第3章 連日の攻防、図書室にて

第1話(1)

 数日後のこと、授業中にスマートフォンが震えた。


 いちおう授業の間は携帯端末の電源を切っておく決まりになっているが、律義に守っている生徒は少ない。マナーモードに切り換えず盛大に音を鳴らしたり、先生の話そっちのけで操作に夢中になっていないかぎり、そうそう見つかることはない。


 僕は先生の目を盗み、スマートフォンをスラックスのポケットから取り出す。ロック画面に表示されている通知はテキストチャットの着信だった。


 差出人は、瀧浪泪華。

 珍しいこともあるものだと思った。


 そもそも彼女は、少なくとも僕に対しては、この手の通信アプリに重きを置いていない。日中は教室、放課後は図書室など、僕の行動パターンが決まっていて、すぐに捕まえられるというのが大きい。学校以外の時間に急用があれば電話だ。おかげでこのテキストチャットにも過去ログはあまりない。


 そして、表向きには優等生で通っている彼女が授業中も端末の電源を切らず、こうしてチャットを送ってくることも意外だった。そこはやはり女子高生といったところなのだろうか。


 メッセージを開けてみる。




『今日もお昼は学食?』




 そんな短い一文だった。


 一度先生の動きを確認した後、僕はさっそく返信を返す。




『そのつもりです』




 尤も、何も買ってきていない以上、その選択肢以外にない。いちおう購買で何か買うという手もあるが、パンやジュースを買い求める生徒がゾンビの如く群がる昼休みのあそこにはあまり行きたくない。




『じゃあ、一緒に食べない?』




 今度はお誘い。




『直井をつれていけばいいですか?』

『ふたりだけで食べたいの』




 だと思った。

 まぁ、それはいいのだが。


「……」


 どこか違和感を覚える。


 が、今は放っておくことにした。たぶんとんでもない事態を招く結果にはならないだろう。




『わかりました』

『じゃあ、お昼休みに。待ってる』




 通話終了。


 そして、僕は愕然とした。


(瀧浪先輩とふたりで学食で食事とか、冗談だろ……)


 失敗した。別のことに気を取られていて、ことの重大さを見逃したままほいほい返事をしてしまった。


 とりあえず役目を終えた端末をポケットにしまう。


「真壁、おしゃべりはすんだか?」


 と、そこに飛んできたのは先生の声。


 我がクラス担任、浅羽清十郎先生だ。教える教科は、時代劇に出てきそうな名前に似合わず、数学である。


 少し残した顎髭と無造作な髪、それに着崩したカッターシャツというスタイルだが、不潔な印象はない。おそらく彼の好きな数学という教科同様、計算してやっているのだろう。


「すみません」

「家が大変でいろいろあるかもしれないが、授業中は授業に専念しろよ」


 どうやら僕の動きはしっかり捕捉されていたらしい。


 担任という立場上当然だが、浅羽先生は僕と蓮見先輩の家庭の事情を知る数少ない人物である。おじさんが学校を訪れ、きっちりと説明したのだ。


 とは言え、今はその複雑な身の上を斟酌したわけではなく、そもそも話のわかる人なのである。


「ありがとうございます。確かに大変ですが、今のはただの雑談です」

「よけい悪いっ」


 僕が人を喰ったような答えを返すと、浅羽先生が大声を出し、教室が笑いに包まれる。


「まったく、お前というやつは。……次は取り上げるからな」

「わかりました」


 たぶん『次』はないだろう。

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