第12話 亡き友から得た可能性

 


 非情を絵にかいたその部屋で、実験は長時間続いた。

 室内で布団をかぶり、体がどこも見えない状態でもゾンビは反応し続けたが、一度別の対象に気を取られてしまうと、その後は認識されなかった。布団の中でもぞもぞと動けば、思い出したかのように反応をし続けた。

 電気を付けると少しの動きでも反応した。姿を見せた後、部屋から出ると、15分程度激しく動く音が聞こえていたが、やがて静かになった。

 中村が布団に隠れ、本田が気を引いて外に出る。興味の対象は本田に移っているため、部屋の中にいる布団をかぶった中村は認識されていない状態だ。

 15分ほどでやはりおとなしくなった。本田がドアを2~3回叩くと、反応はしたが、顔を向けた程度で、すぐに興味を失ったようだった。

 中村は布団の中で観察を続けた。

 足音には敏感に反応を示した。本田二曹にはわざと音が響くように歩いてもらったのもあるかもしれない。響く音が2~3歩だと、顔を向ける程度だが、何歩も歩き続けると激しく反応した。声にはさらに強い反応を示し、一度声を聴いてからはやはり15分程度暴れるが、やがておとなしくなった。目は予想通り悪かったが、耳やそのほかの五感すべてが鈍っているようだった。

 痛覚はどこにも見受けられなかった。

 手首を切った際、血はすぐに止まった。心臓が機能していないということだ。呼吸もしていない。臓器は一切動いていないのかもしれない。


 ナイフで目を突き刺す中村に、本田は恐怖さえ感じた。その顔は無表情そのものだった。探求心と、集中力と、信念。科学者になるべきだったのではと思いさえした。友を、いや、友だった亡骸を使った悪魔じみた行い。一体何が中村という気の弱い男をここまで突き動かすのか、本田には分らなかった。

それは、幼いころから常に集団の先頭に立ち、意識せず人間関係の中心で生きてきた本田には到底理解できないものだった。


耳栓を確認し、呼吸を整える。この距離なら、誰でも当てられる。小銃を構え、中村に目で合図を送る。

「俺がやっていいのか」そう思ったが、中村は頷き返した。決意のこもった目だった。

 轟音と同時に、額に穴が開いた。目を開いたまま仰け反り、体勢を少し戻そうともがいたが、倒れた。

 中村は、横野のロープをほどき、ベッドに横たわらせた。

「1普連5中横野」と書かれた名札をナイフで切り取って、胸ポケットに入れた。映画でよく見るドッグタグなんてものは普段付けていないし、持ってもいない。


「横野、またな」


 そう言って布団をかけると、朝日の差し込み始めた部屋を後にした。



「主に、視覚と聴覚で人を、識別して襲ってくることがわかりました」


 中村は屋上に人を集め、結果から口にした。「それだけじゃわからない」と、全員の顔に出ている。

 庁舎で合流した4人、羽田二尉、佐藤三曹、富田士長、宮城士長は、昨夜、田中から中村作戦参謀について聞いていたが、やはり半信半疑だった。


「生きている人間と比べると非常に鈍感ですが、足音や、声、人間のシルエットには攻撃的で、ちょっとした物音には反応はしても、そこに人だと認識できる要素がなければ攻撃しようとはしません。きちんと人であるかどうかを判別して襲っています」


「知能があるってことか」


 田中が口を開いた。


「はい。ゾンビは知能が無く、本能で襲うという設定はほぼすべてのゾンビ作品で共通ですが、実際それだと、お互いの足音に反応し続けてしまいますし、風の音や波の音、様々な雑音に反応してしまいます。見分ける、聞き分ける能力はあってもおかしくありません」


