親が作るだろう。


 でも、その母が亡くなって以降、この弁当箱は一度も使われていなかった。僕が女の子だったら蓮見先輩のように自分で作っていたかもしれないが、そんなスキルのない僕は労力に見合った結果は得られないと思い、学食ですませることにしたのだ。


「こんなんでよけりゃ、いくらでも作るわよ。と言っても、夏休みまでもう数えるほどしかなさそうだけど。あと、あんたのお母さんにはどうやったって勝てないんだから比べないでよね」

「そんな無粋なことしませんよ。ありがとうございます」


 ぶっきらぼうに言う蓮見先輩にお礼を述べ、僕は弁当箱にフタをした。

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