第13話 進む者、留まる者

本田が佐藤や羽田を救助した時だ。偵察を兼ねて単独で動いた時、大群に追われた。おそらく20体ほどだったが、わずかに速度の速い個体が2~3体いた。一人だったため、問題なく引き離し、逃げ切れたが、その後佐藤の話を聞いて合点がいった。速度の速い個体は、赤い腕章をつけていたからだ。

 教育隊の学生は必ず腕に腕章を巻く。腕章を付けた学生がダラダラ行動したり、談笑しながら歩いたりなどしていれば、すぐさま班長へ苦情が行き、キツイ罰を受ける。そんな目印の腕章だ、嫌でも目に留まる。


「違和感と言っていいほどの違いです。生前の身体能力の影響かもしれませんが、それなら……横野だった奴はもっと力が強かったはずです」


 誰も口を開かない。


「警衛所でゾンビの首を折ったとき、それでも動いていましたが、腰を折ると起き上がれませんでした。身体構造はそのままに、何か別の神経回路で動いているのだと思いました」


「すると、なんだ、奴らはまだ、人間を操るのに慣れてなくて、あんなぎくしゃくした歩き方するだけで、そのうち……」


 佐藤はその先を口にできなかった。


「世の中には痛覚のない人間がいる。そいつらは俺らと違ってリミッターがかからない分、ものすごい力が出せたりするが、短命だ。怪我にも病気にも気づけないからな」


「痛覚もなく、死にもしない奴らなら……」


 本田の言葉に牛島が重ねた。だが、その先は誰も口にしなかった。誰も何も言えなかった。


「ですが、まだ何も確証は……」


「確証を得てからじゃどうにもならない」


 本田の言葉に田中も黙るしかなかった。


「じゃあ、私たちはこれからどうすればいいわけ?中村士長」


 こんな時でもこの女は上からなのかと、田中は腹立たしかった。そう思うほどに中村を認めていた。


「ここを脱出するしかないと思います」


「どうやって!?そこから見てみろ。庁舎周りは奴らの群れだ!ここから出たらもっとだろう」


 屋上の角を指さし、田中が怒鳴った。言う通り、庁舎の周りは、常時数十体のゾンビの群れが見える。


「パニックが駐屯地全体に広がったのは10時以降です。車両整備中の車ならカギが付いたままの可能性はあります」


 各中隊が大型、中型トラックや、ジープ、軽装甲車など様々な車両を保有しており、一月ごとに点検を行うため、毎日のように中隊の誰かが整備を行っていた。


「確か、本管は昨日も車両整備してたわよね?田中三曹」


「ええ。してました。してましたけど、本管の駐車場は騒ぎの発端になった連隊広場のさらに奥。こっちは80発しか弾がないんですよ。1発で一体倒してもとても足りませんよ」


「それでも動くべきだ。国家的な危機に自衛官が動かないでどうする。まだ民間人だって生きている者は大勢いるはずだ。助けられる」


「はぁー。さすがは特戦様だ。付き合ってられませんよ!私たちはヒーローじゃないんだ。ただの公務員だ!有事のことなんてちっとも頭にない災害派遣隊なんですよ!」


「お前……!」


 本田が田中の胸倉をつかみ上げた。


「だからたった一日でこのありさまなんでしょうが!あんたのヒロイズムに巻き込まないでくれ」


 本田は奥歯を鳴らすしかなかった。何も言えず、手を離した。

 その通りだった。国を守るべき自衛官が、戦争もテロも起きると思っていない。災害以外に有事などないと思っている。国民には、もっと危機感がない。毎日のように領海、領空を外国に侵され、ミサイルまで飛来しているのにだ。

「軍隊はいらない」

 と張り紙がされ、日常的にデモが起きるため、市街地での訓練は全くできない。いまだに「富士山が敵国に奪われたので奪還する」というあり得ない想定で訓練を行っている。どこの国が、わざわざ国土のど真ん中にある何もない山に攻め込むというのか。

