第16話 犠牲
「本田ぁ!」
「か、金田!」
流れ込むように入ったRCVの中にいたのは、第一偵察大隊の金田三曹、本田の陸曹教育隊の同期だった。
RCVの車内は大きな外観からは想像もつかない程狭く、5人も乗ればほとんど身動きも取れない。だが、分厚い装甲は銃弾を通さず、コンバットタイヤはパンクしても走行ができる。脱出するのに理想的な車両と言える。
あいつらはなんだ。みんなどこにいるんだ。これからどうすればいいんだ。何か食べ物はないか。と、質問攻めする金田を本田は
「うるさい。静かにしろ」
と、一蹴した。
騒ぎが起きてから丸一日、一人でこんな狭く暗い車内に閉じこもり、食べ物もなく、この先どうなるのかもわからない不安と孤独に耐えていたのだ。全員が金田に同情的で、本田の辛辣さを非難しかけたが、その直後
「ご、ごめん……」
と、即座の謝罪で、二人の関係性を概ね理解した。
外に漏れないよう、ことの経緯や奴らについてわかっていること、予測などを中村が説明した。その情報一つ一つに
「えぇぇ~……」
「まじかぁ~……」
「どうすんだよぉ~……」
と、ものすごく他人事なリアクションをするのを見て、全員が、彼と陸曹教育隊という非常に厳しい教育隊でバディだった本田に同情した。
もらったパンをぽろぽろと口からこぼしながら食べる金田は、本田に
「横須賀に向かう。運転は頼むぞ」
と、言われ
「わかったよ」
と、あっさり承諾した。
あまりにも軽い返事に、中村と羽田が顔を見合わせるのを見た本田が
「こういうやつなんだよ」
と、笑った。目を細め、歯を見せて笑う本田の顔を、中村は初めて見た気がした。
金田に状況、今後の動きの確認などをしているうちに、40分程度経過しており、外の騒がしさもかなり落ち着いてきた。
あっという間に4人減った。これは映画じゃない。人間が死ぬときに、いちいちドラマは生まれない。あっという間に、訳も分からず死んでいく。
だが、そんな中で車両が一両手に入ったのは大きかった。移動が安全なだけじゃなく、目当てのトラックに横付けすることもできるうえに、待機もできる。
エンジンを始動し、ゆっくりとアクセルを踏む。運転席にいても頭を低くしていれば外からは見えない。砂利を踏む音を響かせながら進み、駐車場を出る。なだらかなカーブをゆっくりと曲がり、隊舎の間の道を進む。
奴らは車に気づき、振り返りはするものの、すぐに興味をなくし、追ってはこない。速度をあげ、グラウンドを走りながら中村は
「どんなイレギュラーが発生しても、プラン通りの行動を最優先してください」
と、念を押した。
2つ、嫌な予感がしていた。1つは、奴らの成長。もう1つは……別の奴らの存在だった。
食堂と浴場付近にいる大量の奴らが連隊広場に来たらどうにもならない。
中村は本田に発煙筒の指示を出した。
すぐさま本田はドアを一瞬だけ開けると発煙筒を放り投げた。迷いのない動きだった。懸念を抱いているのは中村だけだった。予感というよりは、予測に近い。死を予測しながらも、それを誰にも悟られぬよう、顔色一つ変えずに指示を出した。
音をたてながら赤い煙が上がっていく。
ここからは田中の協力にかかっている。ドアを少しだけ開き、5人は耳を澄ました。
「何も聞こえー」
「シッ」
金田の声を本田が制止した時だった。
「連続歩調~ちょ~ちょ~ちょ~数え!」
「イッチ!」
「ソーレ!」
「ニッ!」
「ソーレ!」
陸上自衛隊の、主に教育を受けている学生が集団で走るときの掛け声だ。
2人の声が聞こえるということは、あの後、宮城と富田のどちらかは助かったのだろう。協力が得られたことも含め、車内に笑顔が生まれた。
ぞろぞろと集団が田中達の声を目指して歩き出す。
「チョーチョーチョーチョーもういっちょ―!」
声量は落ちていない。連隊広場の方角からも続々と移動しているのがわかる。
「行きましょう」
金田はうなずいて、アクセルを踏んだ。
「本田二曹は警戒、監視、狙撃。羽田二尉と金田三曹で中トラックの銃を2丁ずつでいいので運んでください。銃を2丁運んだら、なるべく多くの弾倉を運んでください。」
「わかったわ」
「わかったよ」
「俺は弾薬を移す。おそらく4箱あるだろうから、2箱ずつにしよう」
狭いRCVの車内に3箱は詰めないからだ。
連隊広場を目視し、トラックの位置を確認しながら最終確認を終えた。
「僕がエンジンをかけに行きますが、万が一カギが無ければ合図しますので、慌てずに動いてください」
あまり深刻にしたくなくて、万が一、という言葉を使ったが、可能性としては低くない。金田だけは一人危機感のない顔をしていた。
RCVをトラックに近づける。パッと見たところ奴らはいない。集団性が高まっているのだろう。
「飯田一曹息くさい~」
「三浦三曹まじ抱きてぇ~」
屋上からの声はいつの間にか暴露大会になっているが、効果は十分にある。
タイヤが砂利を踏む音が嫌に大きく聞こえる。コンバットタイヤだからというだけじゃなさそうだった。
トラックの正面に横付けし、停車した。エンジンは切らない。
「行きましょう」
全員同時に頷いて、後部ドアを開けた。
中村は、先ほどまで自分たちがいた屋上を見て、祈った。あと少しでいい、もってくれ、と。
「連続歩調なんて陸教以来だ」
田中は高揚した笑顔を見せながら言った。久しぶりに大声を出し続けるのは体力がいる。息が切れて汗ばんでいる。
「どうしましょう。自分、叫んでいいっすか。田中三曹」
「いいぞ、やれ」
「飯田一曹マジ息くさい~」
突然の宮城の悪口に田中は吹き出しながらも続いた。
「三浦三曹まじ抱きてぇ~」
「三浦三曹て誰ですか」
「いるんだよ、うちの中隊に。どエロイのが。三浦三曹ならゾンビでもいいなあ」
「俺は誰でもいいからやりてぇっす~」
二人で大笑いした。笑い声でも、これだけ大きければ十分奴らを引き付けられるはずだ。一人じゃなくてよかったと、田中は思った。楽しい時は勝手に笑えるのだから、絶望の中でこそ、精一杯笑ってやろうと思った。
「よっしゃ、どんどん行くぞ!」
「オナニーは~一日三回~朝昼晩~」
「ぎゃはははは、宮城、お前それ川柳じゃん」
ガンッ!
二人の爆笑を打ち消すように、屋上の鉄扉に何かが当たる音がした。
何か、なわけがなかった。奴らしかいない。
「田中三曹……」
言い終わる前に扉が開いた。
奴らがなだれ込んでくる。
慌てて銃を持ち、屋上の端に走る。続々とくる。10体以上だ。
二人で撃った。撃った。何発も撃った。
当たらない。頭になど、一発たりとも当たらなかった。
動く的など、一度も狙ったことがない。近距離での射撃の経験もない。加えて迫りくる恐怖というプレッシャー。当たるわけがなかった。
そもそも射撃なんて真面目にやっている隊員は1割もいない。級外にならなければ査定や昇任昇給に影響がないからだ。
本田や佐藤が特殊なだけである。
狙っているうちに奴らが目の前だ。
宮城が何か叫んでいる。何も聞こえない。あぁ、そうだ、耳栓を付けていなかったんだ。難聴確定だ。
あぁ、ちくしょう。
ちくしょう。
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