 佐藤や羽田も納得し始めていた。


「で、結局原因は何なの?中村士長」


 羽田が聞いた。防衛大学出のエリートで、本部管理中隊の衛生小隊長だが、自分より年上で年数が上の相手にも上から目線の態度をとるため、本管中では嫌われていた。


「これは全くの推論ですが、僕は寄生虫の類である可能性が高いと思っています」


「寄生虫?」


 一同が驚きの声をあげた。


「病気やウイルスじゃないのか?」


 佐藤が詰め寄る。いち早く異変に気付いた佐藤は、ネットで情報を集めていた。どのメディアも、寄生虫説は唱えていなかった。


「確証はありません。ですが、感染はほぼ間違いなく体液感染です。傷口には膿も出ず、心臓も肺も動いていないのに唾液は出ていました。消化器官だけ動いているのかは不明ですが、少なくとも排泄器官は動いてないでしょう。そうなると、噛みつくという行為が栄養摂取のためとは思えません。生きている人間の肉を噛みちぎるには相当な咀嚼力が必要ですし、補食が目的ならもっとボロボロになっている奴がいるはずです」


「つまり、感染させる目的で噛みついている?」


「はい」


 本田の問いかけに、中村はハッキリと答えた。


「するとなんだ?寄生虫とやらが、人間を操っていると?あり得ないでしょう」


 田中は否定的だった。羽田や牛島も、信じられない、と、顔に書いてある。


「もちろんまだわかりませんが、寄生した宿主を操作してしまう寄生虫は珍しくありません」


「そうか、ハリガネムシ……」


 佐藤がつぶやく。


「はい。ハリガネムシは主にカマキリなどに寄生し、十分な大きさに育つとカマキリを水に飛び込ませ、体外へと出ます。ハリガネムシは水の中でしか生きられないからです」


「ちょ、ちょっと待って中村士長。そのハリガネムシがカマキリを操っているってこと?そんなことできるの?」


「はい。ほかにも槍型吸虫などがいい例です。槍型吸虫は草食動物の体内で生息し、卵は糞と一緒に外に出ます。それがカタツムリに食べられ、体内で孵化すると、カタツムリは寄生虫のまわりに保護嚢を作り、粘液とともに吐き出します。この吸虫入りのスライムは、アリのエサになり、その後、アリの脳に到達した吸虫は、アリを草の先端まで登らせ、そこでじっと待機させ、草食動物に食べさせます。あとは無限ループです」


「そんな……」


 誰もが言葉を失った。平常時であれば「気持ち悪い」の一言で済むが、いまはそれが我が身に降りかかっている。自分の体に虫が入り込み、操られ、仲間を襲うという想像をして、羽田は嘔吐した。

 誰もが言葉を失った。中村を、ゾンビオタクだと思う者はもう一人もいない。


「奴らは脳を破壊しても1~2秒動きます。それも、脳からの指令で動いているのではなく、神経中枢からの指令、つまり、虫と同じ法則で動いているなら納得できますし、痛覚が無いのも、虫と同じ特徴です。奴らがある程度の連携を取るのも、フェロモンだと考えられます」


「フェロモン?」


「ハチやアリ、ゴキブリなど集団で行動する昆虫は例外なく、集合フェロモンや拡散フェロモンなど、フェロモンを出すことによって連携を取ります。ほかの生き物には到底わからない独自のコミュニケーションです」


「じゃあ、なんだ、俺らは、その、虫に操られるってよりか、虫に体を作り変えられるってことか?」


「憶測でしかありませんが……」


「ですが、それがわかったところで、我々にはどうすることも……」


「だからこそ、危惧していることがある。だろ?」


 田中の言葉を本田が遮った。


「はい。やっぱり、本田二曹も……」


 本田は黙って頷いた。何度も奴らと対峙し、追われ、殺した二人にしか気づけない。そんなわずかな変化。可能性だった。


「中村士長、わかるように説明してくれない?」


「まだ、これこそ憶測にすぎませんが……」


 言いよどんだが、意を決した。



「奴らは、時間とともに、成長している可能性があります」

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