「有事」という意識を持つことが出来ないのは無理もないことだった。その証拠に、本田に同調する者はおらず、田中の物言いを非難する者もいなかった。

中村も臍を噛むしかなかった。脱出だけならすぐにでもできる。柵を飛び越えればいいだけだ。車だってキーが刺さったままの物がそこら中にあるはずだ。しかし、それでは奴らに囲まれたときに逃げ場がない。軽装甲車であれば、鉄板に覆われ、外から車内も見れないため囲まれてもやり過ごせる。大型トラックなどでもそれができるはずだ。


「第一、脱出したって食糧もまた集めなけりゃならない。カギの付いた車両があるとも限らない。ギャンブルに命は張れないでしょう」


 田中の言い分は最もだった。 


長い沈黙だった。それを破ったのは、佐藤だった。


「ある。危険には変わりないが、食料も弾薬も大量に。大トラと中トラだが、カギもそのままなはずだ」


「あ……」


「そうだ。昨日は射撃検定だった。出発直前にパニックが起きたから、中止とも延期ともいわれていない。少なくとも時間を遅らせてやる予定だった」


 前期教育の学生は100名近い。点検射を入れれば、一人29発撃つから、弾薬は予備を含めれば3000発以上ある。小銃も弾倉も100丁分まとめて積載されており、しかも射撃検定の日はレーションだ。班長や射撃指揮官の分も含め、120食分は、非常食が積まれている。


「俺も脱出には賛成だ。だが、脱出後はどうする?山にでも籠るのか?」


 佐藤が問いかける。誰もが考えていたことだった。


「横須賀に行こうと思っています」


「米軍基地か」


 なぜ横須賀なのか。誰かが問う前に本田が聞いた。


「はい。米軍基地はアメリカの国土です。門にはちゃんといつでも撃てるライフルを構えた兵士がいるので、パニックになった民間人が逃げ込むのは考えにくいですし、対応も早い気がします」


 米軍基地は日本に隣接してはいるがアメリカだ。駐屯地と違い柵も高く、見張りも警備も比べ物にならない程厳重だ。街のはずれにあるのもそうだが、日本の民間人が逃げ込むのは考えにくい。


「それと、横須賀の海上自衛隊の基地は、入り口から船にたどり着くまでに1㎞以上ありますし、陸と違って船乗りと警衛は全く別の部隊です」


「少なくとも、民間人を抑えようとして感染する船乗りはいないってわけだ」


「おそらく。横須賀はデモの頻度も高く、民間人への警戒は陸よりよっぽど強いです。入り口も街はずれで、さびれた終着駅があるだけです。それと、たぶんですが、半分くらいの船は出港していたはずです。パニックが起きているとき入港はできません。入港を補助する部隊は港で勤務しているからです」


「海でぷかぷか浮かんだまま、米軍なんかと連絡を取り合っている可能性はあるな」


「危険を冒しても目指す価値はあるかと」


 本田と中村の会話は希望そのものだった。そしてそれは、一人を除いて、屋上の全員が求めているものだった。

 人は絶望を抱えたまま生きれない。希望を抱いて死の道を選びたがるのだと、田中は思った。


「私はどこにも行くつもりはない。どのみち、大声を出すなりして奴らを引き付ける役は必要でしょう」

 

(恩を売っておけば、こいつらは大量の物資を置いていく。自分さえ生き残ればいい。一人になっても、他の誰を犠牲にしても生き残る。ここは動かない)


「私は行くわ。死ぬのを待つなんて嫌」


 羽田が言った。牛島もそれに続く。


「俺も、脱出は賛成だ」


 佐藤の賛同で、残りの三人も続いた。


「田中三曹。食料は1か月分は置いていきます。小銃2丁と弾倉も二つ置いていくので、僕らが合図したらとにかく大声を出し続けてください」


 一か月分の食料は、中村の持つ物資の半分近い。田中は黙って頷いた。


「【28秒後】ではゾンビは4週間で死にます。だから……」


「ええ。私はそっちに賭けてみますよ」


 自分のために脱出をする者と、しない者。握手をした二人は、自分のために、道を分かれた。



 





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