第8話 特性


 警衛所が見えてきた。

 本田たち三人は警衛所の裏手にある資料館の陰に隠れた。

 90式戦車なども展示されており


 「こいつが動かせたらな」


 と、横野が愚痴をこぼしたが、もちろんカギもなければ燃料も積んでいないし、整備もされていない。


「お互いをライトで照らさないように」


 と、中村が言った。夜間視力も弱く、ライトの光には反応しないが、それによって照らされてしまえば標的になる。二人は黙って頷いた。

 警衛所の外に二つの影がある。ライトに照らされ、こっちを振り返ったが、なんの反応も示さず、再びふらふらと徘徊をしだした。

 中村が二体の間に小石を投げた。コツコツと軽快な音を響かせ、二体とも反応を示したが、小石を追わず、音の発生源に移動することもなかった。

 多くのゾンビ映画で行われ、定番とも呼ぶべき「音でおびき寄せる」という戦法が通じない。だが逆に、多少の物音では気づかれないのかもしれない。中村は思考を張り巡らし、試すことを考え続けた。


 「本田二曹、そこに立ってもらっていいですか。奴らの反応を見たいんです」


 一体のゾンビの5m後方を指さした。もう一体とは10mほど離れている。本田はうなずくと、音もなく移動を開始した。ゾンビは気づかない。

 中村は遠くのゾンビをライトで照らし、こぶし大の石でアスファルトをコツコツと叩いて音を出した。ゾンビが二体ともこちらを向くが、動かない。二体ともすぐに別の方向を向いた。

 中村は


「おーい。おーい」


 と、手前のゾンビに呼び掛けた。生きている人間なら間違いなく反応する距離だ。だが、ゾンビは反応しない。横野は手前の、中村は奥のゾンビを照らしている。本田は中村たちの10m右前方で、手前のゾンビの背後に位置取り、四方を警戒している。

 「オーイ。コラ、オーイ」


 声量を先ほどよりも上げると、手前のゾンビが反応し、中村へ向かってくる。ぎこちない早歩きのようなおかしな歩き方だ。手前のゾンビが歩き始めると同時に、奥のゾンビが中村を見た。近づいてくる。


 (やっぱりそうだ)


 中村は確信し、本田に合図を送った。

 すぐさま本田は大きく振りかぶり、手前のゾンビの後頭部を打ちぬいた。骨を砕く、確かな手ごたえを感じた。倒れたゾンビは手足を動かし一瞬もがいたが、すぐに動かなくなった。

 奥にいたゾンビが本田へ向かう。その姿を捉えた横野は思わず


 「ヤバい」


 と、漏らした。

 ゾンビが、鉄帽(ヘルメット)をかぶっている。弾帯には警棒も指してある。警衛の隊員だ。襟の金バッチがライトを反射している。一般陸曹候補生だ。分哨長ではない。


「どうする、どうすればいい?」


 本田が中村へ訴える。鉄帽は後頭部まで覆われており、顎ひももきつく締められている。


「本田二曹、膝です!横野は腰!」


 本田はハンマーを目一杯長く持つと、膝の少し上を思いきり振りぬいた。格闘技のローキックで狙う場所だ。膝があらぬ方向に曲がり、ゾンビが片膝をつく。すかさず回り込んだ横野が、ツルハシの太いほうで腰を打つ。続けて本田もハンマーで打った。鈍い音とともに崩れ落ちたゾンビは、手足を動かしてもがくが、立ち上がれない。中村は注意深く観察を続けている。


(声は発していない。肺の上下動がないということは、呼吸をしていないのかもしれない。そして……)


「腰が折れれば、立ち上がれない」


中村はゾンビの特性を理解し始めていた。

普段からは想像もつかない冷酷なその横顔に、本田は、頼もしさよりも恐怖を覚えた。


 警衛所への入り口は二つある。一つは正面、もう一つは裏の車庫から入れる。車庫には消防車が止まっているので、暗くて狭い。街灯がついていないので暗いが見通しの良い正面から入ることにした。

 警衛所の前面はガラス張りになっており、正門周辺が一望できる。右手に正門、左手に庁舎、前方200m程離れて、教育隊舎や女性隊舎がある。正門は閉まっており、付近に人はいない。

 警衛所の前面のガラスから中をライトで照らす。人影はない。分哨長は警衛所を離れたのだろうか。不安に感じつつも焦らず、ゆっくりとドアを開け、中に入る。本田、横野、中村の順だ。

 中は荒れていた。書類が散乱し、椅子が倒れ、机の位置がズレている。一目で、奴らとの格闘があったのだと分かった。ここが、昨夜中村と過ごした部屋と同じ部屋だとは到底思えなかった。

 仮眠室から物音が聞こえた。

 ドアは閉じられている。

 警衛には四名でつく。外に一人いたから、まだあと三人中にいる可能性がある。

 仮眠室との間の休憩室に行き、ライトで部屋全体を照らす。後ろに敵はいないのだから焦ることはない。本田は自分に言い聞かせ、ゆっくり、慎重に行動した。

 休憩室にゾンビの姿は見られなかった。

 本田はハンマーを休憩室に置いた。仮眠室は8畳程度の広さしかなく、パーテーションやベッドがあるため柄の長いハンマーは使いにくい。

 ドアを開けた。

 中にいた一人がこちらを向いた。ぎこちない動きで襲い掛かってくる。

 向かってくるゾンビを、本田の前蹴りが吹き飛ばす。そのスキに中村は部屋の電気をつけた。幸い電力はまだ生きている。

 部屋にほかのゾンビはいない。鉄帽も弾帯も装備している、こいつの階級章は襟にある。一等陸曹、分哨長だ。

 向かってくるゾンビにもう一度前蹴りをくらわす。先ほど同様、大きく仰け反った。


「中村!何を試す!」


「あ、顎と、股間!」


 もう一度向かってくるゾンビに今度は金的蹴りをお見舞いする。半長靴のつま先、硬い鉄板入りだ。男なら誰しも失神モノのクリーンヒットだったが、少し体が浮いて動きを一瞬止めただけで、聞いている様子はない。


「残念だよ。男ですらなくなるんだな」


 そう呟くと、右フックが顎を一閃。見事に決まったが、ゾンビは顔を右に向かせたまま本田の右腕を掴んだ。

 すかさずゾンビの手首に手刀を当てる。手首は鈍い音とともに離れ、プラプラとぶらさがっているだけのものになったが、体勢を崩した本田にゾンビは尚も襲い掛かる。

 横野の前蹴りがゾンビを吹き飛ばした。本田の見様見真似の酷いフォームだが、難を逃れた。


 「横野、気を引いてくれ」


 「は、はい。オ、オラ!おっさん!ちんこは無事か!?おい!」


 喚く横野に標的を変えたゾンビが手を伸ばす。手首は折れてプラプラだ。

 本田はゾンビの後ろに回り込むと、右手で抱えるように左側頭部、左手で右頬を掴むと、一瞬で頭をねじり上げた。大きな鈍い音がして、ゾンビの頭が下を向いた。しかし、そのままの姿勢で横野へ向かう。


「どうなっているんだ。首をへし折ったんだぞ。オイッ」


 本田が声を上げるとゾンビは振り返った。

 本田は足音を立てずにその場を離れる。

 首が折れて顔が下を向いているゾンビは、本田がその場を離れたことに気づいていない。本田はツルハシを横野から受け取ると、下を向いてむき出しになったゾンビの後頭部に突き刺した。


「目視した者を追うのは間違いないな」


倒れて沈黙したゾンビのポケットをあさる。胸ポケットにカギの束を見つけて、三人は安堵のため息を漏らした。




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